· 

止まらぬ「円安」で広がるイギリスとの"絶望格差"

6月に入り、円ドルレートが一気に1ドル=130円を突破しました。円ドルレートは、今年3月の1ドル=115円台から5月初めの130円台まで急速に円安が進み、その後、やや円高に戻しましたが、足元で、再度、円安が加速しています。この水準は約20年ぶりであり、連日大きく報道されています。

ただ、日本に住むほとんどの人は、毎日「円」だけで生活しているので、円ドルレートがいくらであろうと、あまり関心や実感がないかもしれません。

しかし実際には、日本という国自体がアメリカをはじめとする海外諸国との密接な経済関係の上に成り立っているので、そこで使われる為替レートは、われわれの生活はもちろん、日本という国の将来にも大きな影響を及ぼす重要なものなのです。では、為替レートは、われわれの生活や国の将来に何をもたらすのでしょうか。この機会に改めて考えてみましょう。

ロンドンの回転寿司は一皿900円!

 為替レートを一番実感できるのは、海外旅行や海外生活です。例えば、イギリスのロンドンで生活したとしましょう。ロンドンは物価が高い都市として有名ですが、ロンドンの地下鉄初乗り料金は4.9ポンド、6月6日現在の1ポンド=165円で日本円に換算すると約800円です。

名物の「フィッシュ&チップス」も、約10~15ポンドなので、約1600~2500円。ロンドンでも人気のある回転寿司では、高いお皿は5.5ポンドで約900円、一番安いお皿でも2.5ポンドなので400円を超えます。

ロンドンの物価は欧州の他都市と比べても高いと言われていますが、それ以上に、この異様な物価の高さは「ポンド価格を円換算した」ことが原因です。駐在当時、現地の日本人の間では、よく、「円換算すると何も買えない」と言っていましたが、まさに「円換算した価格が異様に高い」のです。

円ポンドレートは1990年前後を境に、それまでの1ポンド300~400円という水準から、200円前後の安定期に入りましたが、筆者が駐在していた時期の180円はまだ恵まれていて、年平均値をみると、2007年に235.6円を記録しています。もはや、先ほどの地下鉄最低料金の円換算も怖くてできません。

イギリス人から見ればすべてが安い

ここで、「ポンドを持ったイギリス人」が東京で生活した場合、どういうことが起こるが考えてみましょう。簡単に言えば、英国に住む「円をもった日本人」とまったく逆の感覚になります。つまり、円価格をポンド換算すると「すべてが安い」のです。東京の地下鉄の初乗りは約1ポンドですし、1000円のランチも約6ポンドで済みます(いずれも165円換算)。

かつて、東京は世界一物価が高い都市と言われましたが、30年にも及ぶデフレ下で、円建ての物価自体も安くなっていますので、今、ポンドを持って東京に住んでいる英国人は、さらに、その「安さ」を実感していることでしょう。自国通貨が高い(強い)ことは、非常に喜ばしいことなのです。

以上のように、為替レートの影響は、相手国で生活した場合、より切実に実感できますが、見方を変えると、私たちの国内での生活にもさまざまな影響をもたらすことがわかります。足元で急速に進んでいる「円安」を考えてみましょう。

言うまでもなく、日本は資源・エネルギーや食料などの輸入大国ですので、円安下では、輸入価格が上昇し、最終的には小売価格も上がります。資源・エネルギー価格の上昇は、光熱費の値上がりはもとより、輸送費などの上昇にもつながり、結果、国内産品の店頭価格も上昇してしまいます。

また、日本の不動産も、外国からみれば、自国通貨建てでは、どんどん安くなりますので、お買い得となります。円安下で、さらに海外から投資が拡大し、不動産価格が上がれば、将来、実際に買いたい日本人が高くて買えないということにもなりかねません。

不動産を企業に置き換えることもできます。競争力や潜在力のある日本企業が、海外企業に安く買収されてしまいます。

 

また、ほぼ2年以上、新型コロナの影響で、海外旅行は難しい状況が続いていますが、このまま円安が続くと、国境を跨ぐ往来が自由になったとしても「海外旅行は高嶺の花」になってしまいます。

海外にいっても、現地通貨建て価格を円に換算すると高額になってしまい、高級ホテルに泊まれない、有名レストランにいけない、お土産もあまり買えない、といった具合です。

今年1月、国際決済銀行(BIS)が発表した統計によると、円の通貨としての総合的な実力を示す「実質実効為替レート」が、1972年6月以来、約50年ぶりの低水準に落ち込んだとのことです。

1972年と言えば、まだ、日本人が気軽に海外旅行ができるような時代ではありませんでしたが、極端に言えば、それに近い状況にまで来てしまっているとも言えます。

留学ができず、人材も来なくなる

海外旅行よりも、重要で深刻なのは、人材への影響です。円安であれば、海外からの留学生は日本に来てくれるかもしれませんが(そもそも、日本の大学に魅力がなければ来てくれませんが)、日本人の海外留学は費用の面でより厳しくなります。

また、外国の優秀な人材が、円で給与を支払う日本企業で働く気になるでしょうか。日本人でさえ、外国企業で働いたほうがよいと考える人が増えるでしょう。国土も狭く、資源もない日本で、人材は成長のカギですが、円安はこの人材にも大きな影響を与えます。

ロンドンに話を戻しますが、ロンドンに住む「円を持った日本人」が、日本と同じような物価水準を感じる円ポンドレートはどのくらいでしょうか。当然、ロンドンでも、他都市と比べ、高いものも安いものもありますが、ざっくり言うと「1ポンド=100円」といったところでしょう。

「地下鉄初乗り運賃」も「フィッシュ&チップス」も「回転寿司」も、100円換算だと、ある程度、納得感のある価格になります。通常、二国間の為替レートは、両国の物価が同じようになる水準に落ち着くものですが、なぜ、ポンドは、1ポンド=100円という実感よりも高いのでしょうか。

為替レートは、経常収支や金利水準をはじめ、さまざまな要因で決まるので、説明はなかなか難しいのですが、「中長期的には為替レートは『国力』を反映する」との原則に基づけば、ポンドの強さは、イギリスという国の強さ、言い換えれば、世界がイギリスという国の価値を評価した結果と言えるでしょう。

「為替レートは国力」という視点を

政策の一手段としての「円安誘導」自体を否定するものではありませんが、より中長期的観点から、日本もこの「為替レート=国力」という視点をもう少し取り戻すべきです。

自国通貨が安ければ、国内の不動産はもとより、有力な企業、果ては、労働力まで、諸外国から買いたたかれ、国内で生活していても、輸入品を中心に物価はあがり、海外旅行や留学もままならない、といったことになります。人材面でのネガティブな影響は、国の根幹にもかかわります。

「50年ぶりの円安水準」という現実をもっと真剣に受け止め、今こそ、中長期的観点で、国として何を目指すべきなのか、何をすべきなのかをしっかり議論すべき時と思います。