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日本人が知らない「脱成長でも豊かになれる」根拠

コロナ禍で格差拡大の構図がはっきりした

――コロナ禍で、厳しい状況に置かれる若者が増えています。

確かに、コロナ禍によって経済格差の拡大に拍車がかかり、そのシワ寄せは若い世代に行っています。ただ、日本での経済格差の拡大はバブル崩壊以降、ずっと起こっていることです。

 

終身雇用・年功序列型賃金を前提とした日本型雇用システムが収縮して、非正規雇用が増加し、雇用が不安定化。正社員になれても、労働者を使い捨てる、いわゆるブラック企業も増え、労働状況は極めて悪化していきました。

貯蓄ゼロ世帯(2人以上世帯)は1987年に3.3%だったのが、2017年には31.2%にまで増え、ここ30年間の上昇傾向は明らかです。とりわけ深刻なのが20代、30代の単身世帯で、貯蓄ゼロ世帯が激増し、多くの人が、基本的な生活を維持していくことすら困難な状況に陥っています。

――すでにあった格差がさらに広がっているということですか。

富裕層を見れば、アベノミクス下での日本では年間所得が1億円以上の世帯が1万以上増えました。世界的にも(アマゾン創業者の)ジェフ・ベソスや(テスラCEOの)イーロン・マスクら大富豪トップ8人は、この5年間でそれぞれ資産を2倍以上に増やしています。

株価も日米ともにコロナ禍でGDPが大幅に下がったにもかかわらず、歴史的な高値を記録しました。富める者たちは安全なテレワークで働きながら、株高を利用して資産を運用し、さらに富を増やしているわけです。

一方、経済が落ち込み、非正規雇用を中心に多くの人が失業しました。仕事があったとしても、テレワークができない介護・保育・医療などに従事するエッセンシャルワーカーたちは健康を危険にさらしながら、低賃金、過重労働を強いられています。

困っている側がますます困窮する一方、持てる側はさらに富を増やしていく。その格差拡大の構図がはっきりしたのがこのコロナ禍だと思います。

――その根本的な原因は資本主義にあるとお考えですか。

はい、資本主義が原因です。トマ・ピケティが指摘するように、資本主義では、労働者の所得の増大率よりも、資産を持っている人たちのリターンのほうがつねに大きい。

その格差を緩和するために、第2次世界大戦後は、経済のパイを大きくしながら、給料を上げるなどして労働分配率を高め、大きくなった部分を労働者に再配分するモデルが目指されてきました。

いわゆる「ケインズの時代」で、1970年代ぐらいまでは、先進国の労働者たちは豊かになり続けていた。マルクスの言う、貧しくなった労働者が革命を起こす、という流れではなかった。ですが、それは資本主義の歴史における、むしろ例外的な時期ではないかと言われ始めています。

そうした高度成長期が終わり、1980年代以降、とくに21世紀に入ってからは、パイ自体がなかなか大きくならなくなった。規制緩和をしたり、民営化したり、さまざまな金融政策もするわけですが、それでもかつてのようには経済が成長しない。

そこでゼロサムゲームで労働者と資本の間で取り合いが始まる。資本側が労働者の面倒を見なくなり、労働者側は取り分を奪われてしまう。それが新自由主義です。

マルクスが唱えた窮乏化法則が当てはまっている

先進国全般で労働者の賃金が下がり、競争が激化し、雇用も不安定化している。ギグエコノミーのような、アプリ一つで注文が来たときだけ「働き」が成立する、超不安定雇用まで蔓延しています。

資本主義の発展とともに労働者がどんどん貧しく苦しくなるという、かつてマルクスが唱えた窮乏化法則が、現在の状況に当てはまっている。

しかも、資本主義によって人間性が破壊されるだけでなく、地球環境問題も修復不可能な状態になりつつある。

人類の経済活動の痕跡が地層に残る時代という意味をもつ「人新世」という地質学の用語があり、国連なども使用するようになっていますが、そこに含意されているのは資本主義が引き起こした深刻な環境危機です。

――コロナ禍も「人新世」の産物だと指摘されています。

はい。気候変動をはじめとする環境危機をとりわけ加速させたのが、冷戦終結後のグローバル化です。この30年間で資本主義が世界中を覆い、ファストファッションで安い洋服が買え、ファストフードでは300円でご飯が食べられるようになった。

けれども、その安い農産物・畜産品を生産するために、手つかずだった自然、とくに中南米、東南アジアの熱帯雨林まで乱開発をし、人々の生活も自然環境も破壊していった。

こうした過程で、未知のウイルスを持った動物が森から追い出されて人間の生活圏に入ってくる。さらに複雑な生態系を壊してブタだけを育てるようなモノカルチャーは、ウイルスが変異しやすい環境を作り出す。このようなことを続けていれば、未知のウイルスがグローバルなパンデミックを起こすはずだと以前から警告されていました。

もちろん、グローバル化した世界ではウイルスの移動も早く、爆発的なスピード広がり、世界を大混乱に陥れたわけです。

――コロナ禍でも気候変動でも危機が起きたときシワ寄せが行くのは貧しい層です。

もちろんコロナ禍の被害も甚大ですが、気候危機の被害の深刻さに比べれば、リハーサルにすぎません。コロナ禍での緊急事態は何カ月かの期間限定ですが、気候変動はもはや不可逆的な変化で、これから毎年のようにスーパー台風がやってくる。いわば慢性的な緊急事態が続き、世界中で水不足や食料不足などが次々、起こります。すでにアフリカの人たちは飢饉に苦しんでいます。

格差があると危機に対応できないということが一つの認識になりつつあるわけですが、それはどこか遠い国の出来事ではなく、日本の経済的弱者や中間層も遅かれ早かれ、同様に苦しむようになるでしょう。

――この状態を脱するためにはどうすればよいのでしょうか。

繰り返しますが、経済格差も気候変動も、引き起こしたのは資本主義です。このことを前提にして、新しい経済システムづくりをしていかなければいけないと考えています。

『人新世の「資本論」』(集英社新書)で論じたことですが、2つの危機をのりこえるには、「脱成長」型の社会に移行しなくてはなりません。

私たちはお金を手に入れるために、あまりにも働きすぎ、あまりにもモノを作りすぎ、その結果、健康を害し、環境を破壊している。そうしたサイクルそのものから抜け出すべきなのです。

人間誰もが必要とするものを「コモン」化する

無限の利潤獲得を目的とする資本主義のために働くのではなく、自然環境も人間の身体も有限であることを前提に、持続可能なペースで幸福を追求する。労働者も環境も食いつぶすような経済システムとは手を切り、経済自体をスケールダウン、スローダウンさせていく。それが脱成長です。

そこに向かう過程として、人間誰もが必要とするもの、たとえば水道、電力、住宅や医療・教育などを共有財産にして、人々の手で管理し、無償もしくは、安価に提供する「コモン」化が必要だと考えています。

なぜ安価にできるかといえば、たとえばパリ市は民営だった水道を「市民営化」という形で「コモン」化をしましたが、民営時代は経営陣の高額報酬や株主配当、不透明な経営で料金が高騰していたのです。生きるのに必要なものを脱民営化・脱商品化し、人々の手でマネージメントしていくことで費用を下げていくことができるのです。足りなければ、そこに公的資金をもっと入れていったほうがいい。

かつては少しずつ上がる給料で家のローンや子どもの教育費用、医療費、老後の資金を賄っていた。企業からのお金に依存して、人生設計を行ってきたのです。今の問題は、日本型の安定雇用が壊れたのに、教育なり医療なりに多額のお金がかかる制度がそのまま残っていること。当然収支が合わないわけです。

また、失職して収入を失うと同時に、家も子どもの教育も老後も、すべてを失う仕組みは、今ある仕事にすがりつかせる強制力として働く。いわば貨幣の支配です。

その支配を和らげるためにも、生活の基盤となるシステムを安価にし、収入に依存せず、皆がある程度平等な機会を持てる社会にしていく。コモン化によって、貨幣の動きや市場経済に依存しない領域が増えていくことが、すなわち脱成長経済です。

資本主義は技術を発展させて生産効率を上げ、さらに大量に作ろうというモデルです。ですが、高めた生産力については違う使い方をして、今までと同じ量を作り、その分労働時間を減らす。そうすれば過剰な生産が減り、環境にも優しい。

経済成長を何らかの方法で回復させることで、男性正社員を優遇してきた日本型雇用にすがりつこうとするのは論外です。かつての社会は、女性に家事や子育てを押し付け、パートとして差別的な雇用を採用してきました。労働時間の短縮は、家事や子育てなどもより平等に行う社会の条件です。そうした共通経験が、環境に優しいエッセンシャルワークやケアを重視する社会の価値観を生み出していくのではないでしょうか。

人々が市場から稼ぐプレッシャーから解放され、同時に、環境にも優しいケアを中心とした社会ができていく。それがコモン型の社会、「脱成長コミュニズム」です。

――海外ではそういった取り組みが進んでいると聞きます。

例えばバルセロナでは、この数年で安価に住める公営住宅を大幅に拡充しました。また町の中に、スーパーブロックと呼ばれる自動車が入れないエリアを広げる計画を進めています。

公共交通を拡充し、車を使うインセンティブを下げてCO2の排出量を減らすのと同時に、それまで車に占有されていた道路を、近隣住民が使える共有スペース、「コモン」に転換していく。

格差と気候変動を同時に解決する新たな道筋

車の移動は不平等です。何百万円という車を買える人たちが道路を特権的に占拠し、事故が起これば運転する人ではなく歩行者が死ぬという、極めて暴力的な構造がある。それを是正して、自転車と公共交通機関を優先した、より平等で誰もが安全に移動できる街づくりをする。それはCO2の排出を抑えた、地球にとっても優しい社会になる。格差と気候変動を同時に解決する新たな道筋になるわけです。

これまで経済の成長だけを考えていたところに、環境とか、「コモン」を拡大して不平等を解消する視点を取り入れることで、私たちの考え方自体が大きく変わる。我慢と捉えられがちだった環境対策のイメージがむしろ生活の豊かさに結びついていく。そんな発想の転換もできるんじゃないかと考えています。

――そのためには財源が必要になってきますが。

経済格差の是正を同時に進めるためにも、大企業や富裕層への課税を強化すべきです。金融資産課税でもいいし、不動産などの資産に直接、富裕税として課税をしてもいい。ここまで下げられてきた法人税や所得税ももっと上げていけばいい。

とにかく、大胆に格差を是正し、社会を平等にしていく必要がある。先進国の貧困問題は、富が偏りすぎているせいで、サービスや必需品にアクセスできない人が多いだけなので、格差是正が実現すれば、今ある貧困問題はかなりの部分が解決すると考えています。

――ベーシックインカムについてはどうお考えですか。

今の日本で議論されているベーシックインカムは、例えば月7万円を配る代わりに社会保障をすべて削る、究極の「自己責任社会」になりかねない。さらに「ベーシックインカムの分給料を下げる」という企業側の要求もはねのけられず、結局ますますお金に依存する社会になることを危惧しています。

ですので、私はベーシックインカムよりもベーシックサービス、必要なものを無償化して現物給付で渡す「コモン化」の道を選びたい。それによって貨幣の支配を弱め、市場に頼らずに生きていける領域を増やしていくほうがよいと考えています。

――日本の若者は、自分が苦しい状況にあっても、今の社会のあり方を肯定している人も多い。海外では2011年に起こったニューヨーク「ウォール街を占拠せよ」運動や、グレタ・トゥーンベリさんの気候危機への問題提起など、「ジェネレーション・レフト(左翼世代)」と呼ばれる若い世代の社会に対する動きが見られますが、日本の現状をどう見ていますか。

雇用が崩れ、教育・医療など必要な支出の負担が重くなる中、何とかお金を稼がなくては、というマインドが一部の若い人たちの間に広がっています。本来は「もっと普通に暮らせるようにしろ」と怒るべきなのに、日本人は自助、自力で何とかするようにすり込まれている。資本の側から見れば非常に扱いやすい。

再配分が機能する、フェアな社会にすることに想像力が働かず、既存のシステムの中で自分だけは生き残ろうという思想が強固になっているのは、非常に残念です。でもそれも仕方のない話で、希望が持てる社会運動もないし、訴えかけて応えてくれる政党もない。

――それはある意味必然的なことだと。

だからこそ私は『人新世の「資本論」』を書きました。まずは「今のこの社会はおかしい」と言ったり考えたりするためのボキャブラリーやツールを提唱したかった。私の専門は経済思想ですが、哲学や思想には、生きづらさや閉塞感を言語化し、批判するための言葉や、認識のフレームワークを与える力があるからです。

世界中の若者たちが異議申し立てをしている

今、世界中で若者たちが怒っています。1990年代にはすでに、気候危機は確実に起こると言われていた。にもかかわらず、この30年間資本主義は世界中をマーケットにして富むものを富ませる一方で、地球環境をもはや待ったなしにまでさせてしまった。

そのツケを払わされる10代、20代の世界中の若者たちが今、絶望と同時に怒りをもって、新自由主義、さらに資本主義自体に異議申し立てをしています。現在の社会システムを抜本的に変えなければ、見捨てられるのは自分たちだと。

それに呼応して、アメリカのサンダースやオカシオ=コルテスのように、資本主義の行き詰まりを批判する政治家も出て、社会を動かし始めている。

日本では岸田さんが総裁就任前に新自由主義批判、金融資産課税などを持ち出していましたが、結局腰砕けに終わった。

政治も経済も、全体の状況を大きく動かしていくためには、やはり若者をはじめとしたさまざまな人たちが声を上げて、変化を求める運動が不可欠です。「今の社会はおかしい。変えていくべきだ」と、声を上げてほしいと思います。