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実は「人に頼るほど自分の能力も高まる」納得理由

頼ることを通じて「他者から学ぶ」

成人発達理論の分野では、他者や環境からの支援によって能力が身についてから、支援なしに発揮できるようになることがわかっています。より簡単に言うと、「サポートしてもらってできる」ようになった後に、「1人でできる」ようになるという流れです。

例えば、子どもが自転車に乗れるようになるのも、同じです。最初は自転車を支えてもらい、押してもらいながら乗れるようになり、上達し、その後、自主練習で定着させ、どんどん乗れるようになる――この逆はありません。

一見、ごく当たり前のように聞こえるかもしれませんが、サポートしてもらって学ぶことが先にあって、自分1人でできるようになるのです。そして教えてもらうことのレベルを高め続けることで、自分が発揮できる能力を高め続けることができます。

自分が現状でできることに満足せず、コンフォート・ゾーン(安住して努力せずにいられる状態)から一歩踏み出すことで、自分の力が伸びる。年齢を重ねるにつれ、自分が知らないこと、学ぶことのレベルが上がりますから、自分が発揮できる能力も上がるというわけです。つまり、大人だからこそ、他者に頼り、他者から学ぶことで、より大きな可能性を広げることができるのです。

頼ることを通して「他者から学ぶ」のはとても大切なことです。

子どものときにできるようになった基本的なことと、大人になってからできるようになったこと、チャレンジしたことの、どちらが面白く感じられますか。大人だからこそ、助けられ、成長することは、とても楽しい学びになるはずです。そう考えると、大人になってから学ぶこと、新たに何かをできるようになることは、なんて楽しいのでしょう。

 

小学生で九九を習った、そのときはそれが精一杯でした。しかし大人になれば、もっと高度な知識をインプットし、スキルを学び、成長することができます。子どものときの成長と比べ、成長の幅がぐっと広がり、多様な能力を身につけることもできます。

 

ですから、大人になってから学ぶためにも、自分ができないことを見つけ、できるようになるために、人や物の力を借りるのです。

 

参考になる第34代アメリカ大統領の仕事術

社会に出て働き始めたころの皆さんは、どのようにして仕事を身につけていったのでしょうか。また、どのようにして仕事の幅を広げていっているのでしょうか。

 

1つのスキルを身につけたら、今度はできることの幅を広げる必要があります。以前に、偉業を成し遂げた人はどのようにして仕事をしていたかを調べてみたことがあるのですが、アメリカ第34代大統領であるドワイト・D・アイゼンハワーの仕事のやり方は象徴的な例として参考になりました。「10人分くらいの仕事をした」ともいわれるアイゼンハワーの時間管理術では、「権限委譲」がキーワードとして登場したのです。

 

下の図表は、「アイゼンハワー・マトリクス」としてよく紹介されるもので、仕事を「重要度」と「緊急度」の2つの尺度で分け、4象限のどこに位置するかを見るものです。

 

アイゼンハワーの言葉とされている「重要なことで緊急なことはめったになく、緊急なことで重要なことはめったにない(What is important is seldom urgent and what is urgent is seldom important)」を構成図にしたものです。

この図表ではよく、「重要で、緊急ではないものをいつやるか決めよう(右上)」、「重要でもなく、緊急でもない仕事はやらないようにしよう(右下)」といった教訓を導き出すのに使われていますが、もう1つ、忘れてはいけないのは、左下です。

重要ではないが、緊急な仕事は権限委譲(Delegate)せよ、つまり、この部分こそ誰かに頼り、仕事を任せよということです。

「手伝ってもらうことで、自分でできるようになる」ということだけでなく、「手伝ってもらうことで、自分は自分にしかできないことに注力する」ことによって仕事をこなし、自分の仕事の幅を広げていくのです。

どんな仕事も「すべて独力でできる」という考え方をしていると、それは自分の成長する範囲を狭め、チャンスを失うことにつながりかねません。独力でできるという感覚は、時に過信となり、ほかの人の仕事に助けられ学ぶことの機会損失になってしまうのです。

2020年から新型コロナウイルスの影響により、生活も経済も、閉塞的な状況が続いています。ただこうした逆境も、見方を変えればある意味ではチャンスに転換することもできます。

現在の日本の消費・生産の中心となる第2次ベビーブーマーたちが社会に出はじめた当時、日本全体は「バブル」と呼ばれた時代で、夢があり、いわば“順境”の時代でした。順境であればあるほど、「うまくいって当たり前」「成功も失敗も自己責任」という意識が根付くため、助けを求められない心理状態になります。

“逆境”といわれる現代では、皆が被災者ともいえる状態ですので、受援力を発揮して、助けを求めやすくなっているはずですが、やはり「自己責任」の面が強調されているように思えます。

SNSの広がりに伴って「成功者」の存在に強くフォーカスを当てすぎていないでしょうか。個人で発信できるツールが整ったことで、個人にスポットライトが当たるあまり、「個人としての才能」に目を向けがちになっていないでしょうか。私たち自身で成功者・失敗者という格差を作り、その結果、自分で自分の首を絞めることになってはいないでしょうか。

成功しなければ自己責任?

成功には個人の能力が必要だと思われがちですので、成功しなければそれは自己責任で、自分の能力がないからだと自分を責めるような気持ちになってしまうかもしれません。

でも、よく考えてみてください。「成功」の定義は1人ひとり、そして時代によって違います。また、1人で成功できた人はいません。必ず誰かの力を借りることで、その人の能力を発揮してきたのです。その人の成功の秘訣は、個人としての能力ではなく、チームとしての能力、達成力、巻き込み力でもあったはずです。そして今、本当に必要なのは、チームワークを作る「仕事現場での受援力(頼るスキル)」です。

誰もがコロナ禍という同じ災害を経験し、誰もが災害に遭った被災者となり、支援がないと生きられないと大きな声で言えるようになっています。そんな今こそ、「受援力」を磨くチャンスです。

順境でも逆境でも結局のところ、私たちは皆老いていきます。老いてさまざまな認知能力が衰えるだけでなく、1人では生きていけなくなるのです。私たちに必要なのはそれを理解して、順でも逆でも戦略的に生き抜き、周りを幸せにしつつ周りに助けてもらう力です。

だからこそ、仕事の現場ではとくに「頼る」ことを前向きに捉えることが必要になってきます。

頼ることでネットワークを作る。オープンなコミュニケーションで弱みをさらけ出す。周りに頼る自分を許す。トラブルの原因が自分だったとしても、困った時は助けを求めていい。これは自分のためではなく、長い目で見れば「みんなのため」なのだ。100年後、200年後に生きる人たちが弱音を吐きやすく、頼りやすい土壌を作ることなのだ。だから、まず自分が頼り上手になろう――と捉え直してください。

そうすることで、自分のパフォーマンスも上がり、ひいてはチーム(周囲の人や勤務先など)全体のパフォーマンスもぐっと上がるはずです。

人に頼ることは、つながることであると同時に、その人から学ぶことでもあります。

私がかつて勤務していた研究機関は、厚生労働省の所管ほか保健医療福祉全域にまたがる研究を担うだけでなく、教育機関の役割も果たしていましたので、全国から自治体従事者が研修を受けに来ていました。今でいうリカレント教育、大人の学び直しの機会を提供していたのです。

そこで私は、普段は自治体職員として行政の中で働いている方々が、寮生活を送り、机を並べて学び合う姿を見て、「大人だからこそ他者から学ぶことに価値がある」「大人だからこそ学び合える」ということを強く感じました。「成人学習」という教育手法が確立されていて、大人は児童や学生とは違う学び方があるということを、この職場で学んだのです。

小中高校生のときには、正解があり、それに向かってひたすら勉強をします。唯一絶対の解があり、それを丸暗記するような勉強法です。しかし、社会に出て働き始めると、絶対的で唯一無二の正解はありません。むしろ、正解がない課題のほうが多いでしょう。

そんなとき、「正解がない」と途方に暮れるのではなく、「正解が幾通りもある」と考え、「自分の今の状況にとっての最適解を選ぶ」――そのために複数の解決法を学び、状況に合わせてそれらを“出し入れ”できるような力を身につける。これが成人学習です。

アンラーニングのプロセス

研修の場で、当時の上司が研修生に対して話していたことが今でも印象に残っています。その研修コースには、医師、技師、管理栄養士などの専門職も学びに来ます。また、学びに来る中堅層の職員は、自分の仕事や資格に誇りを持っています。そんな彼らに向かって、上司は、

「ここに来たら医師(または技師、管理栄養士)という資格や自分のキャリアは忘れなさい」

と伝えたのです。

とても驚きましたが、自分のアイデンティティである専門資格や肩書を外し、謙虚に、何者でもない「自分」として学ぶことの大切さを伝えていると理解しました。そしてまた、これはまさにアンラーニング(学んできた知識を捨て、新しく学び直すこと)のプロセスであると思いました。

自分の積み重ねてきた、成功体験に基づく流儀を捨てることはなかなか難しいかもしれません。しかし、それまでに積み重ねた経験は、新しい情報や新しいやり方を拒む要因となりやすいものです。成長していくためには、自分が学ぶ姿勢を持つことがとても重要なポイントになるのではないでしょうか。