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資源大国ロシアへの経済制裁は何をもたらすのか

ウクライナへの侵攻に踏み出したロシアに対する、米欧諸国の経済制裁が2月26日以降、本格的に繰り出された。まずは、ロシアの銀行を通じたロシア企業の貿易決済がかなり制約される。さらに同月28日には、FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)の口座に保有されているロシア中銀の外貨準備の利用が停止されたことで、通貨ルーブルの価値を制御する政策対応が困難になった。

大規模な戦争を仕掛けながら、ロシア中銀がルーブル下落とインフレを制御することが難しくなるので、ロシア経済のドルベースの規模は今後大きく縮小すると見込まれる。

2014年のクリミア半島侵攻時には、米欧諸国による経済制裁は限定的だった。それでも通貨ルーブル(対ドル)は約半分に急落、その後インフレ率は15%を超え経済成長率も失速して、ロシアの国際市場における経済的プレゼンスはかなり低下した。今回発動された、より強力な経済制裁によって2020年時点で世界11位の経済規模であるロシア経済のさらなる規模縮小が予想される。

石油・天然ガス以外に急騰する資源は?

ロシア経済が大幅に縮小することの世界経済への影響はどうか。ロシアの世界経済に対する名目GDPのシェアは約2%まで低下しており、経済的には大国ではないと位置づけられる。世界の貿易活動に占めるシェアもほぼ同様である。仮に、通貨の大幅な下落とともにロシアの経済成長率が20%低下すると、世界経済全体のGDP成長率は約0.4%ポイント低下することになる。世界経済全体への影響は無視できないだろう。

一方、資源大国であるロシア経済の縮小がもたらす、資源分野や地域への影響度は大きく異なる。石油、天然ガスの世界の輸出シェアに占める割合は10%前後であるため、ロシアが経済市場から締め出されて供給が大きく減って価格上昇圧力が高まる。

また原油市場についてはイランからの供給拡大などで需給逼迫が和らぐ余地はあるが、天然ガス市場では価格上昇が起きる可能性が高い。また、パラジウム、ニッケルなどの貴金属市場においてもロシアの生産シェアが相当高いので、素材市場において価格上昇圧力が強まるとみられる。

地域で見れば、ロシアからのエネルギー供給への依存度が高い、ドイツなどで経済活動が抑制されるいっぽう、資源インフレに直面することになる。ドイツが拡張的な財政政策を発動するため、経済活動の落ち込みが和らぐ可能性も浮上してはいる。

ただ、長期的に軍事予算を拡大させる歳出が主たる対応になるとみられ、経済の落ち込みが相殺されるほどの政策対応が行われる可能性は高くないと思われる。経済封鎖を受けたロシア経済の縮小が、欧州経済の停滞をもたらし、世界経済の成長を低下させるリスクは無視できない。

一方、FRB(アメリカ連邦準備制度理事会)が現在最優先とする政策対応は、高まっているインフレ率を沈静化させることである。アメリカにとっても、ロシアの問題は欧州経済全体が大きく減速することで、世界経済全体に影響をおよぼす経路がある。ただ、資源価格上昇がもたらすインフレを、より警戒せざるをえないとFRBは判断するだろう。

ウクライナ侵攻でFOMCはどうなるのか

ウクライナへの軍事侵攻があるまでは、0.5%の利上げを主張するタカ派のFOMC(アメリカ連邦公開市場委員会)メンバーの意見が優勢となり、そうした議論にジェローム・パウエルFRB議長を含めた執行部が傾く可能性が高い、と筆者は考えてきた。

だが、ロシアへの経済封鎖に自ら踏み出したことで、目先のFRBの政策前提も変わったとみられる。大幅な利上げ開始の可能性は低下しており、3月FOMC(15~16日開催)では0.25%での利上げ開始になりそうである。

一方、原油などの資源市場において予想されるロシアからの供給減少によって、資源価格の上昇が強まることになる。経済成長、インフレの程よい調整を試みるFRBの政策対応の難易度はさらに高まるとみられる。資源価格上昇による実質所得の減少と、FRBの引き締め政策による金融環境のタイト化によって、アメリカ経済の2022年の経済成長率は、潜在成長を下回るペースまで減速するリスクが大きくなっている。

アメリカ株式市場(S&P500種指数)は、2月にウクライナ情勢への懸念からパニック的に急落した後に、2月末時点では1月初旬時点の最高値対比で10%弱下げた水準まで戻しており、やや落ち着く兆しがみられる。だが今後、FRBによる引き締め政策に加えて、ロシア経済の縮小が招く世界の経済活動の減速が、アメリカの株式市場において強く懸念されるとみられる。