今さら聞けない「メタバース」が騒がれている理由

この数カ月の間に、私たちは新たなトレンドやテクノロジーについてよく耳にするようになった。注目すべきは、「NFT(Non Fungible Token:非代替性トークン)」と「メタバース」は次にくる大きな影響をもたらす技術であり、もしかすると、画期的なビジネス革命となるかもしれないと考えられていることだ。

確かに現段階ではメタバースやNFTが、これまでの技術と同様に変化や価値を生む出すものか判断するのは難しい。そして、何かにおいて先駆者であることは不安や困難を伴う。が、新技術やトレンドにおいては、追う立場になる方が事業撤退などさらなる困難に見舞われる可能性がある。

ついにネットに「入っていく」時代に

そこで本稿では、メタバースとNFTがどのように新たなビジネスモデルを形成し、既存のビジネスプロセスに組み込まれていくのかについて考察したい。

まずメタバースとは、NFTとは何だろうか。

メタバースとは、ネット上の仮想現実のことであり、人とネットとのコミュニケーションが進化した形と考えていい。ここへ来るまではいくつかの段階があった。

ネットが普及し始めた頃、私たちはパソコンからしかネットにアクセスできなかった。ネットをデータベースのように使うのが主流で、当時の多くのビジネスモデルは、情報の共有と検索(例:グーグル)に重点を置いていた。

その後、携帯電話が登場し、ネットをつねに「持ち歩く」ことができるようになると、企業はアプリと呼ばれる全く新しいビジネスモデルを開発できるようになった。当時開発の重点は利便性に置かれており、私たちは電話で食事やタクシー、商品の注文ができ、チャットで友人とコミュニケーションが取れるようになったわけだ。

メタバースはそこからさらに一歩進んでいる。メタバースの世界では、私たちはネットをつねに持ち歩くだけでなく、その中に「入っていく」のだ。ネットは、データベースや便利なツールといった存在から、体験の世界へと変貌を遂げるのである。

メタバースとは、たんに商品や情報を購入できるネット上のプラットフォームではなく、モノ(商品)や人を、3D(3次元)で体験できる仮想世界のことを指す。ゲームをしないビデオゲームのようなものと言っていいだろう。フェイスブックからメタに社名を変更した同社マーク・ザッカーバーグCEOは、メタバースを「身体化されたインターネット(embodied internet)」とも表現している。

メタバースという考え方は、完全に新しいものではない。ビジュアルが素晴らしいゲームの多くは、メタバースのプラットフォームを使用している。自分自身のアバターを作って、第二の人生を築くことができる「セカンドライフ(Second Life)」もメタバースの1つだ。

さらに、近年は「Decentraland(ディセントラランド)」「Sandbox(サンドボックス)」「Superworld(スーパーワールド)」といったメタバース・プラットフォームが力をつけている。

持っているだけで意味があるもの

メタバースの特徴の1つは、仮想空間上でデジタル商品を売買できることである。こうしたデジタル商品は「NFT」と呼ばれている。

NFTは仮想世界上にしか存在しないが、通常の有形の商品と同様に取引可能で、Ginco創業者の森川夢佑斗氏の記事「デジタル画像が数億円!『NFTバブル』本当の正体」は、これを理解するために、「利用価値」と「所有価値」を区別している。

「利用価値」とは、購入した商品を利用することによって、購入者にもたらされる利益のこと。例えば、東京に土地を買えば、その敷地に家を建てることも、売ることも、庭をつくることも可能で、利用価値があることは明らかだ。

一方、「所有価値」とは、主にモノを所有することに主眼を置いた価値観を指す。その最たる例が、美術品を買う(所有する)こと。例えば、非常に価値がある絵画を購入したとしても、セキュリティのためその絵を飾らずに、安全な場所に保管するとする。つまり購入者はこの絵画を実際に使用するわけではないが、この絵画は自分が所有しているからこそ価値があるのだと思っている。NFTもこのような感覚で、使うことよりも所有することに価値があるという考え方だ。

では、こうした技術がなぜ重要なになるのだろうか。

2022年の現在、メタバースやNFTはまだ主流の技術ではない。今までのゲームやセカンドライフのプラットフォームの利用は一部の人にかぎられている。実際、メタバースが普及するための最大の課題の1つは、一般の人々が簡単にアクセスできるインターフェイスを構築することだ。だが、これらに関連する新たな技術の開発は、パンデミックによって加速している。

こうした状況を見据えて、フェイスブックは昨年、企業名をメタに変更。NFTの取引高は急増しており、2020年は9490万ドルだったが、2021年には249億ドルにまで膨らんでいる。

ソウル市は市ごとメタバース化を目指す

こうした中、大手を中心にすでにメタバースの利用や参入に動き出している例も見られる。上述の大手プラットフォームを利用しているところもある一方、企業が自ら消費者などとインタラクトできる独自プラットフォーム構築を目指す動きもある。

以下はその例だ。

・2022年1月、韓国のサムスン電子はディセントラランド上で新たな仮想世界を立ち上げた。同社のメタバース上の店舗は、実際のニューヨークの旗艦店をモデルにしており、訪問者はメタバース内にある劇場や、そこにある「サステイナブル・フォレスト」を見学することが可能だ。

・ソウル特別市は世界主要都市として初めてメタバースに参入すると発表し、独自のメタバースを構築中である。完成すれば、現在市役所の窓口でのみ対応している市民からの苦情や相談などを、メタバース上でアバター職員が対応できるようになる。

・百貨店の三越伊勢丹は、伊勢丹新宿本店の雰囲気を味わいながら、いつでも好きな時に買い物ができる仮想店舗「REV WORLDS(レヴワールズ)」を、仮想新宿にオープン。デパ地下グルメから、ファッション、ギフトまでさまざまなショップが入店し、利用者はオンライン上で実際に商品を購入可能だ。

音楽業界でもメタバースの利用は盛んになっている。例えば、少女時代などが所属する韓国エンタメ大手SMエンターテインメントは昨年、メタバース構想を含めた経営戦略を発表、昨年デビューした「aespa(エスパ)」のメンバーにはそれぞれアバターがおり、メタバース上でも活動している。

また、BTSが所属するHYBEや、BLACKPINKを擁するYGエンターテインメントなど韓国大手芸能事務所3社ととソフトバンクは昨年12月、韓国ネイバーの子会社が運営するメタバース・プラットフォーム「ZEPETO(ゼペット」に170億円を出資、世界で2億5000万人の顧客獲得を目指すとしている。ゼペットでは、BLACKPINKのほか、ITZY、SF9はすでにゼペットを通じてファン交流を行っている。

美術館はメタバースを利用するメリット大きい?

公的機関もメタバースへの参入に意欲を見せている。ロシアのサンクトペテルブルクにある国立エルミタージュ美術館の現代美術部門の責任者であるドミトリー・オゼルコフ氏は、近いうちにすべての美術館が、各自のメタバースを持つようになると予測している。

同氏は、2021年11月に開幕したエルミタージュ美術館初のバーチャル展覧会のキュレーターを務めており、このバーチャル展覧会では、デジタルアート作品をNFTという形で展示している。

有形商品を販売する企業であっても(たとえそれが信じがたいことに思えたとしても)、メタバースで成功することは可能だ。実際、メタバースでしか売れないアイテムを販売し、成功する例も少なくない。コカ・コーラが昨年7月にNFTのコレクターズアイテムを制作し、メタバースオークションで販売したのは最も有名な例だ。また、高級ブランドのグッチは、ロブロックスで仮想バッグのオークションを行い、リアル店舗で販売する有形のバッグよりも高い売り上げを達成している。

メタバースは大企業だけのものではない。プロデューサーや開発者、アーティストがメタバース上で直接商品を販売することも可能だ。特にデジタルアーティストは、NFTマーケットプレイス「OpenSea」のようなプラットフォームを利用して、コレクターに自分の作品を販売することで、収益性の高い直接的な販売方法を見つけることができる。

マーケティング手法もメタバース用に新たに開発されている。アメリカのファストフードチェーン、ウェンディーズは、ブランドのマスコットに似たキャラクター(アバター)を制作し、フォートナイトなど有名なオンラインゲームに参入。アバターの冒険はライブ配信され、何十万人もが固唾を飲んで戦いを見守った。

また、ファッション企業も若年層を取り込むためにゲームの世界に参入している。例えば、バレンシアガはフォートナイトとコラボし、ゲームのキャラクターにバレンシアガの服を着せた。バーバリーは、中国のモバイルゲーム「王者栄耀(伝説対決)」とコラボし、ゲームのプレイヤーにバーバリーの衣装を提供した。

パンデミック発生以降、多くの企業がテレワークや在宅勤務を実施している。実際、Zoomのようなサービスを利用すれば、自宅にかかわらず、世界中どこで仕事をしていてもお互いにコミュニケーションをとることが可能だ。が、一方でZoom疲れを起こしている人がいるのも事実だろう。

こうした中、自らも仮想空間を手がけるアメリカのスタートアップ、スパーティアルは会議をZoomからメタバースに移行し、チームが仮想空間でオンラインミーティングをできるようにした。この仮想空間では、オフィスの雰囲気を再現したり、オンラインで独自の新たな拠点を開発することも可能だ。

メタバースは企業にどんな価値を生み出すのか

ここまで紹介した例は、メタバースが新たなビジネスモデルや顧客体験を生み出すための無数の道を開いていることを示している。では、今メタバースは、あなたのビジネスにどのような価値を生み出すことができるだろうか。

第1に、メタバースによって、企業はより価値ある、人々の記憶に残る、そしてインタラクティブな顧客体験を実現することができる。新規顧客(ゲーマーなど)に対応し、長期的な顧客関係を構築することが可能となる。また、従業員との関係のおいてもメタバースを利用することで、従業員同士のコミュニケーションをより円滑にすることもできるだろう。

第2に、メタバースは没入型の顧客体験を可能にするとともに、新たな(そしておそらくデジタルな)商品やサービスの開発を可能にする。メタバース内のショッピングセンターでのショッピング、コンサート、ファンイベント、そして美術館を訪れる体験は、「リアル」な体験ではないかもしれないが、自宅のソファに座っていても楽しむことが可能だ。

そして最後に、遠くない将来3Dアニメーションが主流となり、商品を見るためにスクロールしなければならないようなホームページは、単に古くさいと思われるようになるだろうと、筆者は考えている。私たちが今知っているネットが、今後「かっこ悪い」「古くさい」と思われるようになれば、遅かれ早かれ多くの企業がメタバースに参入せざるをえなくなるだろう。