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米国が懸念する「プーチン暴走」で次に起こること

対ロシア戦略を立案するホワイトハウス高官の間で、新たな懸念に関する議論がひそかに始まっている。対ロシア制裁の連打に大統領ウラジーミル・プーチンが追い詰められて暴走し、紛争をウクライナ以外にも広げてくる、という懸念だ。

3人の高官によると、ホワイトハウスのシチュエーションルーム(作戦司令室)の会議では、こうした問題が繰り返し俎上に載せられるようになっている。プーチンは自らの行き過ぎた行動で身動きが取れなくなったと感じると、さらに過激な行動に出る傾向があると、アメリカの情報機関はホワイトハウスと議会に報告している。

ホワイトハウス高官が想定するプーチンの反撃シナリオは、ウクライナに侵攻したロシア軍の初動の失敗を補う無差別砲撃から、アメリカの金融システムを狙ったサイバー攻撃、核を使ったさらなる脅し、ウクライナ国境外への戦争の拡大まで多岐にわたる。

プーチンの「次の一手」をめぐる議論と連動して、情報機関ではプーチンの精神状態に関する再検討が急ピッチで進められている。新型コロナ禍による2年間の引きこもりで、プーチンの野心とリスク選好度に変化が起きたのかどうかも焦点だ。

プーチンが2月27日、西側の「攻撃的な発言」に対抗するとしてロシアの戦略核兵器を「特別戦闘態勢」に置くよう命じたことで、上述の懸念は一段と強まった(もっとも、国家安全保障当局者の話では、その後の数日間にロシアの核部隊が実際に新たな準備態勢に移行したことを示す証拠はほとんど見られなかったという)。

3月2日に国防長官ロイド・オースティンが、ロシアの直接的な挑戦をエスカレートさせたり、プーチンに核兵器を使用する口実を与えたりするのを避けるため、核ミサイル「ミニットマン3」の発射実験を延期すると発表したことに、アメリカの懸念の深さが表れている。

第1弾の制裁に対するプーチンの反応はさまざまな懸念を巻き起こしており、あるアメリカ政府高官はこれを「追い詰められたプーチン問題」と呼んだ。石油大手のエクソンモービルやシェルはロシアの油田開発から撤退。ロシア中央銀行に対する制裁で通貨ルーブルは暴落し、ドイツもそれまでの方針を翻してウクライナ軍に対する殺傷兵器の供与を解禁、ドイツの軍事費を積み増すという驚きの発表を行った。プーチン包囲網は着々と狭まっている。

ただ、ミサイル発射実験の延期を除けば、アメリカが緊張緩和に向けた措置を検討しているという証拠はなく、ある高官は制裁を緩めることに関心はないと語った。

「その正反対だ」。この高官は取材に応じたほかの政府関係者と同じく匿名を条件とした上で、バイデン政権の顧問の間で交わされている内部的な議論について、こう述べた。

実際、大統領のジョー・バイデンは3日、ロシアのオリガルヒ(新興財閥)を対象に追加制裁を発表。制裁は「すでに大きな打撃を与えている」と語っている。

「デフォルト」相当まであと2段階

バイデンが追加制裁を発表した数時間後、S&Pはロシアの信用格付けを「CCCマイナス」に引き下げた。ウクライナ侵攻数日前のジャンク債レベル(投機的水準)を大幅に下回る格付けで、デフォルト(債務不履行)を意味する等級まであと2ノッチ(段階)しか残されていない。

これは「制裁に耐えられる経済」を目指してきたプーチンの試みが大部分失敗に終わったことを示している。そして少なくとも現時点においては、停戦を宣言するか軍隊を引き上げる以外に、プーチンにとって目に見える出口は存在しないが、プーチンはこうした出口にまったく関心を示していない。

ホワイトハウスの報道官ジェン・サキは3日午後の記者会見で、「今は制裁緩和のオプションを提示するタイミングではない」とし、プーチンに出口を示す試みについては何も知らないと話した。

一方で、国務省のある高官に今後のリスクに関する政権内の議論について尋ねると、政権内のアプローチには微妙な違いが存在しており、プーチンに出口を示す選択肢もないわけではない、というコメントが返ってきた。

バイデン政権の政策はロシアの体制転換を狙ったものではないと、この高官は話した。同高官によると、プーチンの権力ではなく、行動に影響を与えるのが基本方針であり、制裁はプーチンを罰するものとしてではなく、戦争を終わらせる圧力手段と位置づけられている。

従って、プーチンが行動をエスカレートすれば制裁は一段と厳しくなるが、プーチンが事態の沈静化に動くなら、その度合いに応じて制裁を緩める展開もありえるという。

だが、そうした期待はプーチンの本性に関する分析結果とは矛盾する。

アメリカ中央情報局(CIA)長官のウィリアム・バーンズは当初から、プーチンは侵攻を計画しており、駆け引きで優位に立つためだけにウクライナ周辺に軍隊を集結させているわけではないという見方をとってきた。

駐モスクワの元アメリカ大使としてプーチンと20年以上にわたって渡り合ってきたバーンズは12月に次のように述べていた。「私なら、プーチン大統領がウクライナで危険を冒す可能性を決して甘く見ない」。

アメリカ政府に攻撃の矛先をシフト?

ウクライナ情勢が深刻化してからの非公開会合では、プーチンの今後数週間の戦略について、アメリカ当局者が以下の可能性に警鐘を鳴らすようになっている。ウクライナの民間人に対するロシア軍の攻撃から注意をそらし、長年の敵国の行動に対する愛国的な反感を国民にたき付けるべく、アメリカ政府に攻撃の矛先をシフトしてくる、というものだ。

バイデンがロシアに経済制裁を加えたのと同じく、プーチンがアメリカの金融システムに攻撃を加えようと考えた場合、有効な手段は1つしかない。訓練の行き届いたハッカー部隊とランサムウェア犯罪組織の動員だ。こうした犯罪組織の中には、プーチンの戦争を支援するとはっきりと約束しているところもある。

「事態がエスカレートしていけば、われわれの重要インフラに対するロシアのサイバー攻撃を目にすることになるだろう」。下院情報委員会のメンバーで、影響力のあるサイバースペース・ソラリウム委員会の共同議長を務めるマイク・ギャラハー下院議員(共和党、ウィスコンシン州選出)は、そう語った。

とはいえ、プーチンの次の動きとしてはウクライナで軍事作戦を強化してくる可能性が高く、そうなれば民間の犠牲者がさらに増え、破壊の被害が拡大するのは間違いない。

かつてCIA職員として大統領への情報ブリーフィングを担当していたベス・サナーは、「侵攻はプーチンが思ったほど簡単ではなく、彼としては攻撃の手を強める以外に選択肢がない」と話した。「それが独裁者というものだ。引けば弱みを見せることになるため、撤退はあり得ない」。