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大ヒット商品の「第二弾」が振るわない納得の理由

鉄道のダイヤ組みにも使われる「需要予測」

みなさんは「需要予測」という言葉を耳にしたことがありますか? 文字から連想しやすい意味のとおり、「需要を予測すること」です。

では、「需要(Demand)」とは何でしょうか?

必要とされることです。これはモノだけでなく、サービスにも当てはまる概念ですし、人に対しても使われることがあります。

日本では海外と比べて食におけるお米の需要が多い、などと言いますし、TOEICは就活生の需要が高い、などとも言えます。製造業ではAIに詳しいマーケターの需要が増加している、といった具合に、人に対して使うこともできます。意外なところでは、鉄道会社が電車のダイヤを組む際や、政府の予算編成にも需要予測が必要になります。そのため、より正確には、需要とは必要とされる程度感や規模感といったイメージでとらえるといいでしょう。

こうした「需要」を予測できると、どんなメリットがあるのでしょうか。実はみなさんも毎日の生活の中で、ほとんど意識せずに需要を予測しています。トイレットペーパーや水、お酒といった生活必需品的な物は、今すぐ必要な量以上に、ご自宅にストックされていると思います。「いずれ使うから」と想定して購入しているはずです。

この「いずれ」は、10年や20年ではないでしょう。つまり、モノが腐ったり、長い間スペースを占拠し続けたりしないように考えながら、必要な量を想定して、買い物をしているのです。これはまさに需要予測です。

この身近な例からも想像できるように、需要予測によって、生活の快適さを向上させることができます。水を飲みたいと思うたびに外へ買いにいくのはめんどうですよね。急に必要になっても、ストックがあればすぐに飲んだり使ったりすることができます。お金やスペース、消費期限といったさまざまな制約を考えると、ちょうどいい量を用意しておく、というのが重要になることも想像しやすいと思います。これを可能にするのが需要予測なのです。

とはいえ、生活の中で需要予測について意識することはほとんどないと思います。ビジネスでも同様で、モノをつくるメーカーや資格試験、エステなどのサービスを提供する団体、店舗でもこれまではあまり意識されてきませんでした。

メーカーでは商品の需要を予測し、生産しておくことは極めて重要ですし、サービスを提供する企業でも、需要予測を基に必要な設備を確保しておくことは同様に重要です。しかし、マーケターや営業担当、販売員といった従業員にとって、商品や設備はあって当たり前であり、それを前提に仕事をしているため、平時には需要予測の価値を感じにくいと言えます。

成熟した日本市場のように変化が比較的緩やかな環境では、需要が大きくは変化しないモノ、サービスが多くなります。もちろん、一部の目新しい商品や流行の影響を受けやすいサービスなどの需要予測は簡単ではありません。それでもテレビCMを大々的に放映し、小売店でのキャンペーンを展開すれば、多くの消費者が欲しいと思う時代がありました。こうした環境下では、過去のデータさえあれば、ある程度の精度で需要を予測することはむずかしくありません。

需要予測はどんどんむずかしくなっている

しかし、2015年以降を思い出してみてください。政府が訪日プロモーションを積極的に行い、訪日外国人の急増によって、日本市場における顧客は急速にグローバル化が進みました。1997年、2014年、2019年と3度の消費増税もあり、多くのカテゴリーにおいて駆け込み需要やその反動による需要の減少がみられました。

さらに2020年からは新型コロナウイルスの感染が拡大し、未曾有の市場変化もありました。こうした市場の動きを鑑みると、成熟した日本市場ももはや変化が緩やかとはとうてい言えない状況です。

このVUCA(Volatility, Uncertainty, Complexity, Ambiguity:変動可能性・不確実性・複雑性・曖昧性)と言われる環境の中で、需要予測はどんどんむずかしくなっているのです。

ここで1つクイズを出題します。頭の体操のつもりで、少し考えてみてください。

「リンゴ味のアイスが大ヒットしたお菓子メーカーが、翌年、みかん味のアイスを発売したら売れなかったのはなぜか?」

このケースで、お菓子メーカーは需要予測をしています。りんごもみかんも定番の果物なので、りんごアイス同様にみかんアイスも売れると予測したわけです。

しかし同様に売れない理由は、いろいろ考えることができます。りんごアイスを発売したとき、たまたまりんごに含まれるある成分が新たに流行した病気を防ぐことがわかり、りんごブームが来ていたのかもしれません。みかんにも同じ成分が入っていなければ、りんごのようには売れないですよね。

また、このりんごアイスが子どもにヒットしたとします。みかんアイスも注目されたのですが、2倍の量を食べるとおなかをこわす可能性があるため、親はどちらかしか買い与えないかもしれません。つまり、「需要が分散した」のです(これをカニバリゼーションと言います)。

ここからわかるのが、需要予測は単に過去データを分析してもできるわけではないということです。高度な数学や統計学を駆使しても同じです。それよりも、需要の背景にある消費者の心理、行動を想像して、それが未来ではどうなるかを考えることが重要になります。市場がVUCAになると、この想像がよりむずかしくなるということです。

需要予測の精度が低下していくと、必要なモノは用意できないし、逆に不要なモノが大量に余るという事態が発生します。ビジネスではこれは売り上げ機会の損失や不要なコストの増加につながり、経営を危うくしてしまいます。

コストをかけ、時間をかけて育ててきたブランドも、品切れが続けば顧客を失いますし、管理コストが増加すれば成長のための投資にお金を使えなくなります。この意味では、需要予測がブランドの成長を支えていると言っても過言ではないでしょう。

さらに近年では、消費者の環境に対する意識が高まっています。これを受け、企業活動には環境負荷の低減が求められるようになり、これが企業価値に影響する時代になってきています。ムダなモノをつくり、水を浪費して二酸化炭素を排出する企業は競争力を失っているのです。 

需要予測における技術の進化

こうした厳しいビジネス環境変化の中で、明るい兆しもあります。それは技術の進歩です。

単なる購買情報だけでなく、消費者の属性、生体情報、そのときの気分など、さまざまなデータがリアルタイムに近く(ニアタイム)とれるようになってきています。この大量のデータを蓄積できるインフラも整ってきていますし、それを解析して人の意思決定を支援できるAI(人工知能)といったツールも登場しました。

需要予測はルールにとらわれないマーケティングや顧客心理と密接に関連するため、単にAIを導入してもその精度が上がるわけではありません。しかし、市場や顧客に精通したプロフェッショナルであれば、AIをうまくビジネスに導入し、VUCAな環境でも新たな価値を創出できるのです。実際、2017年に実施された海外の調査でも、2025年の需要予測に向けて重要になる技術の1位がAIでした。

ビジネスにおける需要予測はこれまで、商品の製造やその原料、材料の手配(調達)、それを小売店や消費者へ運ぶ物流(ロジスティクス)といった企業のサプライチェーン(供給連鎖)のトリガーとして認識されてきました。需要予測を基に、工場の人員や物流センターでのトラックの手配も行われるからです。

これに加えて消費者の声やマーケティングの効果、競合企業の情報なども入手し、その複雑な関係性をAIなどによって解析できるようになると、需要予測は新たな側面から企業経営を支えられる可能性があるのです。

需要予測は1つひとつの商品ごとに行われます。つまり、市場の変化を迅速に反映することができれば、どんなカテゴリーで市場が動いているかを把握することができます。しかも、数字でその程度感を測ることができるのです。

例えばパンデミックによってマスクの使用が日常化し、口紅の市場規模が縮小しましたが、マスクにつきにくいマットなタイプのものや、薄く色がつく保湿メインのリップバームの需要はそんなに落ちていないといったことは、商品別の需要予測だからわかります。

さらにエリアやブランド、カテゴリーといった単位で売り上げや利益率の見通しも得ることができます。これが企業の描く戦略、目標とする売り上げ計画と乖離しているのであれば、四半期などの実績が出る前になんらかの軌道修正アクションを検討することさえ可能になります。同時に、経営管理の視点ではコストの再配分を検討することもでき、目指す利益を実現しやすくなると考えられます。

需要予測に必要なスキル

つまり、これまで認識されてきた商品供給や「サプライチェーンマネジメント(SCM)」のためだけでなく、より市場に近いマーケティングや営業、さらに経営管理やファイナンスといったビジネスのコアとなる領域の意思決定のためにも、需要予測は使えるのです。

ただしこれには一定以上の予測精度が必要になりますし、1つの数字だけを提示するのではなく、複数のシナリオを描いてその中でビジネスのリスクをヘッジしていくという新しい考え方が必要になります。需要予測には従来、統計学の知識やデータ分析のスキルが必要とされてきました。しかしVUCAな環境下で経営の意思決定を支援していくためには、さまざまなステークホルダーのミッションや制約を踏まえつつ、議論をリードできるファシリテーションスキルも重要です。

これからの需要予測では、市場、顧客に関するデータを主体的に収集し、その背景を解釈しようとするデータのオーナーシップを持ち、ステークホルダーに予測の根拠をわかりやすく伝える説明責任を負って、経営層を含めて信頼されることを目指すべきなのです。