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ロシアが払う莫大な戦費「戦争とお金」の深い関係

ロシアのプーチン大統領が、ウクライナに軍隊を侵攻させたニュースは、世界に衝撃を与えた。第2次世界大戦以降、このような大規模な戦争は起こるはずがないという安心感が、世界にはあったのかもしれない。ロシア国内にプーチンを止める人間が果たしているのかどうか、世界中が憤りと不安に駆られている中で不透明極まりない状態が続いている。

もともとロシアは、チェチェンやシリアのアレッポで同様の侵略戦争を繰り返しており、民間人も含めて徹底的に破壊、殺戮する戦争を繰り広げてきた。

気になるのは、大量の大型兵器や人員などロシアが戦争に投じるお金だ。世界各国で、ロシア経済を封鎖するための政策が一斉に実施されているが、その効果はあるのか……。

そもそも戦争とは、多大な犠牲を払ってでもやるだけの価値があるものなのか。戦争をお金の面から見て、戦勝国になったとしてもペイできるのか……。戦争を経済の面から、その収支決算を考えてみた。

「勝つ」と「負ける」では天国と地獄の差?

言うまでもないことだが、武器を使うにしても、兵士を戦場に送り込むにしても、戦争には金がかかる。戦争が終わった後には「軍人恩給」という形で保障もしなければならない。勝っても負けてもその損失は極めて大きい、と考えるのが自然だ。

にもかかわらず、なぜ政治家は戦争をするのか……。極めて不可解だが、メンツと自分の政治的立場を守るために、国民を危険に追いやることもいとわない。それが政治家の思考回路なのかもしれない。

実際に、これまで戦争でどれぐらいのお金が使われたのだろうか。まずは過去の戦争の経費について見てみよう。『戦争の経済学』(ポール・ポースト、山形浩生訳、バジリコ刊)によると、アメリカがこれまで経験した大きな戦争のコストは、次の通りになるそうだ。

〈アメリカの主要戦争の直接費用総額、戦費総額の終戦年GDP比〉
・第1次世界大戦…… 260億ドル、36%
・第2次世界大戦…… 2880億ドル、132%
・朝鮮戦争…… 540億ドル、14%
・ベトナム戦争…… 1110億ドル、8%
・湾岸戦争…… 610億ドル、1%
・イラク戦争……月額40億~50億ドル、1%以下

金額ベースでの費用総額は、長い年月が経っているために簡単には比較できないが、最終年のGDP比を見るとその大きさがわかる。実際に、1939~1945年まで行われた第2次世界大戦では、戦勝国のアメリカでさえも最終年GDPの132%ものコストをかけている。

当時の物価水準を考慮に入れないと比較できないが、現在の貨幣価値に換算して考えてみるとわかりやすい。アメリカの現在のGDP(国内総生産)は約20.94兆ドル(2020年)。その132%といえば「27.64兆ドル」。日本円にしてざっと3178兆円(1ドル=115円)にも達する。いかに莫大な金がかかるかがわかる。しかも、アメリカは戦勝国であり、1941年の途中から参戦している。これが敗戦国であればどんなことになるか、想像がつくというものだろう。

 

ちなみに、アフガン戦争のコストは2001年9月11日からの20年間で、2兆2600億ドル(約247兆円)というブラウン大学の「戦争のコストプロジェクト」が算出している。また、イラク戦争は少なくとも3兆ドル(約305兆円)という見積もりをアメリカの著名経済学者ジョゼフ・スティグリッツ氏が著書で書いている。

戦後、旧大蔵省が調査した資料によれば、日本の日中戦争を含む太平洋戦争における大まかな戦費総額は、約7600億円(一般会計+特別会計)。あくまでも旧大蔵省が調べたものだけであり、アメリカの2880億ドルに対して少ない印象があるかもしれない。

当時の日本のGDP(当時はGNP、国民総生産)が「228億円」(1937年)であることを考えると、GDP比率は実に「33倍」にもなる。国家予算に対する比率は「280倍」という途方もないデータもある。ちなみに、太平洋戦争時の費用については当時の金額で1935億円、GDPの「8.5倍」という説もある。はっきり言って詳細はわかっていない。

戦争の資金調達、5つの方法

ここで気になるのが、莫大な資金を必要とする戦争の資金を一体どうやって調達するのか、ということだ。戦争の資金調達方法にはどんな方法があるか、大きく分けて5つある。それぞれロシアの情勢を踏まえて考えてみたい。

① 戦争債券の発行

第2次世界大戦時の戦勝国と敗戦国の資金調達の違いを見ると、その優劣がハッキリする。例えばアメリカでは、戦争に必要な資金を調達するために多額の債券を発行するのだが、債券だけに頼らずにさまざまな財政的措置を施している。具体的には、1942年の歳入法、1943年の短期税支払い法、歳入法、1944年の個人所得税法などなど、細かな「増税」を実施。政府の借金が無限に増えてしまわないように配慮された。

加えて、消費財の価格を固定化して統制下に起き、物価上昇を給料の上昇よりも低く抑えた。アメリカ国民にとっては、戦争のための増税はあったものの物価は低く抑えられたために、戦争による負担が少なかったといっていいだろう。

さらに大きかったのは、1942年に中央銀行の「FRB(連邦準備制度理事会)」が、財務省の要請を受けて政府が発行する債券の利率を低く抑えたことだ。そのおかげで、政府は低い金利で債券を発行することができたと言われている。

ちなみに、連合国の敵国だったドイツが参戦する1941年まで、アメリカはドイツに兵器を売っていたと言われる。イギリスは1940年の春に20億ドルの「金」を支払って、アメリカ企業に大量の兵器を発注。しかし、ドイツはドル準備高がなく、大西洋を渡る自国の船舶も持たなかったために購入することができなかったとされる。

その後、アメリカは日本の真珠湾攻撃を受けて参戦するわけだが1941~1942年にかけて、アメリカ政府は500億ドル相当の兵器を「武器貸与法」を成立させてイギリスに貸し出している。要するに、単に戦争国債を発行しても、それがドル建てもしくは金でなければ意味がないということだ。

戦争当事国が、大量の国債を発行して自国通貨を獲得したとしても、国際的に通用する通貨や商品でなければ無意味になる。自国の企業だけで戦争に必要な物資を入手できるのであれば別だが、通常は海外企業にも頼ることになる。

ちなみに、今回のウクライナ侵攻でロシアが国債を海外向けに発行しようとしても、債券には「格付け」があり、欧米の大手格付け会社が一斉に格下げを実施。「フィッチ」「ムーディーズ」「S&P」の3社は、ロシアの長期外貨建債券の格付けを「B」「Ca」「CCCマイナス」(3月6日現在)に引き下げている。一気に6段階以上の引き下げで「投機的格付け=ジャンク債」にした。ジャンク債専門の投資家もよほどの勇気がないと買えなくなる。

少なくとも、同盟国以外の海外からの資金調達は簡単にはいかない、ということだ。今のところロシアの同盟国と言えば、ベラルーシや北朝鮮、中国といったところだろうが、中国以外は貧しい国であり、ロシアの債券を大量に引き受けてくれる投資家は中国以外にはいないはずだ。

ただ、ロシアはエネルギーや武器、食糧費をある程度は自前で生産できる基盤を持っている。プーチン大統領も、自前で賄える自信があるから暴挙に出たのかもしれない。しかし、戦争が長期化すればその目論見は外れてくる。ウクライナが抵抗すればするほど、ロシアは追いつめられるといっていい。

② 国家予算からの移転

例えば、日本の日中戦争から太平洋戦争時代の場合、一般予算とは別に「臨時軍事費特別会計」が作られ、そこから必要な資金を支出する仕組みができていたとされる。日清戦争から太平洋戦争が終了するまでの間、毎年莫大な資金が軍事費に移転されていたとみられている。詳しくはわかっていないのだが、特別会計からの資金の大半は、兵器を中心とする費用で、財閥系の大企業に割り振られたと言われている。

戦争にかかるコストも時代とともに変わる

そもそも戦争は、急に思い立ってできるものではない。少なくとも、戦闘機や軍艦、戦車、銃、地対空ミサイル、対戦車砲などなど、数多くの種類の武器を揃えなければいけない。そして戦争の中身も大きく変化しており、たとえば戦争別に兵士が使った銃弾の数を見てみると、その数は大きく変化している。戦争にかかるコストも時代とともに大きく変わっているということだ。実際に、2020年の軍事費の世界ランキングを見ると次のようになっている(出典:World Bank)。

1. アメリカ……7782億ドル
2. 中国……2523億ドル
3. インド……728億ドル
4. ロシア……617億ドル
5.イギリス…………592億ドル
9.日本……491億ドル

やはり、アメリカが突出して多いわけだが、アメリカには軍需産業が数多く存在していることと関係がある。ロッキード・マーティン、ボーイング、ノースロップ・グラマン、レイセオン・テクノロジーズといった世界のトップ企業が肩を並べており、こうした軍需産業を存続させるためには世界中のどこかで兵器を使う必要があるのも事実だ。

いずれにしても、国家予算から軍事費を賄う場合、当然のことながら「非軍事支出」の部分は削減されることになる。戦時中であればなおのことで、場合によっては国民の年金基金や社会福祉に関する基金、社会インフラの整備資金なども移転され、大幅にカットされることになる。政府が保有する資産なども処分されて軍事費に回されることになる。敗戦が色濃くなればそのスピードは加速される。

前述したように、国家予算だけで軍事費を賄うのはとうてい不可能であり、債券などを発行して特別会計を組むことになる。しかも政府が調達できる限界はGDPの3~4倍であり、それを超えると、仮に戦争に勝ってもインフレなど、国民生活や国家財政に多大な影響を与えてしまう。国家予算の一部を戦費に回すという方法は、極めて限定的といえる。

③ 資金の創出(紙幣の印刷、銀行準備高の増加)

今回のウクライナ侵攻について、プーチン大統領は2日で制圧できると踏んでいたと報道されている。その目論見は大きく崩れ、今後は当初予定していた費用などの追加を考えなければならなくなるはずだ。加えて、ロシアへの経済制裁によって原油や天然ガスを他国へ売って得た資金も入ってこなくなる可能性も出てきた。結局、ロシアができることといえば国内の銀行や民間部門から資金を拠出させ、中央銀行が紙幣を印刷して戦争に必要な物資などを購入することになるかもしれない。

日本も太平洋戦争時には紙幣を印刷しまくった

戦争による資金調達の方法として、常套手段ともいわれるのが、この自国の紙幣を印刷する方法だ。日本も太平洋戦争の時は、紙幣を印刷しまくった。ドイツが第1次世界大戦後に凄まじいハイパーインフレに見舞われたのも、第1次世界大戦の戦争費用の処理や巨額の賠償金の支払いのために、紙幣を無制限に印刷したためだ。ドイツと戦ったアメリカやイギリスも、資金調達の過程で債券発行、紙幣増刷となり、ある程度のインフレは避けられなかった。

要するに戦争の費用を調達するのに、無制限に近い紙幣の増刷をするとハイパーインフレになる、というのが歴史的に見ても常識になっている。日本の太平洋戦争の時にも同様なことが起きている。日本では完全に貨幣価値が変わってしまった。

④ 占領地、敗戦国からの調達

戦争の途中で資金が枯渇してしまったときには、軍隊が占領した土地でさまざまな奪略が起こる。いわゆる現地調達という形になるわけだが、日本はアジア各国で「軍票」の発行等によって戦費を調達したとされる。もともと最初から、兵士の食料品などの補給ルートは想定していなかったとされており、現地調達を想定に戦争に突き進んだと考えられている。

さらに、戦争終結後に行う「賠償金」の徴収も戦費の資金調達の1つと言っていい。もともと戦争を仕掛ける側の理論は、軍隊を使って占領することであり、その土地を自国の領土としてさまざま資源や金品などの資産を略奪するのが目的だ。むろん、敗戦したときには、占領されかかった国やその国を守るために戦った戦勝国に対して賠償金を支払うことになる。

日本も太平洋戦争で敗戦国となったため、一定の賠償金を支払っている。詳細は省くが、外務省の調査によると賠償金は10億1208万ドル(約3643億円)。そこに「中間賠償金」や「日本が放棄した在外財産」「賠償に代わる経済協力」「捕虜に対する償い及び私的請求権問題等の解決のための支払い」「戦前債務の支払い」「戦後処理の一環として締結された取り決め等に基づく借款」を合計して、「264億2864万ドル」(約1兆3525億円、1ドル=360円で換算)という金額が発表されている。

敗戦国の賠償金は当然か

賠償金は敗戦国になったのだから当然、という考え方もあるが、アメリカ、イギリス、オランダ、オーストラリア、カンボジア、ラオスは賠償請求権を放棄、または行使しなかった。ドイツは国土の半分をソ連によって分割されたうえに、最終的に支払った補償総額は671億1800万ユーロ(2009年、約8兆7253億円、1ユーロ=130円として計算)に達している。ちなみに、東ドイツはナチ政権の継承国ではないとして賠償を拒否している。

⑤ 外貨準備、特別引き出し枠、暗号資産を使う?

前述したように、戦時中はほとんどの国が国家予算をフル稼働して、さらに債券を発行して資金を調達する。しかも、海外から武器などを買うためには「外貨」や「金」が必要になる。つまり、国際市場で通用するマネーが国家予算から捻出できるかが問題になる。外貨準備として米ドルや金など、ある程度海外で通用する外貨準備が必要だということだ。

ロシアは、ロシア中央銀行が6300億ドル(約72兆7400億円、2021年末現在)の外貨準備を持っているのだが、GDPの4割にも相当する。ロシアは、今日のような日が来るとあらかじめ準備をしていた、と考えるのが自然だろう。実際に、外貨準備の内訳をみると、ユーロ:32.3%、ドル:16.4%、英国ポンド:6.5%、金:21.7%、中国人民元:13.1%となっている。

アメリカとその同盟国は、この外貨準備の57%に相当する部分を中央銀行への制裁などによって使えなくしており、その結果として通貨ルーブルの暴落を止めることができないでいる。ルーブル下落を止めるためには、相手の中央銀行に外貨をプールしておく必要がある。それが、今回の中央銀行への制裁によってできなくなったわけだ。

また、ブルームバーグの報道によると、ロシアはIMFの特別引き出し権(SDR)を240億ドル分保有しているが、これを現金化するのは中国当局の判断次第だそうだ。IMF加盟国というのは、「自由に使って良い」と言われている資金を米ドル、ユーロ、ポンド、円、そして2016年に新加入した中国人民元に交換することができるシステムになっている。すでに、中国を除く4つの通貨では引き出しできないようになっており、残る道は中国人民元での引き出しができるかどうかにかかっている。

長期戦になるほど資金枯渇に苦しむ

ざっと2兆8000億円だが、戦争が長期戦になればなるほど資金の枯渇に苦しむことになる。ロシアは、最終的には中国に頼らざるをえなくなるはずだ。戦争が始まってからの資金調達は、同盟国間であれば問題は無いが、敵国側のルートを使わなければならないときは、極めて難しくなる。

また、ロシアは国際間の決済機関である「SWIFT(スイフト)」から締め出されたうえに、中立を守ってきたスイスにさえも資産を凍結された。戦争の資金調達が一気に困難になったと言っていいだろう。通貨「ルーブル」の下落が止まらないために、金利を20%に引き上げたが、長期的に見れば大きなマイナスになるはずだ。

一方、今注目されているのが暗号資産を使った資金調達だ。外貨準備に代わる存在として注目されており、ウクライナ最大の暗号資産交換所「クーナ」には、連日海外からウクライナへの寄付として暗号資産が寄せられているそうだ。暗号資産分析会社「エリプティック」によると、ウクライナ政府と民間支援団体に8万9000件、約5100万ドル(約59億円)の寄付が集まっている(ウォール・ストリート・ジャーナル、2022年3月4日)。

戦争の収支決算を考えたときに問題となるのは、戦争によって誰が利益を得るのか、という点だ。いわゆる戦争の収支決算が正確にわからないのは、戦争による収入部分がはっきりしないからだ。実際、戦争によって直接の利益を得る人間がいるとしたら、軍需産業の従業員や株主、武器商人、軍隊に物資を卸す商人、そして政治家ぐらいだろう。

むろん、戦勝国になれば占領した地域のビジネスを独占できるため、自国の企業も長い目で見れば利益を得られる。新しいマーケットを得られるからだ。とりわけ、ロシアのように民間人も含めて街全体、国土全体を破壊すれば、その復興の利権がロシアの企業に割り振られるかもしれない。

戦争の収支決算は大赤字?

しかし、第1次世界大戦や第2次世界大戦といった大規模な戦争では、被害や破壊が多すぎて正確な数字はよくわかっていない。その後の朝鮮半島やベトナムなども、相手が旧共産圏のために、正確な数字はよくわかっていない。

たとえば、雑誌「Fortune」によれば、「ベトナム戦争にアメリカがどれぐらいの費用を費やしたのか、その費用計算をする意思はない」と国防省が公式な見解を出していると報道している。10年も続いたこの戦争は、最終的に議会が納得せず1967年には通常の防衛組織の支出額を上回る分の費用は発表するようになり、その最高額は1968年の230億ドルだったそうだ。動員兵数が53万4700人と最高になった年である、と前出の『戦争の経済学』でも触れられている。

おそらく今回のロシアによるウクライナ侵攻でも、ウクライナの損害やロシアの収支決算は出てこないはずだ。というのも、このままではロシアの債券等は「投機的」にランク付けされたために、中国などが支援に入らなければデフォルト(債務不履行)に陥る確率が高くなり、最終的にロシア国民はソ連邦崩壊後に経験したハイパーインフレを、もう一度経験することになる可能性があるからだ。

この戦争をアメリカのバイデン大統領は、「専制国家対自由主義国家との戦いだ」と宣言している。憲法によって保障された選挙制度があるにもかかわらず、プーチンを独裁者にしてしまったロシア国民は再びいばらの道を歩くことになるのかもしれない。