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企業の競争優位はカスタマーサービスで決まる

ダイソンの掃除機の取っ手にあるメッセージ

スマホを買い替えたがうまく設定できない、鉄道会社のオンライン予約を登録したいが設定できない……。誰もが普段の日常生活において、製品やサービスの不具合や使い方について、企業に問い合わせをした経験があるだろう。

近年デジタル化が進むなかで、多くの消費者が製品やサービスを購入する際につまずくようになった。また、ネットでの買い物が増え、実物を触ったり試したりしないまま購入手続きを進める人も増えた。

ところが、実物を確認していなかったために、届いた製品がイメージと違う、注文したものと異なる製品が届いた、代金を支払ったのに製品が届かないなど、トラブルに見舞われることも少なくない。

助けてもらおうとコールセンターに電話をすると、キーパッドであれこれ数字を選ぶように指示されたあげく、異様に待たされてしまう。ホームページ上にチャットで問い合わせができる機能を設けている企業もあるものの、大概がチャットボット(AI自動会話プログラム)を利用しているため、らちが明かない回答しか得られないことが多い。

このように、カスタマーサービスに満足できなかった、という体験は誰もが持っているだろう。こうした体験があると、消費者はその企業やブランドに対してどのような感情を抱き、その後どのような行動に移るだろうか。

企業の製品・サービスが一定水準に達してしまった今、消費者にファンになってもらい、消費者から選ばれる企業になれるかどうかは、カスタマーサービスがいかに優れているかにかかっている。カスタマーサービスは消費者にとって、困ったときに手を差し伸べてくれる存在なのである。

カスタマーサービスを充実させて、消費者のハートをつかんでいる企業の代表が、イギリス生まれの電気機器メーカー・ダイソンである。同社のコールセンターは、年末年始などの特別休暇を除いて年中無休で稼働しており、消費者からの問い合わせに即座に対応し、問題解決に向けて尽力している。

主力製品である掃除機の取っ手部分には、コールセンターの番号とともに「話そうDyson 買う前も買った後も」というフレンドリーなメッセージが記載されていることからも、同社の消費者に対する姿勢がうかがえる。

また、アメリカのアウトドアブランド・パタゴニアは、販売後のカスタマーサービスを重視している。同社は環境保護を企業理念に掲げていることで有名だが、最近ではウェアの修理サービスにも力を注いでいる。その結果、高価格帯の商品の売れ行きが伸びたという。

このように、優れた企業はカスタマーサービスに力を入れ始めており、それが収益や市場シェアの拡大につながっている。

アメリカのテクノロジー企業・アマゾンは、「地球上で最もお客様を大切にする」と宣言して成功した。彼らがカスタマーサービスにかけた情熱と、それがいかにアマゾンの競争優位性を作ったかを再認識すれば、本記事のタイトルの意味をわかっていただけるだろう。

カスタマーサービスをめぐる誤解

カスタマーサービスと聞くと、それが企業の競争力になると連想する人はまだ少ないかもしれない。昨今CX(カスタマーエクスペリエンス)やDX(デジタルトランスフォーメーション)というワードが飛び交うなかで、カスタマーサービスにつきまとうイメージはいまだにコストセンターであり、必要だが真の競争力にはならないという程度ではないだろうか。

もっといえば、配属先がカスタマーサービスになった社員のなかには「自分は左遷された」と感じてしまう人が少なくない。花形はマーケティングや営業企画というイメージをなかなか払拭できないでいる。

今や製品やサービス自体では差別化できない時代、顧客との接点こそが企業の競争力を決める時代に突入している。しかしその一方で、カスタマーサービスの現場に出向くと、デジタル化の名の下に、効率化によるコスト削減が先行していることに気づかされる。

経営からのメッセージである「デジタル時代への対応」は、いつの間にか有人対応を可能な限り排除して、自動化による無人対応を増やす方向にシフトしている。カスタマーサービスを競争優位性の柱として再定義するという議論もなく、顧客視点の経営課題がいつしかしぼんでしまっているのが実態ではないだろうか。

最近では、カスタマーサービスを電話対応からチャットやチャットボットへ転換する企業が珍しくないが、デジタル化を単なる効率化だけに終わらせないために、「顧客起点の企業変革」について再考してみたい。

ジョブズは早くから注目していた

「カスタマーサービスこそが経営の中核にあるべきだ」と説いた経営者がいる。アップルの創業メンバー、スティーブ・ジョブズだ。あまり知られていない事実だが、1997年にアップルに復帰し、CEOに返り咲いたジョブズが描いた成長戦略の三本柱の1つが「カスタマーサービス」である。

ジョブズは、プロダクトデザインとマーケティングではもはや勝てないと悟り、カスタマーサービスを3本目の柱に位置づけ、それが最も重要な要素だと、1999年頃に全従業員にあてたメールで訴えている。カスタマーサービスが最もチャレンジングな(難しい)領域だと忠告しているのは、過去の苦い失敗の経験からくるものだろう。

ジョブズのカスタマーサービス戦略は、その後、電子製品である前にツール性を重視し不要な機能を排除したiPadやiPhoneなどの直観的デザイン、有償サポートのアップルケア・プロテクションプラン、そして世界の各都市に展開されたアップルストアにおいて具現化されていく。

特にアップルストアは、多くの企業が商品を販売する目的で店舗をデザインするのに対して、ユーザーのCXが始まる場所だと位置づけられている。アップルが今日の地位を築けた理由は、ジョブズが復帰後に提唱した顧客戦略とタッチポイントの強化にあるのは間違いない。

ちなみに、アマゾンの創業は1993年であるが、その数年後にはアメリカの大学のマネジメントスクールで、スターバックスなどと並んでアマゾンがCXのケーススタディーとして取り上げられていた。ジョブズもサービス強化については、焦っていたのかもしれない。

ジョブズがめざしたカスタマーサービスと、一般的に理解されているカスタマーサービスとは戦略性が大きく異なる。多くの企業はカスタマーサービスを一部門の業務として捉えがちだが、ジョブズはアップル全体の企業戦略としてカスタマーサービスを位置づけて、全部門とすべての社員にその重要性を訴えている。

ジョブズのめざすカスタマーサービスは製品デザインに始まり、マーケティング、顧客への教育的なプログラム、そしてトラブルや疑問に応えるサポートまで、事業活動のあらゆる側面を顧客視点で捉え直すという、CXの概念に基づいている。

「グッドマンの法則」で知られる経営コンサルタントのジョン・グッドマンは、カスタマーサービスを一部門の仕事ではなく、企業の戦略的な活動として位置づけ、収益との関係性を説いた。

グッドマンは1970年代以降、ホワイトハウスからの委託調査において、100社以上の企業とそのCXを分析することで、カスタマーサービスやCXの概念を実践可能なモデルへと体系化させていた。

グッドマンのモデルは、すでにフォーチュン100社中の半数近くの企業で採用されているが、そのマネジメントフレームワークは今でも健在だ。

実際、2021年のアメリカ企業ブランドランキングで「最優秀」評価を受けたファストフードチェーンのチックフィレと、ペット用品チェーンのペットスマートは、グッドマンの理論を実践することで、この10年間で急成長を遂げた。

いずれも共通点は、カスタマーサービスを企業全体の競争力として最優位に位置づけ、テクノロジーと人材の融合的なサービスシステムを構築した点にあるだろう。筆者はアメリカでこれらの企業を視察し、経営幹部にインタビューしたが、サービスへ重点投資をしたことで、高収益モデルを実現したことがわかった。

顧客の苦情を待たずに企業は能動的に行動せよ

グッドマンが1970年代から提唱したサービスモデルの特徴は、企業の顧客ベース全体を視野に入れて、サービスのあるべき姿をモデル化した点だ。

カスタマーサービスというと、コールセンターをイメージする方が多いと思うが、その利用者は顧客ベース全体の一部にとどまる。実際にコールセンターを利用する顧客は全体の2~3割にすぎない。

つまり、多くの消費者や顧客はトラブルや疑問があってもわざわざ問い合わせてこない。それどころか、問い合わせようとしてもコールセンターにつながらないなどの障壁があると、あきらめてしまう。結果的に、嫌な体験をした顧客は、何も言わずに黙ってほかのブランドにスイッチしてしまう可能性が高くなる。

カスタマーサービスは、顧客が問い合わせてくることを前提にするのではなく、顧客のトラブルを理解して、企業側から能動的、予知的にアプローチする必要がある。

戦略的カスタマーサービスで成功したフェデックス

物流世界最大手のフェデックスは、配送上のトラブルが発生して約束の時間に荷物を届けられないと判断した時点から、その配送データを自社のコンタクトセンターを通じて、届け先に通知する仕組みを構築した。トラブルが発生した時点から事態をコントロールし、できるだけ早期に解決策を顧客に提示するという能動的なサービスは、業界初の試みだった。

こうした能動的なサービスを可能にするには、配送業務システムとCRMの連携、SMSを使った顧客とのコミュニケーション、ウェブとナレッジシステムを使って顧客にトラブルの発生を伝え、解決策を提示するという複数のテクノロジーを効果的に組み合わせて、一連の流れを効果的にプログラム化する必要がある。

フェデックスの成功要因は、テクノロジーを先に考えるよりも、顧客にどのようなサービス環境を提供したいのかを先に考えたうえで、テクノロジーを応用したことにある。

配送の遅延に対してほとんどの顧客は、困っても苦情を申し出ることはないかもしれない。しかし、ブランドに対する消費者や法人企業の不安は残り、それはやがてブランド力の低下につながる。

フェデックスのようにサービスを戦略的に捉えてきた企業は、まずCXを徹底的に理解したうえで、サービスやそのデジタル化への投資を惜しまない。配送遅延で苦情を問い合わせてきた顧客に対応すれば解決するのではなく、不満でも問い合わせてこない顧客(サイレントカスタマー)の存在を意識して、能動的なサービスをデザインする必要がある。

実はフェデックス社内でも、この取り組みの有効性については相当の社内論議があったという。最終的には担当チームがグッドマンの理論を使って経営陣を説得し、業界で先陣を切って着手したようだ。数年後にはライバル企業も同様のサービスを手がけることになった。物流サービスは日進月歩で進化している。

アップルやフェデックスの事例は、ほんの一部にすぎない。もはや、CXが強くない企業、サービスが弱い企業は、消費者や顧客から見放される時代だ。

以上、カスタマーサービスの戦略的重要性をご理解いただきたく、世界の代表的な企業の事例を紹介した。CXやDXにシフトする企業が増えているが、テクノロジーがすべてを自動で解決してくれるわけではない。その前に「顧客をどのようにもてなすか」を決める必要がある。御社が競争優位を確保するためにも、カスタマーサービスをおろそかにしてはいけない。