日本人の生活も圧迫するウクライナ侵攻の別側面

値上げラッシュが起きています。名古屋では庶民のソウルフード「スガキヤ」のラーメンが330円から360円に上がり、大阪ではたこ焼きなどの粉物(こなもの)が値上げ。全国的にすでにパスタや食用油などのスーパーでの価格も上昇していて、家計に影響を及ぼしています。

ガソリン価格は1リットル当たり170円を超えたところで値上げが止まってくれたのですが、実はこれは政府が補助金を積み増していることで上がっていないだけで、実際は石油元売り会社の仕入れ価格は上昇しています。

1カ月前まで、値上げラッシュはアフターコロナに向けての過渡的な現象だと思われていました。コロナからの回復期を考えると、経済は需要が先に増えるものです。アメリカでもマスク規制が撤廃されてみんなが「そろそろ外に出ても大丈夫だ」と考えて外出をはじめ、いろいろと買い物をします。ところが商品を生産する企業も同じタイミングで活動を再開するので商品はしばらくの間は欠品する。だから価格が上がります。

小麦、大豆、とうもろこしといった食糧は、コロナ禍の需要減に応じて生産調整をしていたので、この先1年ぐらいはモノ不足になる。だから国際価格が上昇する。コロナからの経済回復の過程での値上げラッシュは仕方ないことだと考えられていました。

ウクライナ侵攻で風向きは悪いほうに

そこにロシアのウクライナ侵攻に伴う経済的なショックが起き、風向きが悪いほうに変わります。

ロシアへの経済制裁でロシアではルーブルが暴落し、今年のロシア経済は2桁インフレが起き、マイナス2桁の経済成長に陥ると観測されています。いちばんの被害を受けるのはロシア国民ですし、そのロシア経済は世界で見れば1.7%の規模でしかないのでわたしたちに対する影響は軽微だという考えが経済制裁の前提でした。しかし問題は細部にあるものです。

ロシアのウクライナ侵攻で以下の商品価格が急騰しています。

1. 小麦価格。ウクライナが欧州向けの小麦の一大生産地で、そこからの供給が止まると予測されることから国際価格が急騰している。
2. 原油、LNG価格。ドイツがロシアからのパイプライン停止を表明。極東でもサハリンの開発計画が頓挫。世界的な供給不足観測から原油価格は一時1バレル=130ドル台に。
3. ロシア産ニッケル、ウクライナ産パラジウムなどの希少金属。特にニッケルはステンレスの製造に欠かせない金属のため、これが入ってこないとなると幅広い工業分野が止まってしまう。

小麦、とうもろこし、ニッケル、原油など国際コモディティ商品の4割が急騰し、値上げラッシュはさらに続くことになりそうです。製造業ではこれまでも半導体不足で工場がフルに稼働できないという問題を抱えていましたが、それにプラスチックや金属材料の不足が輪をかけることになるわけです。

落としどころがなければ経済制裁も長期化する

これから先の予測ですが、ウクライナ侵攻はおそらく長期化するでしょう。ロシアは当初から短期間で武力制圧を終える予定だったようですが、戦闘が長期化したことで兵站が続いていない。そもそも首都キエフの侵攻が進んでいないのも兵站の問題です。ウクライナ兵の抵抗が根強いことでキエフ陥落まで時間がかかるうえに、たとえキエフを抑えたとしてもウクライナ全土を制圧するとなるとその先が待っています。

本当はロシアもそろそろ停戦に持ち込みたいところですが、ロシアにとってもウクライナにとっても落としどころがない。だからウクライナ侵攻が長期化するのですが、そのことの最大の問題は「結果、経済制裁が長期化する」ということです。

ロシア制裁としていちばん効いているのはSWIFT排除によってロシア企業が海外企業との取引ができなくなったこと。ロシアには打撃を与えられていますが、逆にアメリカもEUも日本も、ロシア産の原油、ニッケル、木材を輸入することができなくなっている。

制裁の一環で欧州の航空会社がロシア上空の運航を停止していますが、これも日本と欧州の貿易路の遮断を意味していて、グローバルサプライチェーンの混乱を招いています。

 

予測されることは、国際的な商品価格の高騰と、サプライチェーン上の物不足によって、この先、インフレが加速するということです。そしてわたしたちに降りかかる問題は「それがどこに行きつくのか?」という点に絞られるでしょう。具体的には第3次石油ショックのリスクがあるのです。

過去2度起きた石油ショックはどちらも産油国の政治問題が引き金となりました。1973年から1974年にかけての第1次石油ショックは中東戦争がきっかけで石油が入ってこないことから深刻な物不足と狂乱物価を引き起こしました。1979年から1980年にかけての第2次石油ショックはイラン革命による減産がきっかけで起き、日本は比較的小さい影響で済んだもののイランと敵対したアメリカではインフレに加えてガソリンスタンドに長蛇の列ができるなどの影響が起きました。

今回のウクライナ侵攻の怖いところは、ロシアからの原油供給が途絶えるにもかかわらずOPEC各国が石油の増産に踏み切っていないことです。

駆け引きとしての原油高も同時に起きている

産油国とすれば「この先、脱炭素の動きが進むことがわかっているので、むやみに設備投資することはできない」ということです。しかしOPEC加盟国は増産しないことが脱炭素を進める先進国に対する政治的カードになっていることも理解しています。つまり駆け引きとしての原油高も同時に起きているわけです。

その先にあるのは今回のインフレがスタグフレーションに発展することです。

不況下で賃金レベルが上がっていないにもかかわらず物価だけが上がる現象のことをスタグネーション(停滞)とインフレーションを組み合わせた造語でスタグフレーションといいます。

これは経済学的には最悪の不況のひとつです。日本政府がこれまでデフレ脱却のために求めてきたインフレは、経済が活気づいて賃金レベルが上昇し、その結果、さまざまな商品・サービスの価格が上がっていく良いインフレです。

しかし今起きているインフレはそうではありません。国際的な商品価格が値上がりし、しかも1ドル=117円台の円安でそれらをさらに割高に買わなければならなくなっている。供給量も十分ではないので物不足も起きそうだという状況です。

この状態でもすでに日本はスタグフレーションの入り口に立っているわけですが、なぜそれが狂乱物価につながっていないかというと、小売店が「値上げをすると売り上げが減る」と信じているからです。

メーカーはどこも「もう値上げをしないと無理だ」と思っているのですが、なかなか価格転嫁ができない。日本では生産者物価指数ばかり上昇して消費者物価がまだそれほどは上がっていないのです。

アメリカの金利引き上げがきっかけになるかも

この先の状況をさらに悪化させるとしたら、大手スーパーやコンビニ、ドラッグストアが一斉に考えを変えてしまうような出来事が起きることです。ひとつの可能性としてはアメリカの金利引き上げがその引き金となるかもしれません。

経済学的には今のような状況下では「金融引き締めを行うと逆効果だ」と言われています。にもかかわらずアメリカの連邦準備銀行がウクライナショック以前に決めた方針だから変えるつもりはないということで金利の引き上げを行ったとしたら、アメリカ経済が急に冷え込むことになります。そこが第3次石油ショックの引き金になりえます。

「第3次石油ショックで世界的にひどいことが起きている」

「だったら日本も値上げするしかないな」

「赤信号、みんなで渡れば怖くない」

と小売店が考えを改めたら、消費者物価は一気に変わります。

わたしたちはすでにコロナ禍で、マスクの価格が10倍に高騰したり、トイレットペーパーがスーパーの店頭から消えたりといったことを経験しています。石油ショックが起きると、これらの現象が食料品や日用品など幅広い品目に広がる可能性がある。しかもガソリン価格や電気料金が高騰して家計を圧迫する結果、少しでも節約しようと消費が停滞し日本経済もロシア同様の大幅なマイナス成長に陥るかもしれません。

これから注目すべき点はウクライナ情勢がどれだけ長期化するかにつきると思われますが、ウクライナ危機の長期化は私たち日本人の生活に直結する危機になるということは忘れないほうがいいと思います。