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「会社に属さず働く人」、大抵の人が知らない現実

日本のフリーランスはコロナ禍で500万人超の増加

クラウドソーシング事業を手がける「ランサーズ」が実施した「フリーランス実態調査2021」によれば、2021年1~2月時点の日本国内のフリーランス人口は、1670万人になったそうだ。広義のフリーランス人口という意味で言えば、全労働人口の2割を超える約24%に達している。

コロナ以前の2018年と比較して日本のフリーランス人口は500万人以上増加しており、労働人口の35%が広義のフリーランスであるアメリカのレベルに近づいてきたとも言われる。経済規模も2020年より約10兆円増加し28兆円と過去最大となった。

日本でこれだけフリーランス人口が増えた背景には、むろん新型コロナウイルスによるパンデミックという要因もあるが、それ以前から起きていた労働市場の構造変革がある。雇用者としてはカウントされない「自営業者」や「フリーランス」が増えるのと同時に、いわゆる「ギグワーカー」といわれる労働者の存在が急速に伸びて来たからだ。

ギグワーカーとは、ネットを介して仕事を単発で請け負う雇用のスタイル。ジャズ奏者がクラブなどで単発演奏する「ギグ」から来ていると言われる。企業は、ネットのプラットフォーム経由で仕事を発注し、個人はそのプラットフォーム経由で仕事を受ける。いわゆる「ギグエコノミー」と呼ばれる新しい働き方だ。

プラットフォームとしてはランサーズやクラウドワークス、ウーバー・イーツなどが有名だ。当初は、海外からの進出企業が多かったのだが、最近は日本企業も数多く市場参入しており、急速に拡大していると言っていい。いずれ日本も、アメリカのように3人に1人がフリーランスやギグワーカーになる時代が来るのかもしれない。

もっとも、こうしたギグワーカーを純粋なフリーランスと呼ぶのかについては、少なくとも日本ではまだ十分な議論が出てきていない。彼らの権利をきちんと守る法律も整備されていない。すでに海外では、積極的にギグワーカーを守る姿勢が強まっており、法律も整備されつつある。

新型コロナウイルスによるパンデミックでフリーランスが急増しているのは日本だけではない。アメリカでも、コロナ禍が始まってから法人格を持たない事業者として働く人の数は、50万人増加して944万人に達している(アメリカ労働省調べ)。金融危機のあった2008年以降最多であり、自営業者が約6%も増えたそうだ。

岐路に立つ日本型雇用システム

日本は、独特の雇用形態を戦後ずっと維持してきた歴史がある。最近はその傾向がやや変化して欧米に近づきつつあるともいわれているが、それでも日本の雇用形態の大半は現在でも「新卒一括採用」「年功序列」「終身雇用」という独自の雇用形態を維持してきた。

実際に現在でも、一般企業の多くはギグワーカーどころかフリーランスそのものも活用できていない。2017年に経済産業省が行った「働き方改革に関する企業の実態調査(平成28年度)」によると、日本企業でフリーランス人材の活用状況を調査したデータによると、フリーランスを活用している企業は「18.9%」にとどまっている。

外部人材に頼らない雇用システムに依存する企業が8割に達している背景には、新卒で一括採用した従業員に定年退職まで働いてもらう、という日本独自の雇用システムがある。しかし、近年その基礎となる「新卒人口」が、人口減少時代の到来によって急激に減少しているという現実がある(22歳人口の推移、国立社会保障・人口問題研究所推計)。

・ 2024年…… 118万人
・ 2025年…… 115万人
・ 2026年…… 113万人

もっと長期で見ると、2030年には110.9万人、2040年には97.8万人と予想される。新卒一括採用を行う企業にとっては、これからの10年、20年は大きな方向転換を余儀なくされそうだ。

人口減少以外にも、新卒一括採用は大きな危機に直面している。新型コロナウイルスによっても明らかになった社会全体の「デジタル化」の進展だ。ギグワーカーの登場も、ネットの発達によって生まれた新しい働き方であり、賃金コストを抑えられる方法のひとつとして、企業もその活用に積極的な姿勢を示している。

ちなみに、フリーランスとギグワーカーのどこが異なるのか。一定の特殊な能力を持ち、企業のニーズに応えられる人材がフリーランスと言える。一方のギグワーカーはデリバリーの配達員や単純作業など、誰もができる仕事を単発、短期間で受ける労働者と言える。

日本でも、タクシーなど法的にライセンスとして守られている業種を除いて急速に普及している。飲食店のデリバリーだけを見ても、「ウーバー・イーツ」を始め「出前館」などの国内業者、「ドアダッシュ」といった海外企業など数多くが市場に参入している。問題は、欧米と違って労働者の権利意識が低く、日本ではギグワーカーに対する支援システムがいまだ何も決まっていないことだ。

「ジョブ型採用」「通年採用」への転換進める日本企業

日本で新卒一括採用など独特の雇用システムが定着したのは、歴史的な背景があると言われている。その起源は太平洋戦争中の「産業報国会」と呼ばれる企業別の全員加入の労働組合がそのルーツとされる。戦後の民主主義が定着していく中でも、この企業別労働組合が存続したために、終身雇用制が定着し、新卒一括採用も普及。同時に年功序列型の雇用システムも定着していったと言うわけだ。

一方、欧米諸国では企業ごとの労働組合というスタイルではなく、複数の企業が労働組合を作り、企業間で格差のない労働条件を獲得するために労働組合づくりが行われてきた。日本の労働組合の場合、単一企業との労使交渉ではストライキなども限定的にならざるをえず、最終的には企業側に対して忖度せざるをえなくなる。日本の労働組合の組織率は戦後55.8%(1948年、厚生労働省「労働組合基礎調査」)もあったのに、現在ではわずか16.7%(2019年、同)に低下していることでも、日本の労働組合の弱体化がわかる。

こうした時代背景の中で、フリーランスやギグワーカーが増えているという現実は、日本企業のあり方や産業のあり方そのものにも影響を与えるかもしれない。もっとも、現在のイノベーションのスピードやデジタル化の波は、企業が人を雇うシステムや求人の方法にも大きな影響を与えている。

たとえば、新卒一括採用に対抗するのは、「通年採用」と呼ばれるものになるのだが、最近は日本でもこの通年採用を導入する企業が徐々に増えている。もともと海外では、通年採用が常識で、大学を卒業してから求職活動を開始する学生がほとんどだ。大学生でなければできないことを優先させる傾向が強く、必ず4年で卒業するというのも常識ではない。

一方で、日本では政府が「就活ルール」を主導するようなシステムができている。2022年度卒の採用は、2021年3月に説明会の解禁、6月に選考解禁というスケジュールになっている。企業の求人に政府が介入する、というのも国際的には極めて珍しい現象と言っていい。

「ジョブ型雇用」を採用する企業も増えている

人材サービス会社の「ビズリーチ」が2020年9月に実施した調査では、通年採用を実施している企業は全体の「28%」にとどまっている。3分の1にも満たないのが現実だ。ただ、IT業界では大手企業でも通年採用が一般化しており、すぐに役立つスキルを持っている人材は、大学生、大学院生に限らず卒業直前まで常時採用活動を行っている。

ちなみに、日本特有の雇用システムも徐々に変化を遂げつつある。いわゆる「ジョブ型採用」を採用する企業が増えており、中には45歳定年説を打ち出す企業も出てきている。ジョブ型雇用とは、仕事に必要なスキルがあるかどうかが問われる採用方法で、欧米では一般的な方法といえる。それに対して、日本的な雇用スタイルは「メンバーシップ型雇用」と呼ばれる方法で、学歴や年齢といったものが優先されて採用される。

日本でも、このジョブ型雇用を採用する企業が増えており、たとえば日立製作所は2000年頃から技術系では「ジョブマッチング方式」と呼ばれる採用法を取り入れており、2021年春の新卒採用では新卒採用した600人のうち約40人がこの「デジタル人財採用コース」と呼ばれるスタイルで採用されている。従来のように全員をオールマイティーの人材として採用する方法とは異なるスタイルが定着しつつある。

 

雇用の変化は、働く側にも変化をもたらしつつある。内閣官房が2020年に行った調査によると、全国の約7500人のフリーランスを対象に調べたところ、フリーランスとして働き続けたいと回答した人は「78.3%」に上り、「会社員になりたい(会社員に戻りたい)」と答えた人は「3.4%」にとどまるという数字が出ている。フリーランスという働き方を選択した理由では、「自分の仕事のスタイルで働きたいため」と答えた人が「57.8%」、「働く時間や場所を自由にするため」が「39.7%」の順で多くなっている。

こうした背景には、 時代の変化とともにデジタル化が進み、AIやロボットといった新しいイノベーションのスピードに、人間の能力がついていけてない中で、特別なスキルのない社員を一括採用することに意味がなくなってきているとも言える。にもかかわらず、日本企業が新卒一括採用にこだわるのは、マンパワーの力をいまも信じているからだろう。

人的資源は投資材料か単なるコストか

ただ、海外では企業の業績を判断する材料に「人材資源」というカテゴリーが組み込まれている現実もある。実際、アメリカ証券取引委員会(SEC)は、上場企業に対して人的資源に関する情報開示を2020年8月に義務付けている。社員教育や人材育成などの取り組みが投資判断の重要な指標として、数値化されて投資材料のひとつとして評価されている。その点、日本では企業会計の中で、人的資源はいまだに単なるコストとしてとらわれているにすぎない。

本来、一生をひとつの企業に捧げる日本式の雇用制度は、それに見合うだけの報酬があって初めて可能になる価値観といっていい。ところが、日本の賃金はここ25年間でわずかしか上昇していない。平成の30年間で上昇した平均給与は、わずか7万円というデータもある(国税庁、民間給与実態統計調査)。

そこに、企業にとってはさらに都合のいいギグワーカーという雇用形態が登場したことで、最近の労働市場はまた違った局面を見せている。最低賃金の対象外となるギグワーカー、たとえば一律数百円程度の均一料金で料理宅配を請け負うワーカーは、配達途中にけがをしても労災に該当しない。ギグワーカーは「労働者」として定義されていないために、雇用保険や健康保険、労災保険の対象とならず、あくまでも自営業者としてカウントされるからだ。

さらに、社会全体の枠組みも、ギグワーカーのシステムに対応できていない。たとえば、自転車で配達中に事故を起こした場合も、通常の自転車保険の個人賠償特約では仕事中ということで対象外になる。賠償責任保険といった自営業者やフリーランス向けの保険が必要になる。

労働者としての権利を認めてもらおうにも、雇用関係がないから、団体交渉などもできない。ただ、そんなギグワーカーにも最近はさまざまな形で支援の手が差し伸べられようとしている。たとえば、労働組合を作って団体で雇用者側と、労働条件についての交渉を行うという動きだ。

もともと労働者というのは、「労働基準法上の労働者」と「労働組合法上の労働者」に分けて考えられる。ネットのプラットフォーム上の企業を通して仕事を得ている料理宅配サービスの配達員などは、労働基準法上の労働者とみなされないために、最低賃金や労働者災害補償保険等の対象になりにくい。

労組を結成して企業に対抗するギグワーカーの動きも

そこで、最近注目されているのが、労働組合法上の労働者として労働組合を結成して団体交渉や地位向上を図っていく方法だ。実際に、2019年にウーバー・イーツの配達員は労働組合「ウーバー・イーツ・ユニオン」を結成している。

現在、業務中のケガの保障や報酬制度の透明化などを要求して団体交渉を請求して東京都労働委員会に申し立てており審議が続いている。当初、ウーバー側は直接雇った労働者ではない、と団体交渉を拒否していたのだが、一方的な報酬体系のルール変更などが明るみになって、日本でもギグワーカーの権利が守られようとしている。

ちなみに、海外ではすでに欧米などでギグワーカーを守ろうとする動きが出ている。実際に、続々ギグワーカーを守る動きも出ている。いくつか簡単に紹介すると……

・スペイン……4人に1人が非雇用者と言われる現状を是正するため、被雇用者の雇用契約期間は原則6カ月以内。1年を超える場合は正規雇用への切り替えを促す法案が進行中
・アメリカ……ウーバーテクノロジーは、料理宅配やライドシェアの運転手に対して、最低収入を保障する取り組みを開始している。また、食料品宅配大手のドアダッシュは配達員の一部をフルタイムの正社員として雇用する方針を発表している
・シンガポール……首相が演説の中でギグワーカーを含めた低賃金労働者の環境改善を主要なテーマとして掲げ、改善に向けてスタートしている
・ EU(欧州共同体)……料理宅配やライドシェアといった仕事を手がける個人事業主の不安定な労働環境を改善する方向で改善を進めている

この中で注目されているのは、EUの動きで「ギグワーカーなのか」それとも「正式な従業員なのか」を判定する基準を設けていることだ。いくつか条件がある。簡単にまとめると――

① 報酬の水準を設定していること

② 電子的手段で労働状況を監督していること

③ 労働時間、休暇取得の自由を制限していること

④ 服装や行動に対してルールを設定していること

⑤ 第三者のために働くことを制限していること

これらのうち2つでも合致していれば「従業員」として認定される。約410万人が対象になる可能性があるとしており、企業側の負担は税金や社会保険料の負担の増加で、その金額は最大で40億ユーロ(5200億円)になると試算されている(日本経済新聞、2021年12月10日朝刊)。

「横断型労働組合」への転換が日本経済を強くする?

ここで大切なことは、日本もギグワーカーの存在をきちんと守ることで税収が増えたり、社会保障負担費が軽減されたりするというメリットがあることだ。日本は、今のところギグワーカーを含むフリーランスを自営業者としてくくり、フリーランス保護のガイドラインを、2021年3月に制定しているが、最低賃金や雇用保険等は依然として適用されていない。

企業側の反対があるためだが、こうした部分を企業側に忖度せずに法案の制定ができることが重要だ。今後、財源が枯渇する懸念がある社会保障制度の改善も含めて、大局的な姿勢が今の日本には抜けているのかもしれない。

先にも触れたが、日本の最大の問題は労働組合のあり方であり、単一の企業単位で組成されている労働組合を、業種別の労働組合に転換していくことが重要だ。「横断型労働組合」への転換が日本経済を結局は強くするのではないか。