「ミスに厳しい職場ほどミスが多い」のはなぜか

「石の上にも三年」という言葉は死語になり、近年は新入社員の3割が3年以内に辞める時代です。なんと最近では、入社1カ月で辞める人も後を絶たないようです。いったい何が原因なのでしょう。

入社後すぐ辞めた理由で最多だったのは…

2021年12月7日、転職支援サービスのビズヒッツ(三重県鈴鹿市)が、入社後すぐ(1カ月以内)に転職した経験を持つ383人を対象に行った、「入社後すぐに転職した理由ランキング」を発表しました。

この結果で断トツ1位になったのは「人間関係への不満」でした。「社員同士がギスギスしていた」「上司が体育会系のノリで合わなかった」「経営者の態度が傲慢だった」など、その背景はさまざまです。

この状況に頭を抱えているのが、現場のリーダーです。自分ではどうすることもできない「職場の人間関係」ですが、その改善のためにリーダーができることとは何でしょうか。

職場の人間関係を改善するために必要なものとして、近年、特に注目されているのが、「心理的安全性」です。他人と自然に話せて、メンバー全員が想定外の事実や異論を冷静に受け入れられる。そんな場づくりが、対立のない人間関係には必要とされています。

場の心理的安全性に最も大きな影響力を持つのは、その場におけるリーダーです。ここでいうリーダーとは、上司や指導的な立場の人物など、そのチームにおける権威者を指します。実は多くの場合、場のリーダーは心理的安全性に悪影響を及ぼしているのです。

その1つの理由は、リーダーは「メンバーの行動を評価する役割」を持つことが多いためです。

例えば、経営学者のエイミー・エドモンドソンは、世界の職場において共通した「職場で言ってはいけない暗黙のルール」があると示しました。

・上司が手を貸した可能性のある仕事を批判してはいけない
・確実なデータがないなら、何も言ってはいけない
・上司の上司がいる場では、意見を言ってはいけない
・他の社員がいるところで、ネガティブなことは言ってはいけない

これらの多くは上司の面目を潰さないためであり、さらにいえば、いい評価、いい人間関係を維持するための防衛本能です。実際の職場では、組織で賢く振る舞う知恵として、暗黙的に奨励されていることも少なくありません。

そのため、上司と部下には「発言と沈黙の非対称性」が生まれてしまいます。上司は「何でも言える」と感じているが、部下はいろんなことを気遣っている。上司には部下の不安が見えないのです。

特に、優秀な成績をあげて、挫折を知らずに高い立場についた上司は、部下に厳しい言動をする場合が多く、無意識に場の安全性を壊しているケースが多いのです。優秀なリーダーは、自分を律することで成績を上げてきた成功体験を持っており、そこから「組織も厳しく律すれば成果を出せるはず」と思いがちだからです。

リーダーが陥りやすい典型的なクセとは

ヘンリー・ミンツバーグは著書『MBAが会社を滅ぼす』にて、MBAホルダーは論理に偏り、人への共感を失いがちで、知識と行動のバランスが崩れやすいと警鐘を鳴らしています。ここで、優秀な人材ほど陥りやすい、典型的なリーダーの思考のくせを4つほど挙げます。

・完璧主義:他者のすべての行動に完璧さを求めたい
・コントロール欲求:他者の思考や行動を自分の統制下におきたい
・過度の所属欲求:同じ価値観や意見を持ち、一体感ある仲間でいたい
・犯人捜しの本能:悪いことが起きると、犯人を捜して非難したい

なかでも「犯人捜しの本能」は、場の心理的安全性を激しく毀損する思考ですが、ほとんどの組織において「正しい行動」として理解され、定着しています。特に、規律を重んじる生真面目な業界、コンプライアンスを過剰に重視する組織においては、「犯人を捜し、責任をとらせ、再発を防止すること」こそ問題解決の最善手と考える傾向が強く、非常に根が深い問題といえます。

エドモンドソンは、大学病院の看護チームを対象とした実験を行い、「犯人捜し」が成果にどのように結びつくかを検証しました。

ある看護チームは規律を非常に重視し、看護師長はミスが起きるたびに看護師を呼び出し、厳しく問いただしていました。そのチームでは看護師からのミス報告がほぼなかったため、調査開始当初は、この行動は正しいと考えられていました。

しかし、詳しく調査してみると実態は異なることがわかってきました。ミスの報告は少なかったですが、実際には多くのミスを犯していたのです。

一方、やさしいチームは逆でした。ミスの報告は多かったですが、実際に犯したミスは厳しいチームよりも少なかったのです。

人は怒りの感情から、問題が起きると犯人を捜してしまう本能があります。責任者になるとその傾向はさらに強まり、問題の経緯や真因を探って学習することよりも、誰の責任かを追及することに気をとられてしまうのです。

多くの管理職に浸透している「非難や懲罰には規律を正す効果がある」という常識が、場の心理的安全性を大きく毀損させる原因となっているのです。

成果へのプレッシャーがもたらす問題

リーダーが「犯人捜し」をして心理的安全性を壊してしまう背景には、「責任感の罠」の存在も関係しているといえるでしょう。これについては「内的動機づけ」を研究していたエドワード・デシによる、ある実験を紹介します。

成果へのプレッシャーが、教師の行動をどのように変容させるのかを確かめるために、デシは「教育の場」をつくる実験を考案しました。教師役の被験者には、あらかじめすべての問題のヒントと回答を伝え、問題を練習する十分な時間も与えました。そのうえで、教師役を2つのグループにわけ、1つのグループだけに「教師として、生徒に高い水準の成績を収めさせることがあなたの責任ですからね」というメッセージを付与したのです。

結果は驚くべきものでした。

高い水準の成績を求められた被験者は、何も伝えられなかったグループと比較して、話す時間が2倍、命令的な話(すべき、しなくちゃなどを含む言葉)が3倍、管理的な話も3倍していたのです。

圧力をかけられるほど、教師は管理的になったのです。そのことが生徒の内発的動機づけ、創造性、概念的理解を低下させていました。成果を求められるほど成果を落としてしまう。「責任感の罠」が皮肉なパラドックスを生み出していたのです。

リーダーの役割を経験した人で、この罠にはまらなかった人は皆無なのではないでしょうか。

特にまじめな人ほど陥りやすい、人間として当たり前の思考回路です。リーダーが厳しすぎたり、コントロール欲求を強めたりして場の「心理的安全性」を壊してしまうのは、その人のキャラクターの問題ではないのです。リーダーは組織に貢献しようという思いで、よかれと思って管理的な行動を強めているのです。

心理的安全性を高める7つの行動

では、リーダーは場の心理的安全性を高めるために、何をすればいいのでしょうか。エドモンドソンは、7つの行動を提唱しています。

・直接話のできる、親しみやすい人になる
・自分もよく間違うことを積極的に示す
・失敗は学習する機会であることを強調する
・現在持っている知識の限界を認める
・参加を促す
・具体的な言葉を使う
・境界(規範)を設け、その意味を伝える

最後の「境界(規範)を設ける」について、彼女のたとえを引用します。

「規範は、橋に設置されたガードレールのようなものだ。ガードレールがなければ、車はセンターラインの近くに寄せて走るだろう。ガードレールが設置されていることで、追い越し車線を走れるのだ。心理的安全性を担保するための規範は大切で、それを考え、意味とともに伝えるのはリーダーの大切な役目である」

これまでは「リーダーは強くあるべき」というイメージが一般的でした。確かに、強敵と戦うとき、逆境に立ち向かうとき、信念と勇気を持って率いてくれる存在は必要です。しかし近年では、それとはまったく別の勇気が必要になりました。

それは、悩みや弱みも含めた「素の自分を見せる勇気」です。実はリーダーも上司や部下からの評価の目にさらされており「なめられてはいけない」「弱いリーダーと思われてしまう」「部下を統制するのにマイナスになる」というメンタルモデルを持っていて、その思い込みがチームの生産性を下げてしまっています。

リーダーが弱さを見せることでメンバーは安心し、弱さを開示するようになります。「下手なことをいうと評価を下げられてしまう」という恐れが減衰し、「この場は強がらなくてもいいんだ」という安心感が生まれるのです。

強がっている人間同士で、思いやりや助け合いが生まれることはありません。お互いの得意や不得意がわかることで、はじめて「それだったらわたしがこれをできるよ」という関係性が生まれてくるのです。

みながスーツを着てキリッとしているビジネスの会議で、強がらない姿勢を見せるのはとても勇気のいることです。だからこそ、影響力のあるリーダーから、強がりの仮面を外してみましょう。

ピーター・ドラッカーは1973年の著書『マネジメント』のなかで、「リーダーに任命してはいけない人物」として5つのポイントを挙げています。

・人の強みよりも、人の弱みに目を向ける者
・何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心を持つ者
・真摯さよりも頭のよさを重視する者
・部下に自分の地位を脅かされると脅威を感じる者
・自らの仕事に高い水準を設定しない者

彼の提示した人物像は、まさに心理的安全性を下げ、チームの総合力を奪うリーダーです。そうではなく、熱意あるコミュニケーションが促進される態度をとる。すべてのメンバーが尊重されていることを示す。

未来に向けたメッセージで場に希望をもたらす。そんな「場に安心をもたらせる人」にリーダー自身がなることで、職場の人間関係を改善していけるのです。