日銀は庶民が苦しむ円安政策をすぐ変更すべきだ

インフレ高進を恐れる世界

3月に入ってからは、中央銀行のイベントが続いた。まず、3月10日、ECB(欧州中央銀行)が、予想外の資産買い入れの前倒し終了を表明した。金融緩和縮小である。そして、イングランド銀行も3回連続の利上げを行った。

次に17日にはFED(アメリカの中央銀行)も0.25%の利上げを行い、ゼロ金利の終了からの利上げを開始した。さらにFEDは、今年はこれを含めて1.75%の利上げを見込むことを表明。来年も1%程度の利上げを見込むことを表明した。これも大きなサプライズだった。

しかも、株式市場はこれらにポジティブに反応し、大幅上昇となった。株式市場は、利上げによる金融緩和縮小よりも、インフレ高進をより恐れていたことになる。

これは当然だ。昨年後半から世界的なインフレが巻き起こり、成熟国では40年ぶりの高いインフレ率となっていたからだ。コロナの影響を含むサプライショックだが、経済の基本構造の変化もあり、世界的な人手不足となった。失業率は世界的に低下、賃金コストの大幅上昇となり、それでも労働力不足が続いている。

ここへ、ウクライナ戦争が勃発した。ロシアへの経済制裁は、停戦が実現しても長期に継続すると見込まれている。エネルギーの世界的な不足は、理念だけのグリーン化(脱炭素)を進めたことから構造的におきていたのだが、これがさらに深刻化、長期化しそうだ。資源価格だけでなく、世界的な物流などの混乱もコロナ禍がピークを越えても継続する見通しとなった。インフレは深刻化、長期化し、景気は下降に向かうことも必然だから、スタグフレーション(不況とインフレの同時進行)必至となったのである。

だから、とにもかくにもインフレを抑えることが先決で、世界の中央銀行は金融引き締めに一気に舵を切ったのである。この流れに完全に乗り遅れているのは、世界で日本銀行だけだ。その直接的な理由は3つある。

第1に、インフレが相対的に弱いということだ。

日本の消費者物価上昇率は今のところ前年同月比0.5%程度で、インフレには程遠い。しかし、これには携帯電話料金値下げの影響がある。これがなくなり、さらに原油を中心とした資源高が加われば、すぐに2%を超えることになる。しかし、6%とか8%といっているアメリカや欧州とは、それでも大きな開きがある。

第2に、コロナ後の需要の回復が米欧よりも鈍いことだ。アメリカでは、賃金上昇が著しい。これは、景気が過熱し、賃金に上昇基調が生まれ、それがとまらなくなったからである。人手不足は極端に深刻だ。同時に、原材料、部品の供給制約に直面し、明らかにインフレが止まらないスパイラルに入った。そこへ、ロシアのウクライナ侵攻である。インフレは止まらず、インフレによる景気後退懸念のところへ、まったく別の外部要因で、景気が一気に悪化する要因が降ってきた。スタグフレーション必至の状況である。

このような状況では、何が何でもまず、インフレを止めるしかない。欧州は、そこまで賃金上昇圧力は強くない。だが、「ウクライナショック」によるインフレの加速は、エネルギーのロシア依存度の高さがアメリカとは異なるため、激しいものになり、こちらもインフレ抑制が何よりも最優先だ。景気失速懸念はより強く、その結果、スタグフレーションはもはや始まっていると言ってもよい。

「円安は経済にプラス」という信仰継続

第3に、円が安いほうが経済にプラスだと思っていることだ。

世界中どこの国でも、そして、経済理論としても、自国通貨が強いほうが、自国経済にプラスであるという真理が存在する。

一時的に、短期では為替安を利用して、自国製品を安売りして、生産を増やし雇用を増やす効果はあるから、一時しのぎの失業対策としては、通貨安政策はありうる。あるいは、賃金水準が国際的に(相対的に)どんなに低くなってもいいから、同じ製品を同じ労働者で、同じ経済構造で雇用を維持したいと思えば、通貨安政策はありうる。しかし、そんな政策は理論的にはもちろん間違っているし、現実の政策としても、いまやどこの国もとらなくなっているが、日本は、この政策が好きなので、円安志向の政策マーケットは継続している。

その結果、金融緩和を続け、自国通貨が安くなり、国が貧しくなっても構わないというスタンスなので、世界的な金融引き締めが起きても追随する必要はないと思っている、世界唯一の国となっているからである。

しかし、これら3つはすべて間違っている。

その理由は以下の通りだ。

第1に、そもそもインフレは弱くない。すでに40年ぶりのインフレだ。企業物価は40年ぶりの9.3%上昇である。これが消費者物価に反映されていないのは、一時的に企業が無理をしているからにすぎない。

日本の物価が上がらないのは、企業が値上げをためらい、消費者が価格上昇に異常に過敏だ、ということが理由だ。しかし、原材料などのコストは上がっている。それに対して企業が利益を減らし、無理をしているから、企業がばたっと倒れて、結局労働者にしわ寄せが来る。あるいは、生産をあきらめてしまい、消費者は、そもそも希望の商品が手に入らなくなり、安物、質の劣化した望まないものを消費させられることになる(消費者がけちであることによる自業自得なのだが)。そして、もちろんコスト削減をギリギリまで行うから、企業は賃金を上げるなどとんでもない、ということになる。日本経済は貧しくなっていくのである。

日本経済にとって円安は明らかにマイナスになった

第2に、現在の世界的な利上げは、通常の金融引き締め、需要の過熱に対応する引き締めではないのである。インフレ上昇そのものを抑えるための引き締め、利上げなのである。

通常、金融政策における引き締め、利上げ政策は、景気を冷やすために行う。景気が過熱しているかどうかのバロメーターがインフレ率である。これが上昇してくれば、景気を冷やすため、需要を抑制するために、利上げを行う。

しかし、インフレはバロメーターであるだけでなく、物価が上昇すること、そのものが経済にマイナスであるため、インフレ自体が経済にとって悪なのだ。

消費者、とりわけ、低所得者層は、インフレに耐えられない。生きていけないのである。だから、政治的にも、インフレを抑えることが重要であり、アメリカと欧州でインフレを抑えることは最優先課題なのである。

インフレになる、ということは、モノの値段が上がる、ということである。ということは、一定の所得があっても、インフレが進めば可処分所得は落ちることになる。そして、これは消費者だけでなく、企業にとっても同じことであり、原材料コストの上昇により、収益が悪化することになる。

相対的に立場の弱い新興国などは、アメリカの利上げで、通貨安になることが経済にとって致命的であるから、防衛的に対抗して利上げを行う。とりわけ、資源輸入国はそうである。

これが、第3の理由である。日本経済にとって、いまや明らかに円安は、ほぼすべての面でマイナスになったのだ。

小泉政権発足(2001年)後の2002年ごろから2008年のリーマンショック前までは、実感なき景気回復と言われた。それは資源価格、食料価格の急騰をもたらした。一方で、急激な円安により、国内生産量も輸出も、そして雇用も増えたのだが、日本の輸入額の半分近くを占めるエネルギー、食糧の輸入額が急増し、国内所得の増加を遥かに上回って増加してしまい、国民のエネルギー、食糧の必需品の輸入額を除いた、実質的な可処分所得が大幅に減少してしまったからなのであった。

したがって、当時から円安は日本経済にマイナスだったのだが、政治家にはとくに、企業関係者もエコノミスト達も、円安信仰から抜け出せないまま、円安政策が国内的には支持され続けたのである。それは、2013年以降本格的に始まったアベノミクス政策が始まってからも残り続けた。これに私は警鐘を鳴らした。だが、2013年の拙著「リフレはヤバい」、は話題になったものの、2015年の渾身の日本経済救済の処方箋、拙著「円高・デフレが日本を救う」は、私の著作の中で最も売れなかった本となった。

ここにきて起きている変化

それが、ここにきて変わってきた。2022年3月18日の、黒田東彦日銀総裁の記者会見では、円安による日本経済の危機の認識を問うことに質問が集中し、黒田総裁は、円安にはプラスとマイナスがあるが、日本経済にとっては、いまでも円安はプラスと答弁することに終始した。

黒田総裁は、すべてをわかっていると思うのだが、政治的な状況などを配慮したか、あるいは円安懸念を表明すると、一気に円高に振れてしまい、それではショックが大きいため、現時点でははっきりとは表明できない、ということなのかもしれない。

しかし、ともかく、日本銀行は、日本経済のために一刻も早く金融政策を修正する必要がある。現在の大規模金融緩和は、危機対応であったのだから、「金融引き締めでなく、十分に緩和的である状態を維持したまま、正常化を図る」、という論理は十分に通じるし、実際にそうであるから、少なくとも一歩でもいいから正常化に舵を切るべきだ。

具体策としては、まず一番特異な政策である、日本株のETF(上場投資信託)の買い入れを終了し、売却に転じるべきであると思う。そして、一時的にこの政策変更が株式市場に与えるショックを緩和するために、ETF買い入れはやめ、ごく少量ずつ売却を開始することとする。一方で、ショックが大きく株式市場におけるリスクプレミアムに急激に変化が生じた場合には、先物の売買を行うことにして、過剰な変動を抑制する、という政策をとるべきだと考える。

そして、その後はイールドカーブコントロール(長短金利操作)の年限を少しずつ短期化すること、そして、マイナス金利を解除すること、これらを丁寧に少しずつゆっくり行い、まず金融正常化を図り、普通のゼロ金利政策に戻していくことが必要だと考える。