気候変動「最新報告書」から読み解く7つの知恵

 

これら一連の報告書を読み解くと、気候変動について私たちが知っておくべき最新の知見を得られる。今回は、その中から7つの知見に絞って重要なポイントを紹介したい。

洪水や猛暑、森林火災が深刻化

1つ目は今回の報告書でとりわけ衝撃的だったことで、もはや取り返しのつかないほどの洪水や猛暑、森林火災といった損失や損害が発生しており、今後も深刻化していくと指摘されたことだ。すなわち人の努力で適応できる限界を超え、「取り返しのつかない損害」にまで至っていることだ。

例えば、今後の気温上昇をパリ協定の長期目標である2度に抑えたとしても、2100年までに50センチ程度の海面上昇が予測されている。その後も海面上昇を止められず、2300年ごろには最大で3メートルに達してしまうという。

東京の荒川沿いには海抜ゼロメートル地帯が広がっており、約300万人が住んでいる。もし3日間で降水量630ミリ程度の雨が降れば大洪水となり、1~2週間は水が引かないと予測されている。これまでの防災の常識を超えて、大雨の前に隣の県まで広域に避難しなければならない事態がいつ発生してもおかしくないのだ。

また、気温が4度上昇すると、2100年には海面は1メートル程度上昇し、2300年には最大7メートルになると示された。もはや堤防の建設などでは対応しきれず、都市の移転も必要となり、対策の限界を超えるだろう。

2つ目が、2030年までの努力が決定的に重要になるということだ。

壊滅的な損害を防ぐには、今後の気温上昇を可能な限り抑える必要がある。パリ協定では長期目標として、気温上昇を2度未満に、可能であれば1.5度に抑えることが目指されている。

しかし、2度に抑えたとしても、産業革命前に比べて猛暑による被害は14倍にも達する。2021年末のCOP26会議では、被害がより軽減される気温上昇1.5度を目指すことを決めた。そのためには2050年には二酸化炭素(CO2)の排出を世界全体で実質ゼロにしなければならない。

今回の報告書では、産業革命前より1.1度上がっている気温が、今後20年以内に1.5度に達してしまうとの予測が示された。その後にさらに気温が上がり続けるか、それとも1.5度に抑えることができるかは、2030年までの削減努力次第だということも示された。

2030年までに2019年比で、世界全体で温室効果ガスを43%削減しなければ、1.5度達成はほぼ不可能になるという。すなわち、私たちの現在の削減努力が地球の未来を決めるのだ。

排出量の伸び率は低下しつつある

3つ目として良いニュースもある。世界の温室効果ガスの排出量は増え続けているが、直近の10年の排出量の伸び率はその前の10年の伸び率よりも下がってきている。特に2015年のパリ協定合意以降に伸び率が鈍化しており、世界の削減努力が功を奏していることを示している。

今や多くの国が気候変動に対処するための法律を定めており、そうした国における排出量が世界全体の約50%を占めている。炭素税や排出量取引制度も広がっており、排出量全体の約20%をカバーしている。

中でもドイツやイギリス、スウェーデンなど18カ国では、過去10年以上にわたって温室効果ガスの継続的な削減に成功している。その原動力は、太陽光や風力発電、車両用蓄電池などがコストの激減により普及・拡大したことだ。太陽光発電やリチウムイオン電池に至っては過去10年でいずれも85%も価格が下がっており、脱炭素化が巨大なビジネス市場を生んでいる。つまり、3つ目の知見としては、人類の努力は巧を奏しているが、一層加速させねばならないということだ。

つ目の知見として、2030年までに排出量を半減させるには、未知の技術ではなく、現状の技術をもってすれば十分可能であり、コスト的にも見合うということが示された。しかも、半減のうち半分以上の達成は20ドル以下という低コストの対策によって可能だという。

具体的には太陽光や風力発電、省エネルギーなどの施策で、中でも太陽光や風力発電は削減コストが「0ドル以下」、つまり投資よりもリターンが大きい。そして、これだけでも2030年までに50億トン分のCO2、すなわち今のアメリカの1年間の排出量の削減が可能だという。

日本で温暖化対策というと、実現性が未知数な、革新的なイノベーションばかりが重視される。しかし、今回のIPCC報告書は、2030年までの主役は既存の技術の普及拡大にあると指摘している。私たちはそのことを肝に銘じる必要がある。

ガス火力発電も「座礁資産」に

5つ目の知見として衝撃的だったのは、世界に今ある火力発電所などの化石燃料インフラを使い続けるだけでも1.5度に抑えられないことが初めて示されたことだ。

すでにある世界の化石燃料インフラからの2030年までのCO2累積排出量(660ギガトン)は、1.5度に抑えるために許容される累積排出量(510ギガトン)を超えている。建設が計画されている化石燃料インフラを加えると、累積排出量は850ギガトンにもなる。

これは、相対的に排出量が少ないとされるガス火力発電所であっても、新設すれば座礁資産となってしまうことを意味する。報告書は、CO2排出量がガス火力発電所の2倍になる石炭火力発電所は速やかに廃止していくべきだと指摘している。

「CCS」と呼ばれる炭素回収貯留装置のコストは太陽光発電や風力発電のコストよりもはるかに高いことも明記されている。日本政府やエネルギー業界は、将来的にCCSを設置することで火力発電所の延命を図ろうとしているが、これがコスト的に見合わないことには留意が必要だろう。

6つ目の知見としてユニークな点は、人々の行動変容の力を指摘したことだ。より健康で持続可能性の高い食事、フードロスの回避、冷暖房の効率改善、住宅への再生可能エネルギーの導入、ガソリン車から電気自動車に変えていくこと、修理可能な製品の長期使用など、人々がこれまでと行動を変えることによって2050年に温室効果ガスの40%から70%もの幅で削減できると示した。

今回の報告書は、現状のCO2排出構造は非常に不公平であると指摘している。全人口の10%でしかない世界の富裕層が、世界全体の温室効果ガスの40%を排出している。言い換えれば、富裕層が削減するほど効果が大きい。

他方で、いまだにエネルギーにアクセスできない貧困層に対して、まともな生活ができるようなエネルギーを供給しても、世界の温室効果ガスはそれほど増加しないことも示された。やはり先進国、特に排出の多い富裕層の行動変容がカギを握るのである。

政策の組み合わせで対処せよ

最後の7つ目の知見は、さまざまな政策を組み合わせることの重要性だ。

例えば、化石燃料への補助金の廃止と炭素排出に価格付けをするカーボンプライシング、需要側の削減を促す政策などをそれぞれ単独で実施するのではなく、複数を組み合わせていくことが肝要だという。

11月に開催されるCOP27会議では、温暖化の被害に脆弱なアフリカの国がホスト国となるため、温暖化の被害にどう対応するかという点と、まだ不足している途上国への資金支援が大きな焦点となる。富裕層を多く抱える日本は、報告書の新たな知見を踏まえてより大きな責務を問われることにもなる。

また、現状の削減努力では、気温上昇1.5度はおろか、2度未満に抑えるにも削減排出量は足りないため、国連は各国に2030年削減目標をさらに引き上げることを要請している。

日本が求められているのは、国際公約としている2030年度に2013年度比で46%削減する目標を、少なくとも努力目標で掲げている50%に引き上げることだろう。

今回の報告書を受けて石炭火力の継続方針を掲げている日本にさらに逆風が吹くことを覚悟し、石炭火力発電所の廃止計画を明示することが必要だ。さらに、既存技術の速やかな普及拡大による2030年半減を可能とするためにも、政策パッケージとしてカーボンプライシングも強化する必要がある。

新しいIPCC報告書の内容をしっかりと受け止め、勇気を持って課題解決に努力すべき時だ。