目の前の問題しか見えない人と先を読む人の大差

「専門家は、自分たちの専門分野とその周辺領域に限定されて思考しがちだ。ある問題を解決しても、全体を解決することはできない」――このバーバラ・マクリントック(米・細胞遺伝学者)の言葉は、目の前の問題の解決が長期的にはプラスにならないケースを指摘しています。

この短絡的思考の落とし穴を防ぐのが「二次的思考法」。先の先を考え、物事を全体的な視点から捉える考え方です。自分の行動とその結果だけでなく、「その結果がもたらす影響」を考慮することで、より長期的な成果につなげる思考パターンです。

コブラ対策が「コブラ養殖」を生んだ

ある行為の結果からその第2段階として発生する影響は、手遅れになるまで考慮されないことが多く、「意図しない結果の法則」と呼ばれます。歴史を振り返れば、おびただしい数の「意図しない結果」に遭遇します。

インドを植民地支配していたイギリス政府は、デリーに猛毒のコブラが増えていることを問題視していました。そこで毒蛇を減らすため、死んだ蛇を当局に持ち込むと報奨金を与えることに。

この政策が始まると、インドの人々はせっせと蛇を飼育して殺し、役所に持ち込むようになります。イギリス政府高官に「二次的思考」の視点が欠けていたために、毒蛇問題はそれを解決するはずの報奨制度によって悪化してしまったのです。

何十年にもわたり食肉を安全で安価にするために家畜に抗生物質を与え続けてきたことも、二次的思考の欠如が要因です。「抗生物質を与え続けるとどうなるか」という視点が抜け落ちた結果、抗生物質に耐性を持つバクテリアが誕生しています。

カリフォルニア大学の生態学者ギャレット・ハーディンは、「私たちは何かひとつのことだけをやるわけにはいかない」とする「生態学の第一法則」を提唱しています。私たちが生きている世界は網の目のように複数の関係が重なり合っている。それを踏まえて、ハーディンは「『影響の影響』を考慮しないならば、それは何も考えていないのと一緒だ」と示しました。目先の利益を追い求めても、長い目で見ればそれに見合わない損失を被ることも多いのです。

どちらを選んでも損する二択問題

紀元前48年、エジプトのクレオパトラはある問題に直面していました。

兄弟同士が殺し合うことで有名な一族にあって弟と共同統治者だった彼女は、宮殿から追い出されて砂漠で野営を余儀なくされます。どうやって弟に反撃するか、見通しの立たない状況にいました。

クレオパトラはエジプトの女王という身分ですが、民衆が喜ばない政策を行い続けていたため不人気で、弟は彼女を暗殺する正当な理由を手にしています。

時を同じくして、ローマの名将シーザーがエジプトに到着します。自分が地中海世界の覇権を握っていることをエジプト人たちに思い知らせるためです。エジプトは肥沃な土地を有する、ローマ人にとって重要性の高い土地。しかし、エジプトの民衆はローマ進出に反感を覚え、現地では非常に悪評を呼んでいました。

クレオパトラは生き延びるため、決断を迫られます。

弟との関係を修復するべきか? それともシーザーと手を組むべきか?

アメリカのノンフィクション作家ステイシー・シフによると、クレオパトラはどちらを選んでも損をする状況でした。

「ある勢力を満足させると、別の勢力に不満を抱かせることになる。ローマに逆らえば介入を招き、ローマに弱腰だと民衆の暴動が起きる」

この状況下で、クレオパトラは自分の選択の二次的な影響を考える必要がありました。短期的な利益、つまり弟との和解を選択すれば、宮殿には戻れるかもしれませんが、ゆくゆく処刑される危険があります。実際、彼女の親族の多くがすでに処刑されていました。

生き残りと王位の保持、そして将来も王位に留まり続けるためにクレオパトラが下した結論、それはシーザーと同盟を組むことでした。

彼女は、この決断がもたらす一次的な効果がどのようなものかを知っていたとされています。怒った弟は彼女を殺そうと陰謀を企てるし、ローマの干渉を望まないエジプトの民を怒らせると。

「今の満足」を見逃す勇気を持つ

クレオパトラは、この決断は短期的には痛みを伴うと予想し、実際その通りになります。内戦が始まり、彼女とシーザーは何カ月にもわたって包囲されることに。クレオパトラは弟による暗殺の企てに対しても常に警戒しなければなりません。

では、なぜ彼女はシーザーとの同盟を選んだのか? クレオパトラがその後何年にもわたってエジプトを治めていたことを考えると、彼女の決断は「効果の効果」まで見極めたものだったと推測されます。もしクレオパトラが当面の難局をなんとか乗り越えることができれば、シーザーやローマの支援を得たほうが、そうでない場合、つまりローマを敵に回す場合よりもエジプトのリーダーとして長期間成功する可能性がはるかに高いからです。

二次的な結果を意識してそれを意思決定の指針とすることで、長期的な成功の確率は高まります。今の時点で満足を得ようとしない。そうすれば、クレオパトラが自身の処刑を回避したように、目先の欲望のままに行動して起きた混乱に対処する必要もなくなる、というわけです。

二次的思考の副産物として、「自分の主張に説得力が増す」効果もあります。

自分の考えや意見を主張する際、二次的な効果を考慮していることを示すことで、より説得力が強くなる。18世紀のイギリス世論を動かした二次的思考の例を見てみましょう。

18世紀末のイギリスでは、女性の権利はほとんど認められていませんでした。哲学者メアリ・ウルストンクラフトは、権利がないために女性の自立や生き方の選択が制限されている状況に不満を抱きます。

人は「先を読んだ主張」に納得しやすい

しかし、彼女は「なぜ女性が権利を得るべきか」を主張しませんでした。そうしたところで世間の共感と理解は得られない。「女性の権利獲得がもたらす価値」を示すべきだと考えたのです。

ウルストンクラフトは、その権利によって実現する社会的な利益を説きます。女性が教育を受けることで、自立したよい妻、よりよい母となり、賢くてお行儀のいい子どもを育てられる、それが社会公益のプラスになると主張したのです。

ウルストンクラフトにとって、女性の力や可能性を引き出すのは女性に権利はあると認めることの一次的な効果でした。しかし、そう主張するだけでは男性主義の世界は動きません。それが社会にもたらす作用、つまり二次的な効果についての議論を展開することで世論を動かし、ウルストンクラフトは現在のフェミニズムの先駆者となったのです。

意思決定の際にそこから生まれる結果を先読みして考えることで、将来問題が起きる可能性を下げられることを歴史は示しています。

何かの問題に直面したら、自分が持っている情報をもとに先の先の結果まで検討する。異なるさまざまな可能性を検討することこそが、「考える」ということといえます。私たちは、自分自身に向かって「その先はどうなるだろう?」と問いかけるのが大事なのではないでしょうか。