デジタル人民元で対ロシア制裁すり抜けは可能か

中国にアメリカが制裁すり抜けを警告

ウクライナ侵攻が膠着状態に入った2022年3月18日、アメリカのバイデン大統領は中国の習近平国家主席との首脳会談(オンライン)に臨み、1時間間50分にわたって協議した。バイデンは習に経済制裁について説明した後、「中国がロシアに物資的支援をした場合の影響と結果について説明した」という。バイデンが会談を開いた狙いが、中国の「制裁すり抜け」に警告し、くぎを刺すためだったのは明らかだ。

これに対し、習は制裁について「世界の経済貿易、金融、エネルギー、食糧、産業連関、サプライチェーンに深刻な危機が起き、すでに困難な世界経済をさらに悪化させ取り返しのつかない損失をもたらす」と、反対の理由を説明した。

バイデンは2022年3月24日、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議後の記者会見で、習との電話会談を振り返り、中国が対ロ支援をした場合、中国経済が受ける影響について説明したのに対し、習は「理解した」と答えたと明らかにした。バイデンは「中国は自分たちの経済関係が、ロシアより西欧諸国に近いことを理解している」とも語った。

バイデン政権が、中国の制裁「すり抜け」を警戒するのは、米中関係の険悪化と反比例して、中ロ関係が緊密化しているからである。ウクライナ情勢が緊迫化し始めた2022年2月4日、プーチン大統領は北京に飛び、習氏との首脳会談に臨んだ。

会談後の共同声明によると、双方は①北大西洋条約機構(NATO)拡大に反対、②米政府のインド太平洋戦略が地域の安定を脅かすと批判、③中ロの新国家間関係は冷戦時代の政治的および軍事的同盟よりも優れていると評価、④政治と安全保障、経済と金融、人道的交流の3つの主要分野での協力を拡大――と共通認識を挙げた。

プーチンは訪中直前の新華社への寄稿(2022年2月3日)で、「中ロは(ドルを介さない)両国通貨決済を継続的に拡大し、一方的制裁の悪影響を埋める仕組みをつくってきた」と書いた。あたかもSWIFT排除を予期したかのような表現だ。さらに2国間貿易額を2022年には前年の1400億ドル(約16兆円)から、2000億ドルへ4割増やすとした。

制裁に話を戻す。米欧日はプーチンやその周辺と、「オリガルヒ」(新興財閥)の海外資産凍結をはじめ、ロシアの「最恵国待遇」を取り消し、原油禁輸などの経済制裁を科した。中でも、ロシアの銀行7行をSWIFTから排除する制裁は、ロシアの国際的な金融決済を機能不全に陥れる可能性がある。

SWIFTは本来、国家間決済を円滑化するための仕組みだ。しかし中国は、アメリカがイランにSWIFT排除の制裁を科したのをみて強力な制裁ツールになったことを悟った。ロシアは2014年、ロシア中央銀行の金融メッセージングシステム(SPFS)の運用を開始した。続いて中国も2015年、人民元による国際銀行間決済システム(CIPS)を導入した。

プーチンは習との会談で「中ロは(ドルを介さない)両国通貨決済を継続的に拡大した」と述べた。しかし人民元やルーブルを使う銀行間決済システムを通じる国際決済の大半は、送金指示などのやり取りはSWIFTを使っており、中ロの取引はすべて捕捉されている。

デジタル人民元の推進に3つの背景

そこで登場するのが、中国中央銀行が発行するデジタル人民元だ。中国は2014年から開発を始め、2020年10月から深圳など28都市で市民参加型の実証実験を行っている。2022年2月の北京冬季五輪で、初めて外国人向けに提供した。2022年中に正式発行するとされるが、まだ正式発表はない。

デジタル人民元発行の背景はいくつかある。第1は、国家が関与しないビットコインなど暗号通貨取引が膨張したこと。放置すれば、中央銀行による金融システムが崩れかねない。同時に、資金洗浄(マネー・ローンダリング)に悪用される恐れもある。

第2に、国が民間から決済手段を取り戻しビッグデータ活用が可能になる。中国ではスマホの普及によって電子マネー決済が急成長した。「アリペイ」は利用履歴をビッグデータとして活用し、個人の経済能力指標である「信用スコア」を使って急成長した。デジタル人民元が主要な決済手段になれば、国が取引情報を掌握しビッグデータとして活用できる。

第3は人民元の国際化だ。デジタル人民元ベースの国際決済にはドルが介在しないため、長期的にはドルの国際的影響力が弱まる可能性がある。

そして今回、ウクライナ危機から降って沸いてきたのが、「デジタル人民元」による制裁の無効化だ。「すり抜け」が可能な理由について、野村総研の木内登英氏は「デジタル人民元による取引は、アメリカドルが介在しない『ブロックチェーン取引』のため、SWIFTは取引を捕捉できない」と説明する。

欧米金融界は、ロシアのSWIFTからの排除はウクライナ侵攻への「有効な処罰になる」が、その一方で、「中国に中央銀行のデジタル貨幣を推進する口実を与える。そうなれば、ドルの国際的な影響力が弱まる可能性がある」とブルームバーグ通信は伝える。

デジタル人民元は、実証実験段階とはいえ、国境を越えた使用に「技術的な準備はできている」とされる。アメリカの捕捉を逃れるため、中国がロシアとの決済にデジタル人民元を使うのは技術的には可能だ。問題は、欧米との厚い経済関係を犠牲にしても、ロシアを救済する価値とのバランスである。

「ドル覇権」を崩そうとする中国

中国の外交と内政の連動に関する基本スタンスは、米中対立が激化しても国内経済を損ねないようハンドリングすることにある。この文脈でみれば、「すり抜け」は西側との関係を損ね、国内経済に跳ね返るおそれが出る。

中国では上海交通大学の胡偉・特任教授が2022年3月13日、「早期にプーチンと手を切れ」と、指導部に進言する文章を中国SNSに投稿したように、中国共産党内には対ロ支援をめぐって異論が存在する。

中国共産党の内部事情に詳しい消息筋によると、党中央は2022年3月5日の全国人民代表大会(全人代)開幕直前、幹部党員に次の「3つの指示」を出したという。①ロシア、ウクライナのどちらにもつかず中間の立場をとる、②対ロ経済制裁を求められても応じない、③対米関係改善と経済貿易の推進を図る。

これをみると、ウクライナ危機にもかかわらず、対米関係の改善が依然として中国の最重要課題だとわかる。中国の在京外交筋は筆者に、「中国は自然災害に見舞われた1960年代初め、同盟関係にあったソ連が技術者を引き揚げたのを忘れていない。国境では軍事衝突した。中国はあらゆる同盟に反対しており、代わってパートナーシップ協定を結んだ」とし、中ロ同盟の復活を否定した。

デジタル人民元を使った制裁「すり抜け」の可能性は低い。ただSWIFTからロシアを排除することによって、従来はドル決済だった取引をCIPSによる人民元決済への切り替えは進むだろう。それはアメリカによる「捕捉」可能なことを前提に行うはずだ。

注目すべきは、人民元の国際化推進とドル覇権を弱体化させる動きだろう。世界の外貨準備のうちドル資産の割合は、2001年末までは7割を超えていたが、2021年9月末には59%強にまで減った。各国ともドル依存を減らしているのだ。

中国ももちろん、この10年で着々とドル依存を減らしている。外貨準備高は3兆2000億ドル超で世界最大だが、このうちアメリカ債保有額は2022年1月末で1兆0601億ドルと10年前に比べ9%減少している。ウクライナ危機の有無にかかわらず、中国はデジタル人民元を早期にスタートし、人民元の国際化を進めてドル依存を減らす動きを進めるはずだ。衰退するアメリカ一極覇権をドルから切り崩す狙いだ。