ロシアの侵攻で増す懸念「台湾有事」日本への影響

ロシア自身も共同提案国に名を連ねていた「オリンピック・パラリンピック休戦」国連決議を無視したロシアが、北京パラリンピックの開幕を直前に控えた2月24日に隣国ウクライナに対する「特別軍事作戦」という名の武力侵攻を開始してすでに1か月が経過した。

3月2日には国連緊急特別総会が開かれ、ロシアを非難し、ウクライナからの無条件での即時撤退を求める決議が、140か国を超える賛成多数で採択され、国際社会の支援を受けながらもウクライナ市民への甚大な被害は拡大する一方であり、ウクライナの人口の4分の1にあたる1000万人を超える市民が居住地を追われて国内外へ避難を余儀なくされている。

「不可分な同一民族」に非人道的で無慈悲な侵略行動

ロシアはウクライナを歴史的に不可分な同一民族であるという。2021年7月、プーチン大統領は「精神的、人間的、文明的な絆は何世紀にもわたって形成され、共通の試練、成果と勝利によって固められてきた。ロシアとウクライナに住む何百万もの家族を結びつける血のつながりがある、われわれは1つの民族である」とする論文を発表した。

また、侵攻開始直前の2月21日、プーチン大統領は「ウクライナはわれわれにとって単なる隣国ではなく、われわれ自身の歴史、文化、精神空間にとって不可分な一部なのであり、われわれの同志、仲間である」とロシア国民に語りかけた。

しかし、今、国際社会が目にしているウクライナの状況は、チェルノブイリをはじめとする原子力発電所への攻撃や、住宅、学校や病院などの市民を直接の目標とする無差別な攻撃である。さらに今後の戦況次第では、ロシアは生物・化学兵器や核兵器の使用すらいとわない様相である。

こうしたウクライナに対するロシアの非人道的で無慈悲な侵略行動からは、「不可分な同一民族」や「血のつながりのある家族」に対する優しさは微塵も感じられない。

「不可分な同一民族」や「血のつながりのある家族」といったプーチン大統領の言葉を背に、ロシア軍将兵はウクライナ人にどのような思いで相対しているのだろう。もちろん、異なる民族や異なる宗教を信仰する相手だからと言って侵略が正当化されるわけではないことが、21世紀を生きるわれわれ国際社会にとって自明の理であることは言うまでもない。「不可分な同一民族」や「血のつながりのある家族」といったプーチン大統領の言葉が空虚であることを最も理解していたのはウクライナの人々であった。

今回のロシアの侵略に対して、ウクライナ人の多くが武器を手に抵抗している。支持率が下落気味であったゼレンスキー大統領への支持も、ロシアの武力侵攻とそれに対する現政権の抵抗姿勢を背景に上昇し、ウクライナ人の団結がいっそう進んでいる。

親ロシア、親欧米に分かれていたかつてのウクライナは「ウクライナ人」としての一体性、アイデンティティをいっそう強固なものにしたように見える。旧ソ連の時代、スターリン政権下で起きたホロドモールと呼ばれる人工的大飢饉などの記憶を通じて、必ずしもロシア人のウクライナに対する思いをウクライナ人が共有しているわけではない。ロシアへの再統合やウクライナのロシア化を望むウクライナ人はほとんどいない。

3月24日現在で370万人を超える女性や子どもたちがウクライナ国外に脱出していることもその証左だ。夫や父親がウクライナに残って抵抗を続けているが、この戦争が長引けば長引くほど避難生活も長引き、もしロシアが勝利してウクライナの国の姿が変われば、国外に脱出した市民が帰国して元の生活を取り戻すことは困難だ。

中国も台湾を「不可分かつ同一の民族である」と主張

中国も台湾を不可分かつ同一の民族であると繰り返し主張している。

王毅外相が「台湾問題はウクライナ問題とは根本的に異なるものであり何ら比較にならない。最も根本的な違いは、台湾は中国の不可分の領土であり、台湾問題は完全に中国の内政問題」であり、「台湾海峡の両側は同じ歴史的起源、同じ文化的ルーツを持ち、同じ中国に属していることを強調したい」と言及していた。

台湾にはウクライナの6割程度、約2400万弱の人々が暮らしている。同胞であり同じ「中華民族」が住むその台湾に対して中国は武力攻撃の可能性を否定していない。

中国は建国以来、繰り返し台湾への武力行使の可能性を国際社会に表明し、2005年には「反国家分裂法」を制定して国内法としての武力行使を正当化した。さらに近年は、台湾ADIZ(防空識別圏)への中国軍機の侵入や台湾周辺海空域における中国海空軍による活動が急増しており、中国のこのような活動は、台湾のみならず国際社会に習近平政権に対する懸念を引き起こしている。

台湾への武力侵攻が現実のものとなれば、多くの台湾市民に被害が生じることに疑う余地はない。

台湾には、国共内戦を経て大陸にある故郷を追われた歴史を記憶している外省人と呼ばれる人々や、日本が敗戦した後、中国人同胞として迎え入れた国民党軍によって激しい弾圧を受けた歴史を記憶している本省人と呼ばれる人々がいる。

ウクライナがロシア・旧ソ連から分離独立(1991年)してからわずか30年。台湾が清帝国から分離(1895年)してから127年、蔣介石国民党政権による中国共産党政権とは異なる政治体制(1949年)となってから73年が過ぎた。

現在、台湾の人々の圧倒的多数は現状維持を望んでいる。たとえ将来に統一を望む人々も、統一イコール共産党の統治を受け入れているわけではない。昨年夏に行われた世論調査では「台湾人の共産党への感情は氷点下」との指摘もある。

そのような台湾の人々が、はたして中国の武力侵攻に唯々諾々と白旗をあげるだろうか。

中国が台湾に武力侵攻を行う場合、その主力は中国人民解放軍である。「人民解放軍(People’s Liberation Army)」や「中華人民共和国(People’s Republic of China)」というように中国は人民の国であり、軍隊は人民を解放する軍隊である。

人民は英語ではPeopleと公式訳されている。人民、peopleは、広く一般に「人々」を意味する、つまり人民とは中国人の総称であると多くの日本語話者や英語話者は信じているかもしれない。

しかし、中国共産党の指導下にある中国大陸では、人民は必ずしも中国人を意味するものではなく、peopleも必ずしも「(中国の)人々」を表す言葉ではない。この点を誤解したまま台湾問題を論じると理解にギャップが生じかねない。

「人民」ではない中国人や中華民族が存在する

中華人民共和国の国籍を持つ人々に対し、国内法上は「公民(citizen)」という言葉が用いられている。「人民」はもっぱら中国共産党によって用いられる政治的な用語であり、一般的には「中国共産党の政治体制を支持する人々」を指し、必ずしも中国国籍を持つすべての「公民」を対象とするものではない。

中国でいう「人民の敵」とは、国共内戦当時の国民党勢力であり、文化大革命のころには反革命分子と呼ばれる旧地主階級や知識人などが主たる対象であった。「人民の敵」は必ずしも外国の敵対勢力であるわけではなく、最近では汚職などで摘発される共産党幹部なども含まれる。

中国大陸で用いられる「人民」は極めて政治色の強い用語であり、公民や、同胞、民族などの類似した用語とは明確に分けて理解する必要がある。公民や同胞であっても「人民」ではない中国人や中華民族が存在するということだ。

習近平・共産党総書記や中国共産党指導者の発言や文書において、彼らが台湾の人々を「同胞」や「同じ民族」と呼ぶことはあっても「人民」と呼びかけたものを目に、耳にしたことは残念ながら、ない。中国が巧みに使い分けていることに留意するべきだろう。

そうだとすれば、人民解放軍将兵の台湾の人々へ向けるまなざしが、大陸の人民に向けるそれとは異なっているとしても不思議ではない。中国共産党政権に反対する者、人民解放軍に抵抗する者は、たとえ同じ中国人であっても「人民の敵」である。これは国共内戦以来、ずっと繰り返されてきた歴史でもある。国際社会は1989年に起きた天安門広場における惨劇を目の当たりにした。

人民解放軍将兵にとって、抵抗する台湾の人々は人民解放軍が守るべき「人民(people)」ではないということだ。

中国による台湾侵攻の可能性は誰も否定できない

今回のロシアによるウクライナ侵略では、少なくないロシア人がロシアの国内外においてこの武力侵攻に反対を表明している。プーチン大統領は反戦を唱えるロシア人を「くずどもと裏切り者を一掃する」と言って切り捨てた。

中国共産党の決定を支持する中国人のみが中国人民であるとするならば、台湾の同胞に対する人民解放軍の攻撃を表立って反対する中国人民は現れないだろう。中国共産党の決定に反対する者は人民ではない、「くずどもと裏切り者」として中国大陸や台湾から一掃される対象だ。

ロシアによるウクライナ侵攻に対するウクライナ人の抵抗と、国際社会とりわけアメリカ、欧州をはじめとする西側世界の反応を中国がどのように学んだのかはわからない。

プーチン大統領を除く国際社会の大半が、ウクライナ侵攻を予想していなかったのと同様に、中国による台湾侵攻の可能性も誰も否定できない。ましてや、2027年から2035年にかけて軍事力を含む中国の国力はアメリカのそれを凌駕する可能性も指摘されている。

もし、中国による台湾侵攻が生じた場合、今回のウクライナ市民がとった行動と同様に、多くの台湾の市民が武力侵攻に抵抗するだろうし、老人や女性、子どもなど抵抗するすべのない人々、中国共産党による統治を受け入れられない人々は台湾を脱出せざるをえなくなる。

ウクライナの隣人であるポーランドは、すでに200万人を超える避難民をウクライナから受け入れている。ウクライナとポーランドの間にも隣人ゆえのさまざまな歴史がある。しかし、ウクライナへのロシアの蛮行を許せば、いつかロシアの銃口が自国に向けられるかもしれないという危機の中、政府レベルのみならず草の根レベルにいたるまで避難民を温かく迎え入れている様子が連日の報道を通じて国際社会に伝えられている。

ウクライナと異なり、周囲を海に囲まれた台湾からの脱出は、空路と海路に限られる。民間航空便が閉ざされれば、船で海に逃げ出すしかない。

台湾から海に出て、海流に乗ればすぐに与那国島から始まる日本列島であり、日本は台湾の人々にとって歴史的にも近い国である。

多くの避難民が日本を目指すことになる

1945年までの日本による植民地支配の歴史の一方で、最近では日本人と台湾人の価値観や生活感覚は中国大陸の人々よりも近いとも言われている。最近の世論調査では、「最も好きな国・地域」「最も親しくすべき国・地域」のいずれにおいても、アメリカや中国に比して日本を挙げる台湾人の数がつねに圧倒しており、日本に対する信頼感も高い。多くの台湾からの避難民が日本を目指すことになるだろう。

台湾への武力侵攻が長期化すれば、避難生活も長期化するだろうし、もし台湾の統治形態が変われば、避難民の多くは台湾への帰還をあきらめ新天地での定住を求めることになるだろう。「今日のウクライナは明日の台湾」と評する議論があるが、「今日のポーランドは明日の日本」にならないとは限らない。

「台湾有事は日本有事」であると警鐘を鳴らし、防衛力や国民保護の態勢についての議論もさることながら、避難を余儀なくされる隣人への対応を誤ることは、日本に期待を寄せる親日の隣人を失うことにもなりかねない。