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資格取得を「リスキリング」と勘違いしている人へ

リスキリングに必要な「汎用的読解力」

昨今、リスキリング(職業能力の再開発)という言葉が話題になっています。私はかなり以前から、リスキリングの重要性を指摘してきました。

資格を取得することは、リスキリングの代表的な方法として紹介されがちです。しかし無目的にたくさん取ろうとすることは、コスパも悪く、リスキリングとは言えません。

ライフシフトにつながるリスキリングをするためには、30代半ば頃から、「自分はどういう人間なのか」ということを主観的にも、客観的にも固めていき、45歳ぐらいまでには、自分の強みや売りを自覚して、軸を持つことが大事です。

リスキリングを、「資格を取る」「セミナーを受ける」「友人を増やす」といったことだと考える人は、自分が誰なのかが見えていないのではないでしょうか。

私は、リスキリングのために最も重要な能力は「汎用的読解力」だと考えています。汎用的読解力は、文系・理系にかかわらず、初心者向けに書かれた事実に関する文章(教科書、新聞、行政文書等)を正確に読み解く力を指します。この力さえあれば、必要に応じてどんな分野も自学自習できます。教科書や新聞など基本的な情報源から、世の中の3年後、5年後、10年後を予測して考えることもできるでしょう。

つまり、見出しやキーワードではなく、本文を読んで、そこからどう演繹できるかという能力のことです。たくさんのセミナーに通ったり、ハウツー本や自己啓発書を手当たり次第に読んだりしなくても、本質的なことを自分で考えられる力とも言えます。

 

逆に、次から次へと自己啓発本を読むことがやめられないとか、すべてのケースを網羅的に知らなければ先のことなど考えられないという場合は、「汎用的読解力」が不足しているのかもしれません。

不透明で先が見えない世の中だからこそ、資格をたくさん持っていれば、自分を助けてくれるに違いないと思っている人は少なくありません。けれど、前途有望なベンチャー企業がそんな有資格者を探しているかというと、そうではありませんよね。

人生100年時代は「Π(パイ)型」スキルで

これまでは、人生は80歳ぐらいまでかなと思われていて、22歳で企業に新卒採用され、65歳まで働いたら、年金をもらって、旅行や趣味などをして過ごすというイメージがありました。

しかし、人生100年時代になり、そんな人生設計は崩れざるをえません。

これからは、人生で4~5回転職して、ダブルワークといった人生も普通になっていくでしょう。70~75歳まで働くことを視野に入れなければ、厳しい時代になると思います。そんなに働かなくちゃいけないのか……と途方に暮れてしまう方も少なくないでしょう。

一方で、そんな時代を「面白い」と感じる方もいます。例えば、大企業で働きつつ、まだ元気な50歳ぐらいまでに十分にリスキリングをしていると、そこからの人生「二毛作」をいかに豊かに過ごすか、ということを基準にしたライフシフトができますし、第2の人生にマッチした転職ができるわけです。

これまでのように、人事1本、総務1本という形ではなく、リスキリングによって、そこに何かプラス1本のスキルが加われば、支えが2本ある「Π型」の人生になり、より安定します。二毛作へのシフトがうまくいけば、さらに三毛作も可能となり、年金は受け取らずに長く働くということもできるでしょう。

■社会貢献はリスクヘッジになる

大事なことは、年齢が上がるほど、地域や社会への貢献性を高めていくことです。これは、自分自身のリスクヘッジにもなります。歳を取れば取るほど、地域とつながり連携しているほうが、何かあったときに助けてもらえる可能性が高まりますからね。

それを、単に趣味やボランティアにとどめるのではなく、小さくてもビジネスにすると、責任感や「わくわく感」が高まります。そのためには、人々が困っていることに敏感になる必要があります。多くの人が困っていることに対して、何らかの支援をしてあげることは、ビジネスになるのです。

私の場合は、読解力がないことで困っている人が多いということがわかったので、「リーディングスキルテスト」を開発して、自治体と連携して、解を出していくという仕事をしています。

日本には、まだ解決されていない困りごとが山のようにあります。それが何なのか、きちんと言語化して、その解決策について考えられる能力は、「Π型」の人生の重要な軸となるでしょう。

もし3回目のライフシフトをする時には、2回目までの人とのつながりなどから、みんなのビジネスを手伝うという立場に徹するのも良いと思います。たとえばベンチャー企業には理系の人や事業が多いのですが、そこで働く人に関する人事問題を解決するためのCOOが必要になります。

でも、ベンチャー企業も、これから30年間人事で働きたいという人を雇うのはきつい。そこで、60代ぐらいで、それまで経理や労務をやってきた経験があって、給料が少なくてもいいから若い人の役に立ちたいという方が望まれているわけです。

好奇心があって、その仕事の中身に関心があり、自分のやり方を偉そうに押し通すのではなく、若い人のやり方を理解しようとするフェアな姿勢がある方なら、まだまだ活躍できるでしょう。

一斉行進が生産性の低さの理由

新卒採用で一斉に人生の行進をするというのは日本に特有です。

欧米では、中途採用が普通ですし、一度働いて、また大学に行くということも当たり前ですから、みんなが一緒に行動する日本人は異様かもしれません。

さらに、日本の会社では、総合職的なオールラウンダーが求められます。仕事に対していちいち好き嫌いは言っていられないし、そういう人は求められない。でも、本当は自分には向いていないことなのに、我慢しすぎてしまうと、そのうちに、自分は何が嫌いで、何が好きなのかもわからなくなっていくのではないでしょうか。

日本は、個としての生産力が低い国です。あるチームに属して、その属性で働いていますから、そこから離れて1人あたりで見たときには生産性が下がるのです。そういう中にいすぎることで、自分の個の力で立つということを「怖い」と感じる人が多くなるのでしょう。そこが、「汎用性読解力」の低下につながっていると思いますし、日本で起業が活発にならないのも同じ理由だと思います。

ライフシフトは、情報のデトックス

先ほど、新聞や本を読んで未来を考える力と言いましたが、「汎用的読解力」を鍛えるために、新聞や本を読まなければいけないという話でもありません。新しい情報は、あふれんばかりにありますから、むしろ、情報は捨てなければいけないのです。

リスキリングの手段として、セミナーや朝活などを増やしているうちに、それが目的化してしまう人もいるのではないかと思います。資格取得もそうです。TOEICの試験を受けることもいいと思いますが、何のために点数を上げるのかの目標がないまま、点数を上げること自体が目的化してしまう人もいます。

人間関係が重要だからと言って、誘われた飲み会は断らずに、あちこち顔を出していると、今度は自分と向き合う時間が減ってしまいます。

私は、情報の量より質、そして読む深さを重視しています。人間関係もむやみに広げません。SNSの時間は1日15分にブロッカーで設定し、リプライは読みません。購入する本も月1、2冊。むしろ昔購入して面白かった本を再読することが多いです。経済紙を1時間かけて読むのが朝の習慣です。

友達も少ないほうです。その代わり、信頼できる仲間には恵まれています。友達は人数ではありませんし、本も冊数ではありません。もちろん「いいね」の数でもありません。世の中にあふれる情報から、自分をデトックスして、リーンにする。ムダを省いて筋肉質にするわけですね。1カ月に一度ぐらいは、棚卸しするといいでしょう。

『ライフ・シフト2』には、「自分の心の声に耳を傾けましょう」ということが書かれています。「汎用的読解力」があり、人間関係がリーンだと、心の声がよく聞こえてきますし、自分がどういう人間かがはっきりします。

たとえば、「連絡先は、30件だけ残す」と決めてみます。すると、どのつながりをあきらめるべきかについて考えるようになります。この人と会うのは、楽しさも含めて、損得でなく、自分がそこからなにか得られているのか、それとも単に浪費しているのかが見えてきますよ。

等身大の自分を知る

ただ、デトックスも、「デトックスしている自分」という幻想を抱くのはダメですね。

通信教育を受けたり、おしゃれなモノを手に入れることで、「素敵な生活」「ちゃんとした私」になった気分になってしまう人もいますが、それは「自分」を買おうとするようなものです。でも「自分」は、どこにも売っていない。

大事なのは、あなた自身が、あなたのことを知らなければいけないということ。売られている商品はあなたを知りません。あなただけの、あなたらしさでもない。パッケージされた「自分らしさ」を買いに行く時点で、人生の二毛作、三毛作は期待できません。それは、弱い心につけ込むパッケージ戦略なのです。

ですから、まずは静かに「自分は誰ですか」を自らに聞いてみるということをしていただきたい。

そのためには、鏡を見て、等身大の自分を知ることです。鏡を見て、自分の姿をありのままに見るのは怖いことです。でも、自分がどの程度かをまず知ることは重要ですし、それがリスキリングのベースになります。

リーディングスキルテストの意義もそこにあります。読解力があるのか、ないのかを、本人も親も教師も知り、受け入れる。そこから始めることが重要なわけです。

歪まずに自分を見るためにも、デトックスして、リーンになる。そして、等身大の自分を見ることが怖くなくなることが、人生100年時代を個として連帯して生きることにつながっていくでしょう。