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14万人不足の深刻「物流危機」克服する合理的秘策

EC市場の成長支える「アナログ」な物流現場

「物流」というワードから、みなさんは何を最初にイメージするだろうか。年齢や関心事によって何をイメージするかは変わると思うが、宅配便のドライバーがトラックから荷物を取り出し、配達先に運ぶ姿を思い浮かべた人も多いだろう。

新型コロナウイルス蔓延による巣ごもり需要の影響もあって、EC(電子商取引)市場の成長は加速している。スマートフォンがあればインターネット経由で、ほぼ何でも注文できる便利な時代になった。

しかし、表向きにはデジタルの世界であるEC市場も、その裏では、人間によってせっせとモノが運ばれている。デジタル社会の典型的サービスに見えるECも、人がモノを運ぶというアナログな行為がないと成立しない。たとえていうと、外見は未来のクルマなのに、その内部では飛脚のように人が一生懸命に走っていた、という感じだろうか。

妙な「たとえ」かもしれないが、これを頭に入れておくと、物流やサプライチェーンをなぜ今、変えないといけないのかがとてもクリアになる。

「物流」に少し関心のある人なら、冒頭の質問に対して「物流クライシス」という言葉が頭に浮かんだかもしれない。

日本は「人口減少」と「超高齢化社会」という2つの深刻な構造的問題を抱えている。どの業種のどの企業にとっても、人手不足と高齢化は頭の痛い問題だ。中でも、物流業界はとくに深刻と言える。

物流の要の1つであるトラックのドライバーについて見ると、2020年度時点ですでに14万4058人不足し、2025年度には20万8436人不足、2028年度には27万8072人不足するとの予測がある(鉄道貨物協会、2019年)。ドライバーの高齢化のペースもほかの産業より速く進んでいる。

その一方で、EC市場の成長による宅配便取扱件数の増加などに牽引されて、トラックドライバーの需要はこの先も減らないと見込まれている。これらの状況から何がいえるか。

何も手を打たずに現状が続くと、近い将来、物流費が高騰し、モノがちゃんと届かなくなる日がやってくるということだ。

また、人手不足と高齢化の影響は、今、例に挙げたような消費者物流(宅配便など消費者を対象とする物流)だけでなく、調達物流(製造に必要な部品・資材を調達先から工場へ搬入する物流)、生産物流(工場で生産した製品を倉庫などへ搬入する社内物流)、販売物流(製品を物流センターから、卸、小売店などへ納品する物流)にも及ぶ。

もし、B2Bの物流が人手不足と高齢化の影響によって十分に機能を果たせなくなると、企業のサプライチェーンに甚大な影響が及ぶだろう。つまり、物流クライシスというのは、単に物流業界の問題ではなく、日本経済の浮沈に直結する問題と捉えるべきだ。

危機にも「よい面」がある

しかし何事にも表と裏があるように、危機にも「よい面」がある。こうした危機意識が高まったときは、変革を実行する絶好のタイミングなのだ。

企業の中にはさまざまな事業部門があるが、その中で「物流」は最も改革が遅れている分野であり、大企業であってもデータ化や自動化が立ち後れ、ベテラン社員のKKD(勘と経験と度胸)を頼りに旧態依然とした働き方が主流になっている。開発、製造、販売といった分野に比べると、物流だけひと昔前の働き方を続けているイメージだ。

企業は物流部門の改革の必要性を認識しているものの、優先順位はかなり低い(開発、製造、販売の課題解決のほうが先)。もちろん企業によって「物流」の位置づけは異なるが、ほとんどの企業において物流部門は「傍流」で、部門長に役員クラスが就くこともなく、改革の機運が盛り上がりにくい面があった。

しかし、この数年で状況は大きく変わっている。

人手不足と高齢化の影響により、物流コストが上昇の兆しを見せていたところに、新型コロナウイルス・ショックが起き、マスクなどのモノ不足やワクチンの輸送などでも物流の大切さがクローズアップされるようになったからだ。

さらに、数年前からにわかに盛り上がっているSDGsやCO2削減などのサステイナビリティのムーブメントも、物流やサプライチェーンへの関心を高める大きな要因となっている。企業は自社だけでなく、取引先を含めたサプライチェーン全体でのCO2の排出量削減に取り組まなくてはならず、それにはさまざまな情報をデータ化、「見える化」して把握するサプライチェーン・マネジメント(SCM)が必須となるからだ。

何事も起きていない平時にトランスフォーメーションの機運を盛り上げていくのは難しいが、幸いなことに今は強いフォローの風が吹いている。これを生かさない手はない。これまで「物流」にあまり関心を示さなかった企業も、次々と考えを変え始めている。

実は、私が2017年にアクセンチュアに入ったころ、物流を根本的に変えていこうというプロジェクトはほとんど走っていなかったが、現在では20本を超えており、日々、うれしい悲鳴を上げている。

注目される「次世代物流プラットフォーム」

では、物流クライシスが叫ばれる中、企業はどんな考え方で、物流を核としたサプライチェーン改革に臨めばいいのか。

私が注目し、実現に向けて動いているのが、業界ごとに物流を束ね、共同配送や受発注・決済、トレーサビリティーなどさまざまな機能をつけ加えた「次世代物流プラットフォーム」だ。いきなり「物流プラットフォーム」と言われても、戸惑う人がいるかもしれない。まずは、身近な存在となった「ウーバーイーツ」を思い浮かべてほしい。

ウーバーイーツというプラットフォームには、多数の飲食店と配達員、そして顧客である消費者が登録している。

このプラットフォームが持っている機能は、顧客から注文を受けて飲食店に発注する「受発注機能」、料理を運ぶ「輸送機能」、顧客から代金を受け取り、手数料を差し引いて飲食店と配達員に支払う「決済機能」、さらには、最短の時間で届くように配達員に配達を割り当てる「マッチングの最適化機能」などだ。

2020年1月以降、新型コロナウイルスの影響で人々が外出や外食を控えたため、ウーバーイーツは飲食店の新たなインフラとして急速に広がった。もし、飲食店が自前で宅配サービスを始めようとしたら、受注の仕組みの構築、配送員の採用、宅配バイク購入、交通事故対応などでコストと手間がかかってしまう。売り上げ規模が大きくない限り、割に合わない。

大手チェーン店から中小零細に至るまで、飲食店はウーバーイーツというプラットフォームを通じて配送機能をシェアし、労力とコストを最小限に抑えることで新たな収入源を得ることができた。

ここで1つ思考実験をしていただきたい。飲食店にとって、宅配機能は差別化要因なのだろうか。もし、差別化要因だとしたら、それは具体的には何だろうか。

例えば、宅配ピザチェーンは各社とも自前の宅配機能を持っているが、配送サービスに差はあるのだろうか。配送を「競争領域」と捉えるなら、自社でその機能を保持するのは理にかなっている。

だが、差別化要因にあまりなっていない、つまり「非競争領域」と判断する場合、ウーバーイーツのようなプラットフォームを利用する選択肢があれば、自前で宅配機能を持つのは不合理だ。

ウーバーイーツはB2Cだが、著者はB2Bの領域で、ウーバーイーツのように業界を束ねた、そして物流を核にしたさまざまな機能を持つプラットフォームの実現を目指している。

物流を「非競争領域」と捉える

飲食店業界と同様に、物流の基本機能を「非競争領域」としたほうが合理的な業界は少なくない。

しかし、現状ではウーバーイーツのようなプラットフォームがないため、各社がばらばらに物流を手配してモノを運んでおり、非効率きわまりない。そうした業界に、誰でも利用できる「物流プラットフォーム」という選択肢を提供することが狙いだ。

 

物流を「競争領域」ではなく「非競争領域」と捉え、業界内のライバル企業と協調していくことに足並みがある程度揃えば、その業界の企業は本来の競争領域(開発、製造、マーケティングなど)に経営資源を集中投入でき、業界全体の競争力の底上げが期待できる。

 

これは机上の空論ではない。今多くの業界が物流プラットフォームの形成に向けて実際に動き始めている。この動きが、これから3~5年以内に日本で起きる物流革命、もっといえば、会社単体ではなく業界全体を巻き込んだサプライチェーン・マネジメント(SCM)革命の柱の1つになると予測している。