日本の問題をはき違えている「財務省」の大きな罪

かたくなに主張を改めようとしなかった

仮に財務省の警告が正しければ、それは国益のためだったと言えるだろう。しかし現実には、財務省は何度も間違ってきたし、かたくなに主張を改めようとしなかった。公平のために言うと、確かに財務省の見解は多くの高名なエコノミストの間でも共有されている。2012年にはエコノミスト2人が、財政緊縮策を実施しなければ、2020年から2023年までの間に国債の暴落が起こると予測していた。

1990年代半ば、財務省は橋本龍太郎首相を説得して消費税を3%から5%に引き上げさせた。引き上げ幅は健全な経済状態では問題にならないほど小さかったが、不良債権の肥大化により日本の体力が低下しているというアメリカ政府の指摘が無視されていた。

案の定、1997年4月の増税により、日本経済は深刻な不況に陥り、銀行危機はさらに拡大し、不況はさらに深刻化した。1998年3月、ロバート・ルービン財務長官が宮沢喜一蔵相との私的な会談で3%への引き下げを求めたところ、加藤紘一自民党幹事長が怒りを露わにした。「消費税導入のためにどれだけの首相が犠牲になったか……この発言は非常に不愉快だ」。

その数カ月後、参議院選挙で自民党が予想外の敗北を喫し、橋本首相は辞任せざるをえなくなり、犠牲者に名を連ねた。財務省もまた、予算と銀行債務に関する失敗で罰せられた。野党が参議院を制していたため、政府は野党の銀行救済への同意を得るために、銀行問題に関する財務省の介入を廃止することを黙認しなければならなかったのである。

そして、2010年には菅直人首相率いる民主党政権が誕生した。民主党政権を揺るぎないものにするには、夏の参議院選挙に勝てばよかった。しかし、財務省は菅首相に対し、消費税の再増税を実施しなければ、当時のヨーロッパのような債務危機に陥る可能性があると説得していた。

実際には、ヨーロッパで資本逃避に見舞われたのは、国内の政府債務と多額の対外債務を併せ持つ「双子の赤字」の国だけだった。日本のように、国内債務は多いが対外債務は少なく、むしろ黒字の国には、危機は訪れなかったのである。

それにもかかわらず、財務省の脅し文句に乗せられて、菅首相は増税を選挙の目玉にしてしまった。これでは民主党が負けるのも無理はない。そして2012年、衆議院選挙の数カ月前に、菅氏の民主党の後継者は、2015年までに消費税を10%に倍増させる法律を可決した。

当然のことながら、民主党は大敗し、自民党が政権に返り咲いたのである。2014年の第1段階の増税後に経済が落ち込むと、安倍晋三首相は財務省に反抗して第2段階の増税を数年遅らせた。

元首相以外の財務省の「犠牲者」

財務省の間違ったアドバイスによる他の犠牲者は、日本国債の価格暴落に何度も賭けて、何度も大きな損失を出した投資家たちである。大損をする投資は「ウィドウ・メーカー」と呼ばれるが、日本国債の暴落に"賭ける"ことは、この時代の最大のウィドウ・メーカーの1つである。

景気後退を避けるために繰り返される財政出動に経済が過度に依存するようになると、財務省は思うような財政緊縮ができなくなった。それでも、多くの人が思っている以上に歳出削減は特に高齢者にとって厳しいものだった。

財務省は、今のままでは高齢化が進むにつれ、社会保障費や医療費などの支出がGDPに占める割合が大きくなっていくと主張している。しかし、数字のうえではそうではない。高齢者への支出はたしかに増加し、2013年には対GDP比12.5%でピークに達した。だがその後、これは横ばいになり、2019年には12.4%になっている。

これはどのようにして起こったのか。プリンストン大学経済学部のマーク・バンバ教授と、コロンビア大学経済学部のデビッド・ワインスタイン教授による指摘どおり、高齢者の数が増えたにもかかわらず、財務省は高齢者1人当たりの支出を大幅に削減することを推し進めた。結果、高齢者1人当たりの社会保障費は、1996年のピーク時には192万円だったのが、2019年には149万円と5分の1にまで激減している。

医療費はどうか。1999年のピーク時には高齢者1人当たり52万円だったのが、2019年には44万円とこちらも、15%削減された。

これらの削減は、65歳以上の1人暮らしの女性の貧困率が50%近くにまで上昇した理由の1つだ。また、2018年には、主に3000円相当の万引きの疑いで4万5000人の高齢者が逮捕されており(1989年は7000人だった)、多くは収監されないが、刑務所に入る人の3分の1以上は60歳以上が占めている(1960年には全体の5%だった)。多くは1年ほど刑務所で過ごした後、解放されるが、その後同じ罪で再び刑務所に戻る。刑務所には温かいご飯、ベッド、医療があって、仲間がいるからだ。

教育や保育への支出が削減される

こうした削減が続くと、GDPに占める高齢者向け支出の割合が実際には減少する可能性がある。それは、高齢者の増加が横ばいになっているからだ。

1994年から2019年にかけて、高齢者の数は1760万人から3550万人へと倍増している。が、公式予測では、今後は非常に緩やかなペースで増加する見通しで、2030年には3720万人にとどまり、2043年には3940万人でピークに達した後、再び減少に転じるという。さらに、バンバ教授とワインスタイン教授が指摘するように、高齢者の増加は若年層の大幅な減少によって相殺され、これは教育や保育への支出減につながる。

だが、こうした事実があってもなお、財務省は同じ主張を繰り返している。財務省は2021年度版『日本の財政関係資料』の中で、IMFの調査結果を援用しているが、その内容は次のようなものだった。

「マクロ財政見通しに高齢化に伴う歳出増を織り込み、継続的に評価することは重要。スタッフによるシナリオは、高齢化に伴う歳出増を賄うためには、消費税率を段階的に2030年までに15%、2050年までに20%に引き上げる必要があると示唆(OECD平均の19%と比較して)。(中略)年金、医療、介護支出の主たる変化がなければ、財政の持続可能性は手の届かないものであり続ける可能性」

こうした状況に対し、財務省はシンプルで、一見もっともらしい答えを出している。肥大化を続ける債務残高(対GDP比)を見よ。これが永遠に続くはずがない。強力な対策を講じなければ、ある日突然、投資家が一斉に日本国債を売却するのは避けられないだろう、と。

問題は、財務省が言及しているのは「総」債務残高であり、確かに1990年にはGDPの70%だったものが、2020年には237%にまで増加している(主に日本国債)。しかし、この数字には、ある政府機関が別の政府機関に対して負っている債務が含まれているため、意味がない。日本銀行のような政府機関が日本国債を捨てる兆しもない。

重要なのは「純」債務残高、つまり民間投資家に対して負っている債務であり、2013年に黒田東彦氏が日銀総裁に就任して以来、実際には縮小している。デフレ対策の名目で、日銀は日本国債を大量に購入した。

デフレ脱却の音頭のもと、日銀は国債の約半分、GDPの94%に相当する額を購入した。これは、2012年から18%の増加だ。一方で、個人投資家などを中心とする日銀以外の者が保有する日本国債は、2012年にはGDPの145%だったのが、現在は103%にまで落ち込んでいる。

加えて、国債危機の真の引き金となるのは、債務残高そのものではない。政府が利子を払えなくなったときに起こるのだ。日本にはそのような問題はない。2021年には、日銀がマイナス金利政策を実施したため、利払いはGDPのわずか0.4%にまで減少した。個人投資家への負債額と利払い額の両方が今よりはるかに大きかったときには日本は危機に陥らなかったのに、なぜ今になって危機に陥るというのか。

「低金利は永遠に続かない」は本当か

財務省の答えはこうだ。低金利は永遠には続かない。危機が訪れるのは、必然的に金利が上昇したときである、と。これももっともらしく聞こえるが、日本の過去に即していない。日銀は自由にインフレを起こせないことを証明したが、これまで四半世紀以上にわたって行ってきたように、超低金利を維持することはできる。

日本は世界から借金する必要がないので、金利をコントロールすることができる。はたして、日銀は、必要に応じて市中に資金を流し続ける代わりに、わざわざ金融の大混乱を招くだろうか?

もちろん、日本の慢性的な赤字は悪影響を及ぼす。しかし、その所産は日本国債の暴落ではなく、経済のゆっくりとした腐食が続くことである。診断が違えば、処方箋も大きく異なってくる。

第1に、財政赤字そのものは日本経済の不調の原因ではなく、むしろ民間需要の弱さを示す症状である。そのため、第一に優先すべきは、実質賃金の低迷や企業の資金繰りなど、需要低迷の根本原因を解決することだ。

第2に、課税ベースを拡大するために、税や支出などの政策の足並みを成長とそろえる必要がある。国によっては消費税課税が適切だが、日本はそのような国ではない。なぜなら、ただでさえ弱い消費者の需要をさらに弱めてしまうからだ。

ほかにより適した税目がある。支出面では、河川敷を舗装したり、ゾンビ企業に信用保証を提供したりすることは、成長を阻害するだけでなく、税金が無駄遣いされるだけだと国民にあらゆる増税に対する不信感を抱かせる。

超金利が長引く意味

最後に、慢性的な赤字は、日銀に超低金利政策を維持するよう、さらなる圧力をかける。今は必要があるが、際限なく長引かせれば経済基盤を弱体化させる。例えば現在、銀行融資の36%が0.5%未満、17%が0.25%未満の金利である。このような無視できるほどわずかな金利が、ゾンビ企業の事業を継続し、他の健全な企業に打撃を与え、結果としてGDP成長率の足を引っ張ることになるのだ。

かつて、高齢者における収入の大部分は預金金利が占めていた。今は違う。1000万円を1~2年の定期預金に預けると、利息はわずか1000円で、チェーン店でカプチーノを2杯飲むのがやっとだ。退職者の家計支出の40%が貯蓄の取り崩しによるものだというのもうなずける。多くの人は、寿命を迎える前に貯金を使い果たしてしまうだろう。

成長率の向上だけで政府債務の対GDP比が安定するわけではないが、問題ははるかに管理しやすくなる。一方で、構造改革を伴わない増税や歳出削減は、成長を妨げることになるだけた。