芸能人のステマ「悪質なPR手法」とわかる納得理由

商品やサービスの買い手などが、評判や噂などを口伝えに広める行動や、その内容を「クチコミ」と呼びます。つい最近まで、情報量、スピード、影響力などの点ですぐれるテレビ、新聞などのマスメディアが重視されていたため、クチコミはあまり注目されていませんでした。

しかし、もともとクチコミは、古くからあるコミュニケーションの形で、人間の生活に溶け込んだ原始的なコミュニケーションです。ただし、従来の口頭によるクチコミは、個人のまわりの人間関係の中でおこなわれるため、影響範囲は限定されていました。

それが、ネット・クチコミが普及し、利用されるようになると状況は一変します。購入や使用にもとづく感想や評価などを表すレビューや、星の数など、多様なネット・クチコミの手段が生まれ、多くの人が利用するようになりました。

ネット通販サイト、価格比較サイト、ポータルサイトなど、たくさんのサイトで多くのコメントが交わされています。飲食店、ホテルや旅館、美容院などの施設の紹介サイトでも、評価がおこなわれています。

また、コスメ、住宅、映画、音楽など、さまざまな商品が評価され、さらには学校、病院、弁護士などの士業などを評価するサイトもあります。

このほかにも、SNSやブログなど、ネット上のさまざまな場所にクチコミがあります。そこでのコミュニケーションのおこなわれ方は多様です。口頭でのクチコミのようにコメントだけでなく、星の数や点数をつける、画像などで補足するなど、さまざまな形で商品やサービスの情報交換がおこなわれています。

クチコミの影響力はマスコミ以上に

こうして今ではネット・クチコミが、マスメディアをもしのぐ影響力を持つようになりました。その理由は、まず時間と空間の制限がないことです。情報の発信者と受信者が、同じ時間に同じ場所で情報交換する必要がないどころか、情報は速いスピードで世界中に公開、共有されて、24時間受発信できます。

伝達手段も、スマホやPC、サイトやSNSと多様です。その表現においても、文字だけでなく写真や動画も活用して、内容を豊かに伝えることが可能です。さらに、その内容はデジタル化されてネット上に残るため、発信後も長く見ることができます。

また、ネット・クチコミは、受発信の匿名性が強い点も特徴です。これにはメリットとデメリットがあります。

リアルなクチコミは、基本的には知り合い同士のあいだでおこなわれますが、ネットでは見ず知らずの人のあいだで情報交換がおこなわれます。現実社会における地位や立場とは関係なく、対人関係による圧力もなく、自由に交流できるというメリットがあります。

逆に、その点がデメリットにもなります。多くの場合、発信者は匿名のまま情報を発します。内容に関して、責任を問われるとは限りません。したがって、ネット・クチコミの内容には虚偽や、不確実な情報が含まれる可能性もあるのです。このように功罪はあるものの、ネット・クチコミは利便性や多様性があり、今では大きな影響力を持っています。

「知らない人からの情報」をなぜか信じる人の性

買い物においては情報収集が不可欠なので、ネット・クチコミの情報が役立ちます。しかし時には、その情報によって行動が歪められることがあります。情報を受け取る側の心理にバイアスがかかるためです。その1つは「ウィンザー効果」の影響です。

これは、本人から直接発信される情報よりも、直接的な利害関係のない第三者から、間接的に伝わる情報の信頼性を高く感じる心理的傾向です。

たとえば、施設や商品の情報であれば、当事者である運営者やメーカーからの情報よりも、利害関係がない第三者からのクチコミのほうが信頼されます。

この心理によって、単に第三者からの情報だからというだけで、その発信者の素性がわからなくても、その内容を信じてしまう可能性があります。場合によっては、じつは発信者が、その商品を提供する関係者であったというケースもあります。

逆に、第三者を装ったライバル商品の提供者だということもあります。その発信者による、巧妙に商品を中傷するクチコミを見て、本来は買うべき良品なのに、購入をためらってしまう可能性もあるのです。

ウィンザー効果は、情報の発信者が「第三者」であることによる心理的バイアスです。

そのほか、発信者が「著名人や専門家」である場合にも心理的バイアスが生まれます。「ハロー効果」です。これは、ある対象を評価するときに、それが持つ顕著な特徴に引きずられて、ほかの特徴についての評価が歪められる現象です。

たとえば商品やサービスを評価する人が、有名なタレントだったとします。すると、出演しているテレビ番組や映画などを通じて、タレント本人が強く印象づけられているために、発言にも信憑性があると判断されます。そのタレントのクチコミで、よく評価されている商品があれば、それを鵜呑みにしてしまう可能性があります。

ウィンザー効果やハロー効果は「クチコミ発信者が誰であるか」によって、判断を誤るという心理的バイアスでした。これらと別に「クチコミのボリューム」によって、かたよった判断をしてしまうケースがあります。アメリカの経済学者であるハーヴェイ・ライペンシュタインが提唱した「バンドワゴン効果」です。

これは多くの人が同じ選択をしていることにより、その選択肢が、さらに多くの人から選ばれやすくなる現象です。人の「時流に乗りたい」「多勢に加わりたい」「勝ち馬に乗りたい」といった心理によって起こります。

ちなみに「バンドワゴン」とは、パレードの先頭を行く楽隊車のことです。その後ろに行列がぞろぞろとついていく様子を、多数派についていく大勢の人々の姿にたとえて、この効果が名づけられました。

行列ができている店ほど儲かる理由

この事例として、選挙活動で事前に有力、優勢とされた候補者に票が集まる状況があります。また、投資で皆が買っている銘柄を買いたくなる心理や、行列ができている飲食店に並びたくなる心理も、バンドワゴン効果の影響によるものです。

モノの売り買いにおいて、この影響を受けると、4つ星、5つ星が数多くついている商品やサービスを、無条件に買ってしまう可能性があります。多くの人々の評価に流されて、本当に自分にとっていい商品かどうか、判断が甘くなりかねないため要注意です。

ここまでは、クチコミに関する心理について解説してきました。基本的にはクチコミを見る側が、誘導されやすい自分の心理について知り、誤った判断を避けてほしいという意図です。

ここからは別の観点から、クチコミに関する注意点に触れておきます。この項で紹介したウィンザー効果、ハロー効果、バンドワゴン効果などによる心理の誘導を、広告であることを隠しておこなうケースがあるのです。

それは「ステルスマーケティング」と呼ばれます。日本においては、2012年の「ペニーオークション詐欺事件」で有名になりました。

ペニーオークションは、毎回の入札ごとに手数料が必要になる形式のインターネットオークションです。表示上の開始価格や落札価格は、通常のオークションより安いものの、高額の手数料がかかります。

一時話題になりましたが、運営者が入札金額を釣り上げるダミー商品ばかりで、実際には低額での落札が不可能などの不正が明らかになり、運営者が有罪判決を受けました。

問題は、著名な芸能人が、報酬を受け取って自分のブログなどで、格安で落札したなどという架空の事実を発信していたことです。第三者であるはずの芸能人を使った広告であるにもかかわらず、そのことを隠していたわけです。まさに、ウィンザー効果やハロー効果を悪用したネット・クチコミです。

欧米では現在、ステルスマーケティングは違法です。アメリカではPR活動において、広告主との関係や金銭授受の有無を公開するよう義務づけられています。違反すれば民事訴追や行政措置を受けます。

一方、日本では、ステルスマーケティングそのものを違法とする法律は存在しません。したがって欧米以上に、不正なクチコミに接する危険があります。

怪しげな日本語で商品のよさを主張するレビューなど、国内で取り締まるのが難しそうなケースも見受けられます。こうした状況がすぐに変わるのは難しいでしょう。

だとすれば、自衛の意識を持つしかありません。ネット・クチコミに関しては、ステルスマーケティングである可能性を、つねに意識することです。さらに、行動経済学の観点で、自分自身の心に生まれる心理的バイアスも知っておくことが必要です。

しかしながら、誤った方向への誘導を避けるのは簡単ではありません。もし、自分の判断に関して精度を上げようとするならば、自分の買い物行動について、情報収集から購入の結果までのプロセスを買った後で思い返し、失敗を記憶するのがいいでしょう。購入前のクチコミ情報に嘘があったとわかれば、次からは、そのサイトを慎重に見るのです。

ネットから得る情報の真偽を見極めるのは、面倒かもしれません。しかし買い物に限らず、すべての生活において必要な技術です。

自分のお金を損しながら得た判断技術は、単に教えられただけの知識よりも貴重なものになるはずです。買い物をすることで、生活全般に必要な情報収集の技術を学ぶのも大切なことだと言えるでしょう。