· 

08年の再来?足元で加速「世界食料危機」の深刻度

 

ロシアによるウクライナへの侵攻によって、世界が食料危機になる。そう言っても過言ではない状況が起きている。それも過去に世界が体験した事情と比較しても、より深刻であることがわかる。日本もその波にのみ込まれるはずだ。

 まず、小麦の国際価格が上がっている。ウクライナは世界第5位、ロシアは第1位の小麦の輸出国で、両国で世界の小麦輸出量の約3割を占める。この小麦の供給が不足する恐れから価格が上昇した。

実際に農地が荒らされているばかりでなく、黒海の港が閉鎖されたことで倉庫に保管されている小麦が運び出せずにいる。それにトウモロコシも両国で世界の輸出の約2割を占める。国連食糧農業機関(FAO)が今月6日に明らかにしたところによると、ウクライナから約2500万トンの穀物が輸出できない状況にあるとされる。

この状況に振り回されるのが、両国に小麦の輸入を依存する中東やアフリカの諸国だ。両国に70%以上を依存する世界最大の小麦の輸入国であるエジプトでは、輸入価格の高騰にパンの価格統制に踏み切った。

日本の小麦価格に影響が出てくるのはこれから

日本でも、政府が輸入小麦を買い付け、製粉会社に売り渡す「売り渡し価格」が、この4月から2021年10月期と比べて平均17.3%も引き上げられた。ここにエネルギー価格の高騰や円安も加わって、日本の食品は値上げが相次ぐ。

ただ、4月の売り渡し価格の引き上げはウクライナ侵攻の影響によるものではない。日本が依存する北米産の小麦が昨年の夏の干ばつで不作となったこと、それにロシアが自国通貨のルーブル安から食料価格が上昇。昨年12月、国外流出を防ぐために小麦に輸出関税をかけると表明したことが国際価格に影響した。ウクライナ侵攻の影響が及ぶとしたら秋以降になる。

そこで小麦に代わる穀物として注目されるのがコメだ。世界のコメの輸出量の1割以上を占めるタイでは、コメの輸出が急増している。ウクライナ侵攻前の1~2月の輸出量だけでも前年同期より3割増えた。欧州や中東からの買い付けが多い。

それでも小麦価格の高騰は続き、ついにはコメと小麦の価格が逆転している。アメリカ農務省によると、アメリカの農産物の集積地カンザスシティーの小麦価格が3月平均で1トン当たり454ドル(約5万9000円)と前月比で25%も上昇したのに対し、コメの国際価格の指標となるタイ産のコメは同月で425ドルと、小麦がコメの価格を上回ってしまった。こんなことは2008年以来のことだ。

2008年に起こった食料危機の実態

その2008年に世界は深刻な食料危機を体験している。やはり穀物の価格が高騰して、食料を輸入に頼る、それも貧困国では食料が買えなくなり、餓死者も出て、各地で暴動が起きた。国連の食糧問題の担当部署では、1億人が食料不足の危機にさらされているとして、この事態を『静かなる津波』と表現していた。

そのときの特徴は、投機筋が流れ込んだこともあって小麦が値上がりしたことに加えて、それに連動するようにアジアではコメの価格も高騰したことだ。当時、その事情を探りに私はタイを取材している。タイ国内でも主食のコメが高騰していた。

「概算で、小麦の取引相場が1トン当たり250ドルから600ドルに上がったのに対し、輸出米の取引価格は、わずかこの6カ月間で360ドルが、1000ドルにまでなろうとしている」

タイ米輸出業協会の当時の会長は、そう説明したうえで、さらにこう解説していた。

「原因は、小麦価格の高騰と、インドにあります」

当時のインドは、生産量で中国に、輸出でタイに次ぐ、世界第2位のコメ大国だった。ところが、そのインドが前年の8月にコメの輸出を全面禁止に踏み切ってしまったのだ。

ここにインドの独特の食文化が絡んでいた。この国の主食はコメと麦の2つを両有するからだ。コメはもとより、小麦はナンに焼いて食べる。インドがコメの輸出禁止に踏み切ったのは、小麦の値上がりによる国内のインフレーションを懸念したことによる。

経済成長の著しいインドでは、当時の年間のインフレ率が15~16%とみられていた。

「小麦価格上昇によって、いっしょに米価が高騰し、インフレを悪化させないために、国内米価の維持のために輸出をストップさせた」

このインドに追従するように当時、世界第3位のコメの生産、輸出国であったベトナムも輸出を止めてしまった。表向きの理由はコメの不作見通しだったが、

「ベトナムもインフレ率が年間19%とされています。輸出需要の増大で国内米価の高騰を抑えようというのが禁止の理由」

あわてたのが、主食のコメを輸入に頼っている国々だった。それで、世界に流通するコメの需要が高まり、米価が一気に高騰したというのが現地での見立てだった。

そのインドが今月13日に、こんどは小麦の輸出を停止した。小麦の生産が世界第2位のインドでは3月に観測史上最高の暑さを記録し、農作物の生育が打撃を被った。国内供給を優先させ、やはり国内価格の上昇を抑える目的だ。

また、アメリカをはじめとする各国のインフレも深刻さを増す。メキシコでは4月のインフレ率が7.68%となり食料品の価格が高騰した。ドイツでも今年中にインフレ率が7%近くまで上昇すると予測。国際通貨基金(IMF)は4月に2022年の世界のインフレ率が前年比7.4%とする見通しを示している。前年10月時点で3.8%としていた見通しを大幅に上方修正している。それだけ世界のインフレ懸念が高まる。

日本は自給できるコメがあるから大丈夫?

日本は小麦が高騰したとしても、ほぼ100%自給できるコメがある。すでにパンやパスタの値上がりに、即席米飯(パック米飯)の市場が拡大し、米粉パンへの関心も高まっている。

岸田文雄首相は4月26日の記者会見で小麦の売り渡し価格について「9月まで急騰する前の水準に据え置く」としたうえで「国産のコメや米粉、国産小麦への切り替えを支援する」とも述べた。

だから大丈夫、かといえばそう簡単な話でもない。肥料の価格が上昇しているからだ。ここにもロシアのウクライナ侵攻が暗い影を落とす。世界銀行が算出する2010年を100とする肥料価格の指数が今年3月に237.6と、前年同月の2.3倍に急騰し、ここでも2008年以来の高値を記録している。

窒素、リン、カリ(カリウム)は肥料の3要素と呼ばれるが、このうちカリはロシアとベラルーシが世界の生産シェアの35%を占める(2020年)。ウクライナ侵攻による経済制裁で両国から西側諸国への輸出が減った。日本もロシア産の塩化カリウムの輸入を停止した。このため、塩化カリウムは3月に1トン562ドルと前年の2.8倍まで上がり急騰している。

肥料の供給が滞れば、それだけ収穫量も減る。収穫量が減れば、供給も落ち込み、価格も上がる。しかも高騰する肥料のコストを上乗せすれば、さらに価格が上がる。

アメリカ農務省が3月末に発表した農家の作付け意向調査によると、肥料を相対的に多く使うトウモロコシの作付面積は4%減る見通しだと伝えられている。すでに供給懸念からトウモロコシの国際価格は10年ぶりの高値圏で推移している。

世界的に肥料の需要が増しているのは、南米でトウモロコシや大豆の増産が進む影響があるとされる。それも中国が養豚飼料として穀物輸入を増やしていることが背景にある。

その中国でも、尿素肥料の国内価格の上昇で輸出制限に踏み切った。これまたインドでは、肥料価格が上昇すると豆類や油糧種子の作付けが減る恐れがある、とするアメリカの調査会社の指摘もある。

懸念される原料や穀物の世界的争奪戦

アジアでも肥料の使用を減らすことからコメの生産量が10%減り、5億人相当の供給が失われる、との見通しを国際稲研究所(IRRI)が示している。

肥料や飼料の大半を海外に依存する日本にとっても、原料の高騰や供給不足から中国などとの世界的な争奪戦となれば、国内の農畜産業にも影響する。そこに円安、エネルギー価格や海上運賃の値上がりが拍車をかける。2008年の食料危機を上回る深刻な状況に世界が陥り、その波が今回は日本をも直撃する。

2008年の食料危機は、秋にリーマンショックが世界を襲ったことで、食料価格の落ち着くきっかけとなった。ただ、2010年にはロシアを干ばつが襲い、不作となったことから穀物の輸出禁止措置をとった。これで再び食品価格が高騰したエジプトをはじめ北アフリカで「アラブの春」が湧き起こった。

ウクライナでの戦況が長引くことによって、世界の食料危機と争奪戦は深刻化する。世界情勢も不安定となる。それはすでに第3次世界大戦に突入したと表現しても言い過ぎではないはずだ。