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物不足が「ニューノーマル」になるという大問題

貿易港の混乱に収束の兆しは見えず、さまざまな商品の値段が上昇を続ける中、世界は厄介な現実を認めるようになりつつある。このサプライチェーンの大混乱は時間だけで解決するようなものではない、という現実だ。

問題の解決には、投資、テクノロジー、グローバルな企業活動に影響を与えているインセンティブの再設計が必要になる。船や倉庫の数を増やし、トラック運転手も大量に確保する必要があるが、どれも短期間かつ安価に達成できる課題ではない。つまり、この混乱が収まるまでには何カ月どころか、おそらく何年もかかる可能性が高い。

「2022年に収束することはなさそうだ」。サンフランシスコを拠点とする貨物輸送会社フレックスポートのチーフエコノミスト、フィル・レビーは「先が見通せない状況だ」と語る。

グローバルサプライチェーンの動向を注視している人々の間では、事態が正常化するという見立てそのものが後退し、「新たな常態(ニューノーマル)」が始まりつつあるという見方が渋々ながらも受け入れられるようになっている。

当局の介入では変えられない現実

工場、貿易港、コンテナヤードでの混乱は、大企業による市場の寡占と相まって物価上昇の原因となっている。数十年ぶりの高インフレに警戒感を強めたアメリカ連邦準備制度理事会(FRB)は金融政策を引き締める方針を固めた。イギリスのイングランド銀行をはじめとする他国の中央銀行はすでに利上げに踏み出しており、ニューヨークから東京まで各国の株式市場に不安が広がる。

アメリカでは消費者物価、中でも食品と燃料の価格上昇に国民は怒っており、今年11月の中間選挙で民主党が議会の過半数を失う理由になるとみられるようになっている。

牛肉価格の記録的上昇、ならびに豚肉・鶏肉の価格上昇を受けてバイデン政権は、アメリカの食肉供給で圧倒的なシェアを持つ食肉加工大手4社に対し反トラスト法(独占禁止法)を用いて、価格を引き下げる方策を探っている。

しかし、政府や中央銀行がどのようなインフレ抑制策を講じようと、企業が商品の生産と流通に苦戦する状況は変わっていない。

半導体不足は世界中で自動車生産の足かせとなり、医療機器のほか、さまざまな電子機器メーカーの生産を妨げる要因となっている。国際通貨基金(IMF)は1月25日に公表した世界経済見通しで2022年の成長率予想を前回の4.9%から4.4%に下方修正したが、理由の1つとして引き合いに出されたのがサプライチェーン問題だった。

サプライチェーン問題の広がりと持続性の背景には、過去数十年にわたるトレンドが新型コロナ禍で加速したという事情もある。中でも大きいのが、Eコマース(電子商取引)の成長だ。

大手ブランドは従来、世界各地の工場から中央の倉庫に商品を輸送し、そこから小売店に商品を出荷してきた。ところが、家庭や企業に個別に商品を届ける電子商取引では、これよりもはるかに複雑な作業が必要になる。

需要が集中する場所、すなわち大都市圏付近にある倉庫は商品で溢れ返り、余力がまったくなくなっている。

アメリカの貿易港、中でも特に重要度の高いロサンゼルス港とロングビーチ港のコンテナターミナルが機能不全に見舞われ続けているのは、こうした倉庫不足のためだ。

到着した船から降ろされた荷物を格納するスペースは限られているため、コンテナは回収されることなくドックに積み上がる。コンテナ船は荷下ろしの順番待ちで沖合での待機を命じられ、その期間は数日どころか、数週間に及ぶケースも出るようになった。

作業の追いつかない貿易港が直面するのは、次のような構造問題だ。インフラは老朽化し、酷使され、トラックがコンテナの輸送に使うシャシーも足りない。そして、運送会社の賃上げにもかかわらず、トラック運転手が十分に確保できない、といった問題である。

「サプライチェーンにおけるこうした構造問題は、何年も前から続いていた」。そう指摘するのはスティーブ・ダウズ。シカゴを拠点とするサプライチェーンのコンサルティング企業、フォーカイツのシニアバイスプレジデントだ。「パンデミックは、サプライチェーンの脆弱性を浮き彫りにしたにすぎない」とダウズは言う。

サプライチェーン問題はパンデミックに起因する一時的な現象に終わるとの見方は多いが、それにもかかわらず、問題は続いている。

コロナ禍が始まった最初の数カ月間に株価は急落し、アメリカの企業にはレイオフ(一時解雇)が広がった。そして、感染への懸念、ロックダウン、所得の減少から自社製品に対する需要が低下すると考えたメーカー各社は生産活動を一気に絞り込んだ。

半導体メーカーが生産量を落とし、グローバルな海運企業が運航を減らしたのも同様の理屈からだ。だが、これは完全な誤算だったことが明らかとなる。

パンデミックがもたらしたのは、消費の減少というよりは、消費内容のシフトだった。人々は外食やスポーツ観戦、遊びに出かけるのをやめる一方で、ロックダウン下での生活に合わせて自宅環境をグレードアップするためにお金を使った。地下室には新たにランニングマシーンを買い、ベッドルームオフィスにはデスクや椅子を、リビングルームにはゲーム機を買ったわけである。

多くのエコノミストは、数カ月もたてばモノに対するアメリカ人の需要は落ち着き、サプライチェーンの混乱は収まるとみていた。ワクチン接種が進み、世界の多くの地域でパンデミックの勢いが弱まるにつれて、消費者は調理用ミキサーの購入をやめてレストランに戻ると考えられていた。

だが、そうした変化はまだはっきりと訪れているわけではない。

対策を阻む「不透明感」という名の金縛り

そして、今後の展開についても強い不透明感が漂っている。

例えば、ある家庭が地下室のエクササイズルームに数千ドルを費やした場合、その家庭の住人はパンデミックが収束したとしても、ジム通いを再開しない可能性がある。

また、ホワイトカラーの仕事に就いている人々は、スエットパンツでビデオ会議に参加できる在宅勤務が始まってから今年で3年目を迎える。このうち、ビジネススーツを再び身にまとうチャンスに飛びつく人は、どの程度いるだろうか。そしてこのことは、スーツなどを販売する小売業者にどのような影響をもたらすことになるのだろうか。

しかもこれらは、企業の将来予測を左右する、ごく一部の変数にすぎない。不透明な状況の中、トラック、海運、倉庫、テクノロジーなど、サプライチェーン問題の緩和につながる投資を企業が躊躇している可能性は拭えない。

実際、企業はサプライチェーンの大混乱に直面しているにもかかわらず、経営層は問題解決の難しさとそれにかかる費用の大きさから、問題に正面から対処するのを躊躇している様子だ。

コンサルティング企業のアリックスパートナーズが最高経営責任者(CEO)3000人以上を対象に行った最近の調査では、サプライチェーン問題に対処するために長期的な行動を取っているという回答は半数に満たず、過半数が短期的な対策に頼っていると答えた。そして、どのような取り組みをしているかにかかわらず、自分たちの計画の有効性について懐疑的だとしたCEOが全体の4分の3以上に上った。