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世界的な「食品価格高騰」が起こす社会不安の顛末

グローバルなサプライチェーン(供給網)の混乱や天候不順、エネルギーコストの上昇により、食品価格が世界中で高騰している。食品の値上がりは世界各地の貧困層に大きな負担となっており、社会不安に火をつけるおそれがある。

国連食糧農業機関(FAO)が先日公表した1月の世界食品価格指数は2011年以来の水準に上昇。2011年といえば、食品の高騰がエジプトやリビアで政変の一因となった年だ。肉類、乳製品、穀物の価格は昨年12月から軒並み上昇しており、食用油の価格は統計が始まった1990年以来で最高となっている。

ピーターソン国際経済研究所の上級フェローで国際通貨基金(IMF)の首席エコノミストを務めたこともあるモーリス・オブストフェルド氏は、食品価格の高騰は貧困国の住民の収入を圧迫すると語る。中でも、食費が収入の50~60%を占めることもある中南米やアフリカの一部地域では深刻な影響が出るという。

世界的な食料危機の足音

オブストフェルド氏は、世界的な食料危機が近づいているといっても「過言ではない」と話す。停滞する経済と高い失業率に、新型コロナ対策費の膨張による各国財政の逼迫が重なり「悪条件が完全に整った」という。「社会不安への多数の懸念材料が広範囲に見られる」。

世界の食品価格は、コロナ禍となる以前からすでに上昇傾向にあった。中国でアフリカ豚熱(ASF)の被害が広がったり、アメリカとの貿易戦争を受けて中国がアメリカ産農作物に報復関税を課したりしたためだ。

そして2020年の初めに新型コロナウイルスのパンデミックが広がると、世界の食品需要環境は激変した。飲食店や食肉加工工場は休業に追い込まれ、アメリカでは販売先を失って牛乳や家畜の処分を余儀なくされる酪農・畜産農家も出た。

それから2年が経過した今、世界の食品需要は高い水準を保っている。だが、燃料費や輸送費の高騰、トラック運転手やコンテナ不足などのサプライチェーン問題によって食品価格は上がり続けているとIMFのエコノミスト、クリスチャン・ボグマンス氏は指摘する。

ブラジル、アルゼンチン、アメリカ、ロシア、ウクライナといった農業大国の干ばつや悪天候も状況の悪化に拍車をかけている。

トウモロコシと小麦の価格は8割上昇

IMFの統計によると、世界全体の食品価格は昨年12月、年率換算の平均で6.85%上昇し、2014年の統計開始以降で最大の上昇率となった。2020年4月〜2021年12月の期間に大豆の価格は52%、トウモロコシと小麦の価格は80%上昇。コーヒーも、主にブラジルの干ばつと冷害の影響から70%値上がった。

現在、食品価格は安定に向かっているように見えるが、小麦とトウモロコシの一大産地であるウクライナ情勢の悪化や、さらなる悪天候に見舞われれば、食品価格安定の見通しは崩れる可能性があるとボグマンス氏は話す。

もちろん、食品価格高騰の影響は地域によって異なる。コメの生産量が多いアジアは今のところ大きな影響を免れているが、食品の輸入依存度が高いアフリカ、中東、中南米の一部はかなり苦しい状況となっている。

ロシア、ブラジル、トルコ、アルゼンチンといった国々も、自国通貨が米ドルに対して下落したため状況は厳しい。食品の国際貿易で決済に用いられるのは基本的にドルだ。

アフリカでは、悪天候や新型コロナによる活動制限、コンゴ、エチオピア、ナイジェリア、南スーダン、スーダンの紛争によって輸送網が混乱したり、寸断したりしたことから食品価格が高騰している。

アメリカ国防大学アフリカ戦略研究センターのジョセフ・シーグル氏は、アフリカ大陸では2018年の2倍となる1億600万人が食料不足に直面していると推計。「アフリカはかつてないレベルの飢えに見舞われている」という。

メキシコシティ・フアレス地区の市場で買い物をしていたガブリエラ・ラミレス・ラミレスさん(43)は、食品が高騰したせいで家計が一段と圧迫されるようになったと話す。家政婦として働くラミレスさんの毎月の生活費の半分は食費に消えていく。

メキシコの物価上昇率は昨年12月にやや落ち着いたとはいえ、11月に20年ぶり以上の水準を記録した。「収入が少ないので大打撃。賃上げも雀の涙で、十分に食べられないこともある」とラミレスさんはいう。

アメリカの低所得層にもショックが広がる

家計に占める食費の割合が平均で7分の1というアメリカでは、そこまで深刻な影響は出ていない。

それでも食品価格は急騰しており、家計に占める食費の割合が高い貧困層には大きな負担となっている。アメリカ労働統計局によると、食品価格は昨年12月に前年同期比で6.3%上昇し、中でも肉類、魚、卵の価格は12.5%も高くなった。

アイオワ州北部のトウモロコシ・大豆農家で全米トウモロコシ生産者協会の幹部を務めるクリス・エジントン氏は、肥料や農作物保険、農薬の値上がりで農家も苦労していると話す。

コスト高に伴って売値も上昇しているため、以前と同様の利益は確保できているが、価格の「大変動」によって経営のリスクは高まったという。「利益は基本的に数年前と変わらないのに、扱う金額が増え、大きなリスクを抱えることになった」というわけだ。