セレンディピティに気づく人と気づかない人の差

未来を計画したいという人間の願望

誰もが、自分の運命を決めるのは自分だと思いたがっている。

未来をコントロールしたい、胸に抱く目標や野心を遂げる方法を知りたいと願っている。要するに、人は計画を立てたいのだ。

 

この「未来を緻密に計画したい」という、人間が生まれ持ったような願望は、現代社会のあらゆる側面に表れている。

組織も政府も個人も、自らの立てた計画、戦略、目的に沿って動いている。目覚まし時計を設定するといったレベルから国政選挙の方法に至るまで、ルーチン、ルール、プロセスを定め、すべてを計画どおりに遂行しようとする。

だが、私たちは本当に人生をコントロールできているだろうか。どれだけ計画を立て、モデルや戦略をつくったとしても、そこにはつねに「予想外」という別の要素が絡んでくる。

予想もしていなかった出来事、偶然の出会い、一見奇妙な巡り合わせといったものは、人生における余興や雑音などではない。むしろ予想外は決定的要因として、私たちの人生と未来に大きな違いを生じさせることも多い。

あなたが既婚者なら、相手と出会ったのは「偶然」だろうか。新しい仕事や住まいを見つけたのも、未来の共同創業者や出資者と出会ったのも、また「偶然」だろうか。手近にあった雑誌を開いてみたら、抱えていた問題を解決するのに必要な情報が「たまたま」載っていたのだろうか。

大小さまざまなそうした出来事が、あなたの人生をどう変えただろう。すべてが事前の計画どおりにいっていたら、人生の展開はどう変わっていただろうか。

予想外の要因がどう転ぶかによって、戦争の勝敗、企業の盛衰、愛の行方が変わったりする。事業の成功、愛、喜び、信仰など、あなたが人生に求めるものが何であれ、そこには必ず偶然の出会いがある。

スポーツジムで誰かとばったり出会うといったごくありふれた出来事によって人生が変わることもある。

科学的研究という厳格な世界においてさえ、予想外は(ほぼ)つねに起きている。重大な科学的発見の30〜50%程度は、ある薬品がこぼれて別の薬品と混ざるといった、意図せざる偶然の結果生まれていることが研究によって示されている。

では成功は「運だけで」決まるのか。成功するか失敗するかは、私たち自身の行動とは無関係な偶然の産物なのか。

「fortune」という言葉が意味するもの

それも違うことを、私たちは直感的にわかっている。人生において重要な転機や人生を変えるようなチャンスは偶然訪れるように見えるが、他の人よりもそれが頻繁に巡ってくる人、そして結果的により多くの成功や喜びをつかむ人というのはたしかにいる。

これは今に始まったことではない。英語の「fortune」という言葉には、幸運と成功の両方の意味が含まれている。

「運は自ら切り拓くもの」「機を見るに敏」といった慣用句も、人生における成功を左右するのは純粋な運と努力の相互作用、すなわち両者の「シンセシス(統合)」である、という考えを映している。

これはどういうことだろう。好ましい偶然が他の人よりも頻繁に起こるように、それにふさわしい状況を自ら生み出せる人がいるのだろうか。そうした瞬間を発見し、つかみ、好ましい成果につなげる能力が高いのだろうか。

今の教育制度や働き方、生き方は、人生において最も重要なスキル、すなわち予想外の事態に対処し、「スマートラック(賢くたぐり寄せた幸運)」を生み出すのに役立つのだろうか。

本書のテーマは、偶然と人間の志や想像力の相互作用、すなわち「セレンディピティ」だ。セレンディピティを定義すると「予想外の事態での積極的な判断がもたらした、思いがけない幸運な結果」となる。

セレンディピティは世界を動かす隠れた力であり、日々のささやかな出来事から人生を変えるような事件、さらには世界を変えるような画期的発明の背後につねに潜んでいる。

しかし本書に登場する人々のように、この隠れた力の謎を解き、予想外を成功やプラスの力に転換するためのマインドセット(心構え)を身につけている人はごくわずかだ。

セレンディピティが単に私たちの身にふりかかる偶然ではなく、実は点と点を見つけ、つないでいくプロセスだと理解すると、他の人には越えがたい断絶しか見えないところに橋が見えてくる。するとセレンディピティが身のまわりで次々と起こるようになる。

この変化が起こると、予想外はもはや脅威ではなくなる。喜び、驚き、生きる意味の源泉となり、成功し続ける原動力となる。爬虫類脳のもたらす闘争・逃走反応で動いてきた世界は、今や恐怖を煽るポピュリズムや不確実性に支配されている。これまで慣れ親しんできたマインドセットや常識を当てはめようとしてもうまくいかない。

「セレンディピティ・マインドセット」とセレンディピティに適した状況を生み出す能力は、私たちや子供世代、そしてさまざまな組織にとって欠かせないライフスキルとなった。

人類にとって必要な進化

想像してみてほしい。恐怖や欠乏や嫉妬ではなく、好奇心、機会、連帯感に満ちた世界を。気候変動や社会格差といった途方もない課題に、私たちが大胆かつ実効性のある解決策で立ち向かう姿を。

変化の激しいこの時代に生まれる新たな問題の多くはあまりに複雑で、未来は予想外に左右される部分が大きくなる。

つまりセレンディピティ・マインドセットを身につけることは、個人にとって胸躍る対象を見つけ、生きがいを感じる契機となるだけでなく、人類にとって必要な進化なのだ。

セレンディピティへの関心は高く、何百万というウェブサイトが話題にしている。世界的な成功者にも、セレンディピティを成功の秘訣に挙げる人が多い。

だが自らの人生においてセレンディピティが生まれる状況を整えるための、具体的かつ科学的方法については驚くほど知られていない。また世界各地の異なるコンテクスト(状況、背景)において、それがどう変わるのかもほとんどわかっていない。

そうした知識の欠落を埋めるのが本書だ。

セレンディピティが生まれるメカニズムを解明する科学的研究と、世界各地で自分と周囲のためにセレンディピティを起こした人々の事例をもとに、みなさんの人生において幸運なサプライズがもっと頻繁に起こるようにして、そこからより良い結果を得られるようにするための理論的枠組みとトレーニングを提供する。

これはセレンディピティを能動的なものととらえる、いわば「スマートラック」の発想で、(金持ちの家に生まれるなど)努力とは無関係に訪れる「純粋な」幸運や運任せの姿勢とはまったく違う。

成功者が持つ似通ったパターン

たとえ予測するのは不可能でも、自分や周囲の人々の未来を自ら創造していきたいと思う人には、本書は大いに役立つだろう。幸運な(そして不運な)偶然を疑似的に生み出すことはできないが、どうすればそれを起こりやすくし、活用し、持続させることができるかを総合的に見ていく。

セレンディピティ・マインドセットは圧倒的な成功と幸福を手にした人々が、有意義に生きるための支えとしてきた人生哲学であると同時に、私たち1人ひとりが身につけることのできる実践的能力でもある。

本書は私自身がLSE、ハーバード大学、世界経済フォーラム、ストラスモア・ビジネススクール、世界銀行の同僚と行った研究に加えて、神経科学、心理学、経営学、芸術、物理学、化学における最新の研究の成果も活用している。

数百本の学術論文、世界各地の多様な人々との200件以上のインタビューや会話ももとにしている。さまざまな職業や社会的地位にある人々から直接聞いた魅力的な体験談も盛り込んでいる。

たとえば薬物依存症から立ち直り、今は南アフリカのケープタウンの貧困地域ケープフラッツで教師となっている人もいれば、ニューヨークの映画監督、ケニアの起業家、ロンドンのウェーター、ヒューストンの学生、さらには輝かしい成功を収めた世界的経営者もいる。

1人ひとりが予想外の事態を受け入れ、活かしていった状況は異なるが、これから見ていくとおりそこには非常に似通ったパターンがある。

誰よりも成功し、誰よりも幸せそうな人をインタビューすると、その多くは本能的に「セレンディピティ・フィールド」とでもいうべきフォースフィールド(力場)を生み出していた。

彼らが人生において、同じような条件でスタートした人々より好ましい成果を手に入れている原因はそこにあるようだった。

予測できない世界で幸せになる方法

今、私が何より幸せを感じるのは、2つのアイデアあるいは2つの人格が思いがけず出会ったときに飛び散る火花、つまりセレンディピティの喜びを目の当たりにしたときだ。

セレンディピティは私たちが内に秘めた本当の可能性を解き放つ手段であり、さまざまなペルソナ(人格)を獲得してさまざまな人生を歩むことのできるこの世界で、自分に何ができるか探究する手段でもある。

あらゆる人が「最高の自分」を見つけられるようにすること──。それがセレンディピティを生み出す最大の目的だ。

本書の目的は「予想外」に対してオープンな姿勢を身につけることだ。予想外への備えをして、先入観を排除すれば、(幸運か悪運かにかかわらず)運に振り回されなくなる。運は育み、方向性を与え、人生のツールとして活用できるものだ。