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丸亀製麺のロシア側「無断営業継続」に見えた怖さ

ロシアへのウクライナ侵攻が始まってから1カ月半が経つ。ロシアは国際社会からの孤立、すくなくとも西側諸国との離別が深まっている。

グローバル企業でロシアに進出していた企業は少なくなかった。しかし、ロシアという国のリスクを勘案して多くの企業は一部撤退、あるいは完全撤退を決めている。日本企業でも同様の対応を決めたところが多い。むしろロシア市場からの撤退が遅れた企業には批判が殺到した。

日本のフードチェーン「丸亀製麺」は撤退を早期に決めた企業の1つだ。3月末までにロシア国内7店舗の閉店を決めた。同社はフランチャイズ契約を結んでいたと思われる。苦渋の決断だっただろうが、国際状況を見ればやむをえなかっただろう。一般論だが、フランチャイズ契約書には社会通念上に問題があった場合や、不可抗力(戦争、暴動、予期せぬリスク)の事態であれば契約を解除できるという条文があることが多い。それゆえに、ロシアの地場のフランチャイジーは営業をやめてしかるべきだった。

しかし驚くことに店舗の屋号は「マル」と替わり、いまだに営業が継続している。さらにメニューの近似も指摘される。日本側は当然ながら営業の停止を求めているものの、営業中断に応じる様子はない。そのままの営業を続けている。

飲食店とは細かなノウハウとオペレーションでできている。これまで丸亀製麺が培った技術をそのままロシア側で使われてはたまらない。それなら、外資系企業を呼ぶだけ呼んで、ノウハウを摂取したら追放する蛮行が許されることになる。

ただ残念ながら同様のことは外資系他社でも起きている。有名なところではマクドナルドでも起きていて、同社ロゴに類似したUncleVanya(ワーニャおじさん)として営業を継続している。そのほかの撤退を決めたブランドでも、名称やロゴを少し変えた店舗が登場している。ブラックジョークとしては片付けられない状況が続いている。

外資系企業がロシアの国有になるし、特許も使い放題

さきほど、「驚くことに」と書いたが、それ以前にも、撤退した外資系企業はロシアの国有になると発表したほどだ。ロシアの「ありえない」傾向は「明らか」だったのかもしれない。

外資系企業の多くはロシアからの撤退を決めたといった。外資系企業はロシア事業から撤退する際に企業を清算する必要がある。しかし現地にある子会社の株式を売却するためにはロシア当局の許可が必要になる。また、実務上は不透明なところが多いが、その際にロシア側は、政府が指定した管財人を企業に送り込み、事業の再開を強く迫る計画のようだ。

しかしその願いがかなわなければ、行政がその株式を取得できる。その後、政府そのものが企業を経営できるわけではない。そこで、市場等で株式を売却する仕組みだ。おそらくロシアあるいは他国の資本が引き継ぐことになるのだろう。

さらにロシアの「ありえない」傾向の他例を紹介する。100万歩を譲って、もしロシアの国有になったとしても、それまで企業が積み上げてきた叡智を使用するなら対価が必要だ。しかしロシアでは3月7日に、「特許権等の保有者が非友好国の場合」、その利用料は「収益の0%」と決議した。説明は不要だが、この非友好国には日本やアメリカ、EU諸国が該当する。

これは恐るべきことだ。つまりロシアは他国の発意を使い放題なのである。

もともとロシアには国家安全保障等の緊急時には、特許権者の同意なく使用を許可する権利があるとされた。ただし使用料は払われていた。それが次から、非友好国には0%支払いますと改定した格好だ。

この状況のなかで、商標権や著作権について、ロシアが非友好国に対価を払うと想像するのは難しい。はたして、払う気がないロシア側に請求をどのように行うのだろうか。もちろん付随して工業デザインも同様だ。

冒頭の丸亀製麺はマルと改名された。しかしほかのブランドはそのまま使用される可能性すらある。

ロシア市場のリスク

ロシア企業が非友好国のもつ特許にアクセスしてロシア経済の後押しや下支えをすることも可能だろう。もっとも、ロシアはそれらの知的財産を知るだけで、短期的には何もできないかもしれない。技術力も十分ではない。労働者のレベルもまだ不十分だ。たとえばロシアにある大手自動車メーカーの工場を外資からロシアが引き継いだからといって、すぐさま自動車を生産できないだろう。しかしそれはあくまで短期的なことであって、中長期的には知的財産にフリーアクセスできる被害が拡大する可能性は高い。

とくに著作権の侵害が広がるとすればどのように影響するだろうか。エンターテインメント作品がロシア国内に流布された場合を考えると甚大なものになる。

ちょっとこんな思考実験をしてみよう。著作権の支払いを拒否する国があったとして、この国が非友好国の楽曲を自国民に無料で配布する。そして自国内で圧倒的なシェアをもつサービスになるかもしれない。

私たちは対応できないのだろうか。

権利を侵害している商品が日本に入ってきたとき、それは日本の税関が止められる。輸入品を拘留、押収することができるからだ。また他国に自国権利を侵害した商品が流れないか監視は必要だろう。またロシア周辺国に自国権利を侵害した商品が流入しないように協力を仰ぐのも重要だ。

しかしロシアに友好的な国に流れたら? それを抑止するのは難しいかもしれない。もちろんWTO(世界貿易機関)などに訴えることになるのだろうが、途方もない道程が待ち受ける。はたしてどのようにロシア企業を引っ張り出して、国際機関に訴え、さらに実額を引き出せるだろうか。仮にロシアが次の政権に移った後に、新政権が過去の使用料にたいして遡及して支払うことを期待するのもロマンかもしれない。しかしそのロマンは、ロマンのままで終わる可能性が高い。

ロシアの経済はさほど大きくはない。中国の10分の1にすぎない。さらにウクライナ侵攻のあとに再進出しようと決めている西側諸国も少ないだろう。知的財産の侵害が続くのであれば、撤退したブランドがふたたびウクライナ侵攻以前の市場シェアを取るのは難しいのではないか。

風評リスクにぶち当たる可能性も

しかし、ロシア市場そのものを相手にするのは難しくても、各国企業は別の問題にぶち当たる。ロシア国内での市場を諦めたとしても、企業はこれからも風評リスクと対峙することになるからだ。つまり知的財産が守られない国から模倣品が生まれ、それが各国に流れ行くリスクだ。それによって自社商品のブランド価値が低下する恐るべきリスクだ。ロシア国内ではすでに相当数のブランド品の偽物が流通しているといわれる。それが増加する懸念が出てきた。

なお、国家が外資系企業を国有化するのは初めての例ではない。とはいえこの時代においてG20のメンバーだったロシアが国有化や、知的財産の対価を支払わない利用を許すのはいささか私たちの理解を超えている。

ウクライナへのロシアの侵攻は、戦争という残虐な事実を突きつけるとともに、グローバル化の反動をも私たちに突きつけている。