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データ「集めて分析」だけの人が知らない真の価値

観戦チケット価格が「変動制」になった訳

サッカーや野球のチケットの価格は一部で「変動制」になっていることをご存知だろうか。売れ行きなどを予測して、販売枚数が最大化するように価格を変動させているのである。「ダイナミックプライシング」と呼ばれる価格最適化の取り組みだ。

プロサッカークラブの横浜F・マリノスは、2019年シーズンからダイナミックプライシングの仕組みを用いたチケット販売を実施している。10種類以上あるスタジアムの座席の値段について、過去の販売実績データを使い売れ行きを予測し、販売の状況に応じて最も収益が見込める価格をシステムが提示する。

プロ野球チームでもダイナミックプライシングの導入が始まっており、オリックス・バッファローズが2019年7月に実施したダイナミックプライシングの実証実験では、チケットの平均単価は2%下がったが、販売数量が17%伸びたため、チケット収入が14%増加するという結果が得られている。

価格の最適化には、数理最適化というデータサイエンスの手法が使われることが多い。「数理最適化」とは、複雑な条件を満たしながら、目標となる数値を最大化(最小化)する最適な解を見つけ出す方法だ。大量のパターンを高速に計算できる解法(アルゴリズム)を使うことで最適な解が算出される。ダイナミックプライシングであれば、「チケットの座席別の枚数」という制約条件を満たしつつ、「販売金額の合計」を最大にする最適なチケット価格を求めている。

ダイナミックプライシングは、もともと航空券やホテル宿泊などで活用されていたが、スポーツや演劇のチケット販売、ネットショップ、Uberのような配車サービス、Uber Eatsのようなフードデリバリー、電気自動車の充電料金など適用領域が広がってきている。

“何をすべきか”というデータサイエンスは、消費者に身近なところでも活用が始まっている。例えば、スーパーやコンビニエンスストアなどの小売店で取り組みが進む、AIを活用した自動発注の仕組みだ。

コンビニエンスストアで販売されているペットボトルのお茶を題材に考えてみよう。先週までの販売状況から、来週どれぐらい売れるかを予測できたとしよう。しかし、予測数量がそのまま発注量になるわけではない。店舗の在庫状況、発注の単位、店舗バックヤードの収容力など、ビジネス上のさまざまな制約条件を加味しながら発注しなければならない。

販売数量を的確に予測することも重要ではあるが、それを踏まえて商品をいくつ発注すべきかまで考えることがデータサイエンスに求められるようになってきている。「AI発注」と呼ばれる取り組みだ。分析・予測するだけではなく、具体的な発注量を決める“処方箋”まで作成することが求められるようになってきているのだ。

さらに、「AI発注」の真の目的は、個別商品の売上を最大化することではない。例えば、よく売れるからといってドリンクコーナーに日本茶のペットボトルだけ置いてしまうと、売り場に魅力がなくなり、かえって客足が減ってしまう。AI発注では、単にその商品の売上を最大化することではなく、ドリンクカテゴリ全体や小売店全体の売上を最大化するような、バランスの取れた発注を行うことが求められる。

一般的に売り場には、「売り筋」「売れ筋」「見せ筋」と呼ばれる品揃え構成の考え方がある。「売り筋」はその小売店で力を入れて売っている商品、「売れ筋」は消費者ニーズが高くよく売れている商品、「見せ筋」は主に消費者の関心を引くために取り扱っている商品のことだ。AI発注には、これらの商品のバランスを考えて、店舗の売上を最大化するように発注することが求められ、そのためには膨大な計算が必要になるのだ。

「過去を知る」だけではもう古い

ビジネスの世界において、データサイエンスは、以前は“過去を知る”ためのものであった。それがAIブームなどにより“未来を変える”ためのものになった。「これから何が起こるのか?」を推測するための分析活動が中心になった。現在はさらに先に進み“何をすべきか”までを提示するものとなってきている。予測だけで終わっていては、ビジネスで大きなメリットを生み出せないが、“何をすべきか”という処方箋まで用意できれば、ビジネスにおけるデータサイエンスの価値は大きく高まる。

処方箋まで用意するためには、データ間の関係を数式で表し、各データの条件を変えながら、様々なパターンで、結果を効率的に計算したり、シミュレーションすることが重要となる。

例えば、企業の広告媒体にかけるコストと効果を題材に考えてみる。従来の広告は、テレビや新聞などのマスメディアが中心だったが、Webメディアやソーシャルメディアなどのデジタルメディアの登場により、広告媒体の多様化が進んでいる。そのため、広告媒体毎の予算配分の最適化について関心が集まっている。“売上を最大化する広告予算の配分は何か?”という処方箋を導きだす必要があるのだ。

そのためには「テレビCMに何回接触すると商品を知ってもらえるか」や「テレビCMとWebメディアの両方で接触すると買いたくなるか」などを知る必要がある。そこで広告の出稿量と売上の推移を比較したり、消費者調査を行うことで、コストと効果の関係を数式で表すことができる。「広告全体にかけられる予算」という制約条件を満たしつつ、「商品の売上」を最大にする最適な広告予算の配分を求めることができる。

分析ツールも進化、専門外でも扱えるように

このような計算のためには、以前は高度な専門的知識が求められていたが、最近は、作業を簡易化するツールも増え、専門的知識を持たないビジネスユーザーでもできるようになってきている。

株式会社データビークルが提供する分析ツール「dataDiver」は、大量のデータから、統計的に意味のあるところを見つけ、分かりやすいグラフと表現でその結果を伝えてくれるツールだ。どのような手を打つことで、どのような結果が得られるかをシミュレーションする機能も提供されている。

例えば、ペットボトルのお茶の売上について、数あるデータの中から売上に関係が深いデータとして「ドリンクコーナーでの陳列数」を導き出し、陳列数を2列から3列に増やすことで、売上がどれぐらい伸びるのかもシミュレーションできる。

データを分析・予測するだけではなく、データサイエンスで処方箋まで提供する流れは、こうしたツールがより浸透していくことで今後も加速していくだろう。