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「消費税引き下げ」を政府がまるで議論しない理由

日本では経済が長期にわたって低迷し、昨年からコロナが追い打ちをかけています。経済の立て直しが喫緊の課題になっている中、起爆剤として「消費税の引き下げ」がよく国民の話題に上ります。

税負担に不満を持つ国民はもちろん、一部の政治家・専門家も消費税の引き下げを求めています。れいわ新選組は、税率の引き下げにとどまらず、「廃止」を主張しています。

ただ、政権与党や主要野党は、消費税の引き下げには言及していません。政策課題として真剣に検討している気配もなく、今のところ「民衆のはかない願望」という位置付けになっています。

消費税を引き下げたら、仮に「税率0%」あるいは「廃止」にしたら(以下、まとめて「消費税ゼロ」)、いったい何が起こるのでしょうか。今回は、2018年に「消費税ゼロ」に踏み切ったマレーシアの例を参考に、消費税の引き下げの影響と実現可能性を検討してみましょう。

消費税ゼロで確実に起こる3つのこと

マレーシアでは、2018年に政権復帰したマハティール首相が税率6%の消費税(GST、Goods and Service Tax)を「税率0%」にし、事実上「廃止」しました。しかし、他の主要国で「消費税ゼロ」を実施した例はなく、その影響は「よくわからない」というのが正確なところです。

ただ不透明ながら、かなり確実に起こることが3つあります。

第1は、税収の減少です。2020年の日本の消費税の税収は20兆9714億円で、税収全体の34.5%を占めています。「消費税ゼロ」で、税収の3分の1がひとまずなくなります。

マレーシアでは、2018年6月に「消費税ゼロ」を実施し、代わりに9月から売り上げ・サービス税(SST、Sales tax/ Service tax)を導入しました。売り上げ・サービス税の課税範囲が狭いことから、差し引きでマレーシアの歳入全体の8%に当たる220億リンギット(約6000億円)の税収が失われました。

第2は、格付けの引き下げです。日本では国の借金が約1200兆円に達し、世界最悪の債務比率ですが、ムーディーズなど主要な格付け機関の日本国債を「A(シングルA)」と評価しています。これは、日本は消費税率が主要国と比べて低く、今後、増税する余地が大きいからだとされます。

国際通貨基金(IMF)は2019年に「日本政府は増大する社会保障費を賄うため、2030年までに消費税率を15%に上げる必要がある」と勧告しました。この勧告を無視して逆に「消費税ゼロ」を強行したら、格付け機関は一斉に格下げに踏み切るでしょう。

ちなみにマレーシアでは、ムーディーズが政府保証の付いたペトロナスの社債の格付けをA1(安定的)からA1(ネガティブ)に引き下げています。

第3は、内閣支持率の上昇です。マレーシアでは、マハティール首相が「消費税ゼロ」を公約に掲げて政権に復帰しました。日本でも先の衆院選で、れいわ新選組が躍進しました。岸田首相が「消費税ゼロ」を決断すれば、大半の国民が熱狂的に支持するでしょう。

消費税ゼロで消費は増えるのか

さて、「消費税ゼロ」の影響で最大かつ最も不透明なポイントは、「消費が増え、経済が活性化するのか」です。消費税の税収が減っても、消費が拡大し、経済が活性化し、所得税・法人税の税収が増えればいいわけですが、これはなかなか微妙です。

マレーシアでは、2018年の「消費税ゼロ」によって、税制変更の影響を受けやすい自動車の新車販売台数は、前年(2017年)同月比で以下の通り推移しました。

1月:△0.2%
2月:△4.4%
3月:△6.9%
4月:10.2%
5月:△15.0%
6月:28.3%
7月:41.2%
8月:26.8%
9月:△23.7%
10月:0.5%
11月:△1.8%
12月:△11.9%

「消費税ゼロ」になった6月から8月は販売台数が大幅に伸びましたが、その前の5月には買い控え、SSTが導入された9月には反動減が起こっています。日本で消費税増税のたびに駆け込み需要があったのと同じように、マレーシアでも「消費税ゼロ」は駆け込み需要を誘発したにすぎなかったです。

このように、一時的な税率の引き下げ(や課税の凍結)では、消費を喚起することはできません。一時的な税率の引き下げではなく、恒久的な政策として「消費税ゼロ」にする必要があります。

 

では、仮に日本政府が「消費税ゼロ」を実施し、「永久に消費税を復活させない」と公約したら、国民は消費を増やすでしょうか。

おそらく、ほとんどの日本国民は、この政府の公約を信用しないでしょう。日本の現在の財政状態、高齢化による今後のいっそうの財政悪化、これまで段階的に増税してきた経緯などから、国民は「早晩、消費税が復活するだろう」「別の形で増税するだろう」と予想します。この状態では、消費は一時的にしか増えません。

つまり、日本では「消費税ゼロ」を恒久的な政策として実施しても、駆け込み需要で将来の需要の先食いをするだけに終わります。経済の活性化には繋がらず、税収減で財政をさらに悪化させるだけに終わってしまうのです。

日本では、「なぜマレーシアにできたことが日本にはできないっていうんでしょうか?」(れいわ新選組・山本太郎代表)と言われますが、マレーシアの「消費税ゼロ」の効果は大いに疑問視されています。

消費税ゼロが来年夏に実現?

このように、「消費税ゼロ」が経済を活性化させる効果は極めて疑わしく、財政悪化を招くリスクが大きいことから、政府はこの議論から距離を置いています。

また、1970年代から自民党の先達が消費税の導入と税率の引き上げに、まさしく政治生命を懸けて取り組んできたことも、議論を躊躇させるところです。

では、この先も「消費税ゼロ」は実現せず、「民衆のはかない願望」であり続けるのでしょうか。ここからは個人的な予測にすぎません。しかし私は近い将来、早ければ来年の夏にも消費税の引き下げが実現すると思います。