日本の野菜がこんなにも「甘くなった」意外な事情

人気沸騰する「高糖度トマト」

浜松市の農業ベンチャー、ハッピークオリティが開発した中玉トマト「ハピトマ」は、平均糖度8の甘さで前期は2億円を売り上げた。スーパーに並ぶ一般的なトマトは、4~6程度だ。「今は200トンしか供給できていないのですが、2000トン以上の注文があります。2年半後をメドに2000トンを供給する予定です」と同社の宮地誠社長は自信を見せる。

「誰にでもできる農業」を掲げる同社は、独自の栽培システムを農家に提供。誰でも安定的に高糖度のトマトを栽培し、それをハッピークオリティが通常の2~2.5倍の価格で全量買い取り、生産者が安定的に高収益を上げられることを目指している。

ハピトマの糖度が高い理由は、品種と栽培方法にある。まず、フルティカという糖度が高いタキイ種苗の一般的な品種を選んだ。誰でも栽培できるように年4回回転できるマニュアルを作成。畑の条件を揃えるためにハウスでの水耕栽培とし、水やりはAI技術で制御する。

宮地社長は、「6センチ角のロックウールに納めた小さな根っこに、水と栄養の吸収を集中させることでストレスをかけ、糖度を上げます。株ごとに根っこが隔離されるので、1本が病気になってもそれだけ抜けば、ほかの株への影響は少なく済みます」と説明する。さらに、光センサー選果機で糖度や形、大きさなどを測ったうえで収穫するなど、ハイテクを駆使し品質を安定させている。

宮地社長が、糖度が高いトマトを開発したのは、市場やスーパーのバイヤーに、求められている野菜をヒアリングした結果だ。「5~7年前には、1年中安定的に高機能、高品質(高糖度)のトマトを出荷できるところがなかった」と宮地社長は言う。

長年、卸売市場で働いてきた宮地社長、生産者の高齢化が深刻になる中、誰でもできる農業のビジネスモデルを作る必要性を痛感し、2015年、ハッピークオリティを創業した。

市場を席巻したトマト「桃太郎」

野菜ソムリエ上級プロの資格を持つ中野明正・千葉大学園芸学部特任教授もトマトの糖度が上がっている要因は、品種と栽培方法が変わったことだと話す。

品種については、「1985年にタキイ種苗が桃太郎の育成を完成したことが転機」だという。「例えば、それまでよく作られていた強力米寿2号という品種は、糖度4.6程度だが、桃太郎は5.5あり、完熟させると5.8になる。別のカテゴリーですが、ミニトマトだと9、10程度もあります」。

桃太郎は登場するとすぐ市場を席巻し、1988年頃にはトマトの主要品種になった。「それまでのトマトより糖度が高く果実が固いので、完熟させてから流通できたことが普及の要因と言われています」(中野特任教授)。

一方、栽培方法は水をやる量を制御する、塩類を高濃度に含む養液を与えるなどの方法が一般的。こうした農法は、1980年代後半にメディアに取り上げられるようになったという。

「水を絞ると機能性成分の割合も一緒に上がる。トマトは2000年代の健康ブームで、抗酸化物質のリコピンなどの機能性成分が注目されました。おいしさと健康の両面から、高糖度化に拍車がかかったと推定されます」(中野特任教授)

ハッピークオリティのハピトマは、リコピンに加え、ストレスを和らげ血圧を下げると言われるギャバも豊富としている。

水分を減らすと、重量も減る。野菜の運送はバーチャルウォーターを運ぶ面があることから、「なるべく水分を減らして運びたい、傷みにくいものを運びたい、という発想も現流通現場ではあるのではないでしょうか。今は石油の価格がどんどん上がっているので、流通の問題もクローズアップされています」と中野特任教授は指摘する。

一方で、生産量と糖度は二律背反の関係にある。

「日本のトマトは10アール当たり10トンしか穫れませんが、オランダはその5~6倍穫れるんです。しかし糖度は4ぐらいで、日本人からすればまずい。このような性質は、栽培法だけでなく品質にも大きく依存しますが、トマトが光合成をする際、受けた光でできた炭水化物を甘くする方向に回すのか、生産量に回すかが違うわけです」(中野特任教授)。

中野特任教授によると、日本は農地が狭いことから、生産者が効率的に経営しようと甘いトマトを選んでいる面もある。野菜全体としては価格が落ちてきているが、トマトは比較的高くても売れる。

「昔に比べおいしくなっていることから、消費者は納得し、それなりにお金を払ってでもトマトを買うのだと思います」と中野特任教授。生産者がより高く売れるトマトを求めて、糖度を上げてきた側面があるのだ。

ニンジンが子どもの好きな野菜上位に

流通業者にとっても、糖度が高く水分が少ないトマトは都合がよい。「運ぶ際、崩れにくい。また、量販店の加工担当者は、例えばサンドイッチを作るにしても、色がよく形がしっかり見えて、味が悪くなったり、食べにくくなる要因となるドリップが少ない品種を求めます」と中野特任教授は指摘する。

つまり、消費者はもちろん、生産者にとっても、流通業者にとっても都合がよいことから、野菜の糖度は上がってきたのである。甘い野菜は、わかりやすくおいしい。果物のように甘い野菜は、テレビ番組の企画で食べたタレントも即座に反応できるし、生産者も魅力を説明しやすい側面はある。

「昔はニンジンが、子どもの嫌いな野菜ナンバー1でしたが、今や好きな野菜の上位に入ってきていると聞いたことがあります。やはり子どもが嫌いだったピーマンも、クセがない『ピー太郎』などが登場しています。最近は一般化しましたが、パプリカになると、糖度が10近くもあります。ニンジンとピーマンの変化の共通点は、クセのある味が取り除かれて甘さが増えたことです」と中野特任教授は解説する。

一方、宮地社長は糖度が高い野菜・果物が求められる背景について、「糖度計で測れるようになったのは20年ぐらい前で、最初はミカン産地が導入しました。その後、桃、ナシ、柿、メロン、スイカと対象が広がって、やがて糖度を測ることがスタンダードになった」ことに加え、流通業者がプロの八百屋からパートが品出しをするスーパーに変わったことも大きいと分析する。スーパーでは、対面で商品の魅力を説明することがないため、糖度というわかりやすい指標で商品訴求をしていると考えられる。

しかし、誰もがいつも高糖度の野菜を求めているわけではない。宮地社長は「大玉の糖度3~4の一般的なトマトは、火入れする料理に向く。ジュースは6ぐらいがちょうどいい。ハピトマは、生で食べるのに向いています」と説明する。流通業者では、大手スーパーが糖度6~7、高級スーパーは7~9、百貨店は差別化するために10、13のトマトを求める傾向があるという。

ラーメンなどが顕著なように、日本では近年、濃厚な味がもてはやされる傾向がある。ドリンク類も「濃いめカルピス」など、味の濃厚さを売りにする商品が目立つ。水分量が少なく糖度が高い野菜も、味が濃い。

これ以上糖度が上がることはない?

ところが、中野特任教授は「10年ほど前、量販店で一般の消費者の方を対象にして、『水っぽく味が薄いオランダのキュウリ』と、『味のしっかりした日本のキュウリ』の食べ比べを実施したことがあるんです。高齢の方は日本のキュウリのほうをおいしいと回答しましたが、若い人は水っぽいキュウリをおいしいと評価したことを記憶しています。世代や時代により、求めるものが違うのかもしれません」と興味深い実験結果を教えてくれた。

最近、塩分控えめの食品が少しずつ増加している。ファミリーマートが2018年から弁当や総菜に含まれる塩を平均で約20%減らす「こっそり減塩」に取り組むなど、食品業界で減塩の取り組みも始まっている。コロナ禍で、家で食べる機会が増えて薄味の魅力を再発見した人もいる。まずは塩味から、薄めのトレンドがじわじわと広がっているのかもしれない。

中野特任教授も「糖度の面ではある程度、行きついた感があるかもしれません。イチゴもこれ以上甘くするという感じではないですし、メロンでも糖度をさらに上乗せする議論はあまり聞きません。トマトでは、酸味も併せ持つ、機能性や食感、さらにはエシカル消費など別の付加価値を加えていく方向性になるのではないかと思っています」と話す。

味が濃いもの、甘いものは、おいしいと感じやすい一方、飽きやすい場合もある。糖度の追求はひたすら豊かさを求めてきたことと似て、ある程度充足すれば、むしろ味のバランスの良さや薄味を求める傾向が強くなるのかもしれない。今後は、甘さだけではない食べ物のおいしさを感じとる人が増えていくのではないだろうか。