日本発「木から作るクルマ」が夢物語ではない理由

 

木の国ニッポン

『廃プラ利用、35年までに100% リサイクル・燃料化促進』
(2021/2/23日経新聞)
政府は材料や資源など素材産業の国際競争力を高める戦略をつくる。使用済みプラスチックの再利用を現状の80%程度から2035年までに100%に引き上げる目標を掲げる。廃プラのリサイクルを前提とした素材開発を促す企業向け指針を示すほか、燃料化の技術開発などを後押しする。

□セルロースナノファイバー(CNF)は日本発の革新的な素材

□CNFは重さが鉄の5分の1、強度が鉄の5倍という驚異の素材

□チクソ性、消臭効果、食べても人体に無害……。用途は多彩で調達も容易


2019年、東京モーターショー。敷き詰められた木屑の上に展示されているのは、今にも走り出しそうなスーパーカー。人だかりができているのは、この車の外見のカッコよさだけではありません。

なんと、このスーパーカー。従来のものに比べ、約10%軽量化、燃費は約10%向上。そのぶん二酸化炭素(CO2)の排出を削減できるため、地球温暖化対策に大きく貢献できる車なのです。それだけではありません。素材は植物(木材)由来でリサイクルが可能。塗装を綺麗に剥がすことができれば、リサイクル時の劣化もありません。

「木でできた車なんて、危なくないの?」と、不安に感じたかたもいらっしゃるでしょう。その通りですよね。自動車は、見た目や燃費の良さだけではなく、事故の衝撃に耐え、中の人を守る強さを持ち合わせていなければなりません。果たしてそれが「木」で可能なのか。その答えを「イエス」にしたのが「木の国ニッポン」発の革新的な素材、「セルロースナノファイバー」なのです。

 

まず、セルロースナノファイバー(以下、CNF)の「セルロース」とは「どんな植物にも含まれている、地球上でもっとも多い炭水化物」のことです。「炭水化物」といえば、お米やパスタなどをイメージする人が多いと思いますが、それらは「でんぷん」とよばれる炭水化物。それに対して、木綿や麻、紙の素材であるパルプ(木材繊維)などは「セルロース」とよばれる炭水化物です。

そして、CNFの「ナノ」とは「10億分の1」を表す接頭辞です。「カーボンナノチューブ」でも登場しましたね。「ナノ」が付いていたら「とにかく細い(小さい)!」ということです。想像するのは困難ですが、念のためお伝えすると、CNFは髪の毛の約2万分の1の細さです。

最後に、CNFの「ファイバー」は「繊維」のことなので、CNFは「セルロースでできた、とっても細い繊維」ということになりますね。

セルロースナノファイバーの特徴は?

CNFとは何かがわかったところで、その特徴を確認してみましょう。
まず1つ目は「原料の調達が容易」です。現在、CNFの多くはパルプを原料に作られています。国土の7割が森林に覆われ、森林資源が豊富な日本にとって、パルプの調達は容易だからです。

もちろん、先述の通りセルロースはすべての植物に含まれているため、パルプ以外もCNFの原料になります。竹だって、木綿だって、みかんの皮だって、植物資源すべてがCNFの原料になり得るのです。例えば、鹿児島県薩摩川内(さつませんだい)市では、放置された竹林が問題となっており、そこから産業を産み出すための取り組みとして、サッシや外壁の塗料などの住宅建材に「竹から作るCNF」が活用されています。

そして2つ目は「細いのに強い」です。ちょっとだけ、想像してみてください。太いロープと髪の毛、ともに30㎝だったら、どっちが絡みやすいですか? 当然、髪の毛ですよね。細いほうが、絡みやすく、繊維同士の接点が多くなります。CNFは髪の毛よりもっと細いので、繊維同士の接点が非常に多くなります。そしてその接点で、繊維同士が比較的強い結合を作るのです。結合が強く、その数が多い。これによりCNFは「重さが鉄の5分の1、強度が鉄の5倍」という驚異的な素材になっているのです。

まず、CNFは、木材チップを約1000分の1にしてパルプにし、それをさらに1000分の1にほぐしたもので、透明でドロドロとしたゲル状の物質です。このゲル状のものをそのまま固めれば鉄の5倍の強度をもち、プラスチックなどに練り込めば、元の何倍にも強くすることができます。前者は成形しにくくコストがかかってしまうため、現在、自動車に利用されているのは後者です。

冒頭のニュースにあったスーパーカーに使用されているのは、CNFをポリプロピレン(以下、PP)と混ぜ合わせた素材です。PPは衣装ケースなど、日常生活にも多く利用されているプラスチックです。無印良品に行くと、PP製品はたくさんのラインナップがありますよね。このPPの特徴は「破棄されたあと溶かして再利用が可能」であること。CNFとPPを混ぜ合わせたものも同様に再利用が可能です。

ここまで読んで、少しがっかりした人はいませんか。「なんだ。結局プラスチックを使ってるじゃないか!」と。そう思うのも当然です。コンビニのレジ袋も、カフェのストローも削減している時代なのですから。しかし、現在日本で使用されているプラスチック原料の5%がCNFに置き換わるだけで、年間約50万トンものプラスチックが使われなくて済むといわれています。「たった5%」でも大きな意味があるのです。

そして現在、CNFに混合するプラスチックを生分解性(微生物によって分解される性質)のものにした素材も作られています。これは100%自然界のものでできた地球に優しい材料で、すでに付け爪や食器など、商品化されています。

驚くべきCNFの多様性

CNFは「軽くて丈夫」なだけではありません。他にも優れた性質をたくさんもっているため、その利用は多岐にわたります。

性質の1つ目が「チクソ性」。チクソ性とは「ドロドロとしたゲル状のものに、圧力をかけるとサラサラに変わる性質」のことです。ちょっとイメージしにくいでしょうか。

例えば、ゲル状のものをスプレーすると塊で飛び出しますよね。しかしCNFは違います。CNFはゲル状にもかかわらず、スプレーすると、液体のように霧状で均一に広がります。これがチクソ性です。スプレーするときに吹き出し部分を指で押すことで、圧力がかかり、ドロドロのCNFがサラサラに変わるのです。

 

このように、サラサラとしてベタつかないため、スプレータイプの化粧品の増粘剤としての利用が研究されています。

同様に、ボールペンのインクにCNFを混ぜると、書くときにペン先に圧力がかかるため、サラサラとした書き心地になります。「筆記描線がかすれにくい!」「ボテにくい!」という特徴を売りに、2016年、三菱鉛筆により商品化されています。

そして2つ目の性質が「体内に入れても害がない」です。CNFは基本的にはレタスなどに含まれる食物繊維と同じなので、適量であれば体内に入れても問題ありません。そのため、食品や医療分野での利用が期待されています。

京都大学のホームページによると、通常のソフトクリームは35度の部屋で6分程度で溶けて垂れ始めたのに対し、わずか0・1%のCNFを加えたソフトクリームは、16分たっても形が変わらなかったのだとか。これは、CNFのネットワークに支えられ、形が崩れにくくなるためです。夏の遊園地で「ソフトクリームが垂れて大惨事!」なんてことはなくなりそうですね。

発泡材料にも

その他にも「金属イオンを付着させる」という性質から、CNFの表面に抗菌消臭効果のある銀イオンを大量に保有させたシートが、大人用の紙おむつとして販売されています。2016年に日本製紙から発売された大人用おむつは、従来品の3倍以上の消臭効果をもつとのこと。介護する側もされる側も、助かりますよね。

また「発泡材料になる」という性質もあります。CNFで強化した樹脂を、二酸化炭素を使って発泡させると厚くなります。この素材は軽くてクッション性があるため、スニーカーのソールに利用されています。2019年に発売されたアシックスと隈研吾さんコラボのランニングシューズにCNFが利用されており、話題になりました。

このように、CNFはさまざまな分野で活躍できる素材です。そしてその活躍は、みなさんの近くですでに始まっているのです。CNFを使った生分解性樹脂材料「Nano Sakura」を開発したGSアライアンス社長の森良平博士は次のように述べました。

「炭素繊維は研究段階から実用化まで、40年かかっています。それと比べるとCNFの研究はまだまだこれからです。炭素繊維やガラス繊維も優れていますが、CNFには『天然由来で環境に優しい』という他にはない強みがあります。環境問題に貢献したい思いで研究開発に臨んでいます」

CNFの活用が本格化し、量産化が進むと、炭素繊維の6分の1程度のコストでさまざまな製品材料になるといわれています。将来、CNFが炭素繊維に替わる素材になっているかもしれませんね。

資源に乏しい国から資源大国ニッポンへ

始まりは、1996年。「台風の強風でも多くの木は倒れない。その強さの秘密はなんなのか」という疑問が、1人の博士の中に芽生えます。その博士とは、京都大学教授の矢野浩之博士です。

矢野博士は試行錯誤を重ね、2005年、鋼鉄並みの強度をもつCNF由来の素材を作ることに成功。しかし、需要の多かった「CNFをプラスチックに混ぜて作る強化プラスチック」の量産には莫大なコストがかかり、実用化を妨げます。それから10年後の2015年、強化プラスチックを簡単に作る工程「京都プロセス」を開発。実用化が現実的なものになりました。

そして2016年には、環境省が「世界初! NCV(ナノ・セルロース・ビークル)プロジェクト」を始動。そして2019年。CNFはスーパーカーとなって、私たちの前に現れたのです。現在も、国内の大学や研究所、自動車部品メーカーをはじめとした様々な企業が一体となり、その実用化に取り組んでいます。これは「木の国ニッポン」が得意な自動車分野において低炭素社会を切り開き、持続可能な社会につなげていくための挑戦なのです。

日本の国土の約70%が森林に覆われており、そのうち約40%は持続生産可能な人工林。

しかし現在、伐採にかかる費用が高いことや人手不足を理由に、この人工林が使われなくなっています。これを上手く活用すれば、日本で1年間に消費される石油由来のプラスチックの約1・5倍ものCNFが生産できるといわれています。これが実現すれば「資源に乏しい日本」から「資源大国日本」へと変貌を遂げることができるのです。

人間は、自然と共存しなくては生きていけません。「自然を壊さない程度に活用し、自然に返せるものを作って使う」。これが可能になったとき、本当の意味での持続可能な社会になっているのではないでしょうか。太古の時代から木とともに生きてきた日本なら、きっとそれができるはずです。