「リープフロッグ」が日本企業に求められる理由

上海在中の筆者友人は、警察から「交通違反の罰金手続きを実施するよう」とのようなメッセージメールの通知を受けた。徒歩で赤信号を無視して道路をわたっていたところを、AI(人工知能)を備える監視カメラに撮影され、顔写真と政府が保存する個人データが照合され、特定されたのだ。

上海市は、2020年7月から交通違反をした歩行者に対する罰則政策を実施しており、最先端の監視カメラで交通事故の低減を図ろうとしている。これはテクノロジーを活用するほんの一例にすぎないが、AI、ビッグデータ、クラウドを応用したデジタル実装社会を目指す中国の国家戦略の一端と言えよう。

※本記事は、日本大手化学メーカーの中国子会社社長を経験し、現在日中のビジネスマッチングや最新情報の定期配信をしている、ビッグドリームネットの代表、中西淳一氏との共著となります。

テクノロジーで「生活の不便」を改善

中国では、数年前まで銀行窓口での出金時に身分証明書を何度も確認をして、出金までに1時間を要することも多かった。また、新幹線の切符を買うには券売機ではなく窓口で身分証明書の提出が必要だった。つねに長蛇の列となっており、急な出張での対応には困ったものだった。

しかし、スマホ決済や顔認証によって、短時間で決済が可能となり、並ぶ必要性はなくなった。これは、ビジネスの根幹として実行したIT企業が、プラットフォームやアプリの開発により、一般消費者の悩みを解決したのだ。

また、電子商取引(EC)サイトでの商品購入は以前からあったが、購入者には正しい商品が届くかどうかの不安があり、販売者には確実に入金されるかの不安があった。

アリババ(Alibaba)や京東(JD)が同時決済システム、すなわち商品が購入者の手元に届いて確認ボタンを押して初めて販売者に入金される、というプラットフォームを確立したことで信頼が得られ、ECによる購入が急増している。

毎年11月11日の「独身の日」には、EC各社による大規模なセールが行われるのだが、2021年はこの2社だけで約15兆円と、小さな国の国家予算並みの売上をあげた。

さらに決済システムでは、以前なら銀行や銀行系ATMでのキャッシング、一部の銀聯(ぎんれん)カードというデポジットカード、その地区だけで使える交通カードぐらいしかなかったが、今ではQRコード決済をはじめとしたネットワーク上での決済において、スマートフォンによるキャッシュレスへの移行が進み、今ではほとんどのものがキャッシュフリーで購入可能となった。

リアルの場面でもQRコードの普及にはめざましいものがあり、今や屋台の買い物でさえ、QRコード決済が主流となっている。

またタクシーでは、細かな現金の用意も不要で、アプリでスマート決済ができる。数年前までは、手を上げても乗車拒否があったり、運転手によっては応対の悪い人もいたが、今ではすべてスマホの配車アプリから予約することで、トラブルも減った。

ここでは運転手の応対の評価が付けられるようになっていて、悪い評価が重なるとドライバーに仕事がなくなったり、近距離でも条件が合えば応対よく乗車が可能となったりしている。

上記の評価システムはECサイトにも導入されており、購入後の販売者への評価がセットになっていることで、その信頼性スコアの評価も同時に実施される。

中でも「大衆点評」という口コミ投稿サービスのアプリには、ショッピング、エンターテインメント、ホテル、サロン、クリニックなど3000万件以上の登録店舗数があり、お店選びのみならず、レストランでのメニューまで、アプリ上で評価を見て決める人が多い。

現在、中国のインターネットユーザーは約10億人と、国民の7割を超え、動画を使ったECサイトや、ライブ配信によりリアルタイムで商品を販売するライブコマースも急速に伸びているが、その背景には、世界一の5G普及率を誇る高速通信環境の充実が大きく寄与している。

 

変革が起きた3つの理由

決済システムの安全性に対する信頼が強くなり、ECサイトでの購入が一般の生活に溶け込んでいった。これは、ビジネスの根幹として実行したIT企業が、プラットフォームやアプリの開発により、一般消費者の悩みを解決できたために進んだことだ。

では、なぜこうした変革が起きたのだろうか。1つ目の理由は、高度なアプリ活用には欠かせない高精度の位置情報が開発されたことにある。

中国では、精度の高い衛星測位システム「北斗」に、これを取り扱うアリババグループと巨大国有企業「中国兵器工業集団(CNIGC)」の合弁で2015年に設立された「千尋」を組み合わせることで、その精度を1~2cmまで上げることに成功した。

この連携により、世界で最も普及している5Gの威力をさらに発揮していくだろう。実際、中国では115万基以上の5G基地局を建設しており、世界の約7割を占める5Gグループネットワークを構築しようとしている。

2つ目は、中国社会では口コミが重視されることである。グルメサイトやタクシーの配車アプリに利用者が書き込むことで信用スコアができるようになっていて、新たな利用者はそのスコアを見て選ぶため、評判の悪い店やタクシーは誰も利用しなくなる。

その結果、店舗やサービス事業者も利用者への応対が大きく変わり、一般消費者への安心感や信頼感を高める効果にも寄与している。現在、決済システムの9割以上はAlipay(支付宝)とWechat-pay(微信支付)の2社に集約されているが、その信頼性は高いと見られる。

3つ目は、中国のカエル跳び(リープフロッグ)文化だ。日本なら1歩1歩進むところを、数段飛ばして前進させることで、一気に世界に追いつき追い越す戦術である。

電話線の国内敷設の促進を途中でやめて無線を使った携帯電話を普及させたり、自動車ではガソリン車の技術獲得を飛ばして電気自動車(BEV)に移行させたり、生産・市場・技術のレベルを一気に世界トップクラスに押し上げている。

中国の優秀な経営者がよく言うのは、「考えたらすぐに実行し、実行しながら改善していけばいい」ということ。「考え込む時間がもったいない」ということだが、この合理性とスピードを重視する中国人の広い層に認められた環境が、今の中国にはあるといえる。

中国では、犯罪防止の観点から監視カメラが数億台設置され、その認識度は世界でトップクラスだ。そのアルゴリズムを使い、今ではマスクをしていても95%の確立で認識できる装置も生まれており、一部のレストランやコンビニでも決済システムに顔認証を採用している。

ただ、最近ではプライバシー侵害や犯罪に悪用される不安から批判が高まり、商業目的の顔認証技術の使用を制限する見解も出てきた。

「リープフロッグ」は日本企業にこそ

中国は、ここ数年で大きく近代化してきた。5Gや中国版GPS、Wi-Fiなどのインフラ整備とともに、BATH(Baidu、Alibaba、Tencent、Huawei)をはじめ、大小を兼ねそろえたプラットフォーマーの充実により、一般消費者の悩みを次々と解決している。

また、さらに便利な生活を求めて、国内外の資金提供を受けた多くのスタートアップ企業は、中国国内だけでなく、アメリカで上場して投資家の注目を浴びることで、世界展開を図ろうとしているのが現状だ。

日本の一部の大手企業は、宇宙産業やBEV関連部品などで強みを持つものの、人口減少も始まっている国内の市場では拡大が見込めないため、ビジネスの実証は国内で実施するとしても、市場としては海外を目指している。

スタートアップ企業の支援において「先進国で一番遅れている」といわれる日本は、今だからこそリープフロッグで海外のいいところを取り込みながら、次のステップに挑戦していく土壌を作ることが必要だろう。そのためにも、アメリカだけでなく中国からもさらに学び、進んでいる部分を積極的に取り込む必要がある。