西側諸国の団結なければグローバル化は破局する

ウクライナにおける現在の戦争の経済的帰結を理解する上で、ジョン・メイナード・ケインズによる1919年の著書「平和の経済的帰結」が手掛かりになるとはすぐには思い浮かばないだろう。しかし、第1次世界大戦で何もが変わってしまう直前の13年当時、ロンドンの上位中流階級がどのような悠々自適の生活を送っていたかについて、ケインズの有名な描写を一部読み返してみる価値はある。 

ベッドで朝の紅茶をすすりながら電話で世界のさまざまな製品を注文でき、自宅に届くのを待っている間に世界の天然資源や企業に投資したり、市場で投機したりもできた。ケインズが描いたコスモポリタンの英国人は、最初のグローバル化の偉大な時代が粉々に砕かれようとしていることに全く気付いていなかった。また、1909年に出版されたノーマン・エンジェルのベストセラー「大いなる幻想」は、世界的な相互依存を踏まえれば戦争は不可能になったと主張した。

1913年当時の欧米の支配階級の先見の明のなさをばかにするのは簡単だ。だが、将来の世代の人々がわれわれについて、どうして先を読むことができなかったのかと、同じ質問をする可能性は十分にある。

 

世界の経済秩序再設計のための絶好の機会

ケインズの著書の登場人物は少なくとも、当時のグローバル化がほとんど警告のないまま終わりを迎えたという、言い訳ができるだろう。一方、現代の場合、グローバル化は過去20年にわたって持続的な攻撃を受けてきた。2001年の米同時多発テロや08年の世界的金融危機、16年の英国民投票での欧州連合(EU)離脱選択などなどだ。

そして今、ようやくゆすり起こされたわれわれの関心がウクライナでの大量殺りくに主に向けられているのは当然であるとしても、この戦争は世界経済の機能の仕方にも継続的な変化を刻むものとなる可能性がある。

これはグローバル化が純粋な善であることを意味しない。その観点から考えると、グローバル化が抱える問題への答えは経済的自由主義を放棄するのではなく、それを設計し直すことにある。そして、今後数週間は世界の経済秩序再設計のための絶好の機会となるだろう。

バイデン米大統領と欧州各国指導者らにとっての問いは、将来的にどのような世界を築きたいのか、というシンプルなものだ。ウクライナでの戦争は人類の歴史における一つの偉大なエピソードの終わりを告げるのかもしれないが、それは自由主義社会が一体となり、以前よりもっと団結して相互連関を深め、一段と持続的なもう一つのエピソードをつくる機会にもなる。

プーチン、習両氏が招く反グローバル化の流れ

ロシアのプーチン大統領が命じたウクライナ侵攻は、グローバル化の動きにとってこれまで加えられてきたよりもずっと大きく、決定的な攻撃となる。西側諸国は対ロシア制裁を打ち出し、各国企業は同国での事業を停止。小麦やニッケル、チタン、原油など商品供給にも混乱が生じている。それは地政学的な変革と資本家の考え方の変化を加速させ、いずれの動きもグローバル化に極めて不利に作用する。

地政学的な変革は「中国」の一語に行き着く。ウクライナでの戦争を受けて、中国の習近平国家主席が中期的な必須事項とするデカップリング(切り離し)はペースを速め、西側諸国への依存から自国を守ろうとするのは確かだろう。西側による断固たる行動がなければ、世界は2つないし3つの巨大貿易圏に向かいかねない。

攻撃される「資本家の大いなる幻想」

同様に重要なのは資本家のマインドセットの変化だ。最高経営責任者(CEO)の観点から見れば、プーチン氏による侵略は過去40年にわたり企業の世界観を支えてきた基本的な前提の大部分を葬り去るものだろう。その前提とは、サミュエル・ハンチントンの著書「文明の衝突」との知的な対抗軸として、「歴史の終わり」の著者フランシス・フクヤマが説いたように、通商・自由貿易は人々の距離を縮めるものであるとの考えに総じて沿うものだった。そして、世界的に事業を展開し、最も効率的なサプライチェーンを築いた企業が繁栄する点も含まれた。

ところが今や、「資本家の大いなる幻想」とも呼べるものが攻撃されている。「ジャストインタイム」の生産で企業帝国を築いてきた企業の経営幹部は「ジャストインケース(万が一に備えた)」経営を検討。外国の工場からの供給が途絶えた場合を想定し、非効率ではあっても生産拠点を本拠近くに新設する方向にある。

さらに、資本家の考え方を変えつつあるのは不安だけではない。強欲も反グローバル化の色合いを帯びている。各国政府が国家安全保障を口実に自国企業優遇を打ち出す中にあって、エネルギーや医薬品、半導体などの産業では競争阻害などの機会をうかがう動きが見られる。

グローバル化の第2幕は急速に勢いを失いつつあり、早急かつ決定的に何らかの行動を起こさなければ、ウクライナ情勢のいかんに関わらず世界は敵対する陣営に分裂するだろう。バイデン大統領はこれまでのところ、民主主義諸国の同盟を結合する経済的な絆を提供せずにきた。特に自由貿易協定が挙げられる。バイデン氏は同盟諸国間の経済的相互依存の拡大が戦略地政学的に必須である点を認識しなければならない。欧州諸国に包括的な自由貿易協定の締結を提案するとともに、トランプ前政権時代に離脱した環太平洋連携協定(TPP)にあらためて加わるべきだ。

「新世界秩序」構築に代わるものは世界の分裂

バイデン大統領はまず、同士国の間での経済的統合を深める一方、専制国家に対しても、そうした国々が柔軟性を高めるのであれば門戸を開いておくべきだろう。経済的な自由の拡大は世界および米国の繁栄にとって最善の保証であり続ける。

このような「新世界秩序」を構築するのは多くの時間と労力を要する仕事だ。だが、それに取って代わるものは1930年代に広がったような、敵対的な経済・政治ブロックへの世界的分裂に他ならない。バイデン大統領やジョンソン英首相、ドイツのショルツ首相、フランスのマクロン大統領らは歴史が彼らをどう審判するか真剣に考えるべきだ。

それは世界が分断され、怪物のような独裁者が権力を握るのを座視した第1次世界大戦後の政治家らになぞらえたいのか、それとも一段と安定し相互の結びつきを強めた世界を築いた第2次世界大戦後の指導者と肩を並べたいかの問いだ。

国際通貨基金(IMF)や世界銀行の創設、ドルを基軸通貨とする固定相場制づくりを話し合ったブレトンウッズ会議から2年足らずのうちにケインズは死去した。しかし、彼が多大な貢献をして築かれた世界はその後も生き続けた。世界の指導者らがこの機に臨んで何かもっと良いものを生み出さなければ、キエフの街頭でそれは死に絶えてしまうものであり、そうであってはならない。