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新規事業がうまくいかない人々に足りない3視点

 

最近多くの方から聞かれる課題意識がある。「日本にはイノベーションが必要である!」

これに共感するあなたは、新規事業疲れ、という言葉をよく聞くかもしれない。

世の中はものすごい勢いと速さで変化している。わが社も変化しないと未来がないかもしれない。でも、既存事業を変えるのは大変だ。そうか、新規事業をやってみよう。若手に発案してやってもらえば士気向上にもなるだろう。

そのようにして多くの新規事業が発案され、取り組まれている。まず、新規事業に取り組むだけでも、素晴らしいことである。相当のエネルギーを使うものであるから。ただ、そのエネルギーを費やしても新規事業の多くは失敗すると考えておいた方がいい。

せっかく取り組むのだから、成功させたいものである。そして何故か、新規事業を成功させるのが上手な会社と、そうではない会社がある。実は、その分かれ目となる新規事業を成功させるためのコツがある。

拙著『PwC Strategy&のビジネスモデル・クリエイションー利益を生み出す戦略づくりの教科書』でも詳しく解説しているが、コツは実はとてもシンプルで、新規事業はビジネスモデルを真摯に考え、設計することである。ビジネスモデルを中心に3つの大きなハードルを乗り越えればよいのである。

1つ目はビジネスのコンセプトに新規性はあるか、2つ目はビジネスモデルが適切に設計できているか、そして3つめはビジネスモデルを実現しきれるか、である。全てクリアしないと新規事業は事業として成功することはない。

今回はビジネスコンセプトの新規性に焦点を当て、各々のハードルについて、課題の内容と対応策を見ていこう。

新規性の罠

新しいビジネスは新規性がなければ成功がおぼつかない。他社と全く同じでは、どうやって勝っていくのか見通しが立ちくにい。一方で、新規性があればあるほど結果の確実な見通しがつかないことが多い。まだこの世にないものが顧客に受け入れられるのか、どれだけ調査をしても不確実性は残る。

できる限り新規性のあるものに取り組みたいが、その場合には、新規で確実な見通しがつかない中でコンセプトを作らなくてはならないのである。どちらの道をいっても行き止まりのように思えるかもしれない。

しかし、ご安心あれ、対応策はある。

新規性のあるアイデアをひらめけと言われても簡単にはいかないとも思える。しかし実は大抵の場合、新規性は大きく3つの場合に生まれるといえる。この観点を掘り下げる とアイデアがひらめきやすくなる。

1.テクノロジーが進化した!

まず、テクノロジーの進化により新たなニーズに対応できるようになったケース。新規性といったときにこのアプローチをイメージすることが多い。

製薬企業は研究開発を進めることで、多くの病の治療を可能にしてきた。多くの人が困り、悩んでいた課題を新しい薬によって治療することができるようになるのである。あるいは、古くは産業革命で機械化が大きく進み、大量生産ができるようになった。この際に生まれた多くのビジネスもテクノロジーの進化による新規性をもったビジネスアイデアと言える。

今までできなかったことができるように

最近の例では、インターネットの普及によりネット通販(EC)、メーカーから消費者への直販(Direct-to-Consumer、D2C)、ネットオークションなどの消費者間の取引環境の提供(Consumer-to-Consumer、C2C)などの各種のビジネスが生まれた。

インターネットだけではなく、IoT(モノのインターネット)、ドローン、AI(人工知能)、ブロックチェーン、その他多くのテクノロジーが活用できるようになっており、これらの技術を活用した新しい事業が次々と開発されている。これらの技術を使って、今まではできなかったことができるようになる。

 

IoTで機械の故障の予兆が遠隔地からわかるようになったり、ドローンでより円滑スムーズにコストの安い配送が実現したり、AIで匠の技が再現可能になったり、沢山の可能性が模索されている。前提となるテクノロジーの進化に、対応する満たされないニーズを的確に捉えることで新規性のあるアイデアにつなげることができる。

2.新しい解決法がひらめいた!

次に、長らく見過ごされてきた困りごとに対応するケースである。

例えば新しい機能を提供する洋服が該当する。誰しも、冬はあまり厚着をしなくてもおしゃれに温かく、夏は逆におしゃれな重ね着をしても涼しくいたいと感じる。ただ、寒いときに、「おしゃれOR温かさ」、暑いときは「薄着OR涼しい」という「当たり前」に慣れすぎている。

そのため、寒いときに、薄くて温かい素材を開発することで「おしゃれAND温かさ」を、暑いときには、着ることで涼しくいられる素材を開発することで「おしゃれAND涼しい」という構図を実現できることは見過ごされがちである。このニーズに着目をし、該当するテクノロジーを適用すれば、多くの人が喜ぶものとなる。

是非チャレンジしてみたい新規性であるが、私たちは、今身の回りにあるものを当たり前と思ってしまうので、このアプローチは思うほど簡単ではない。

まずは常識を疑おう

まずは、常識を疑うところから始めるのが良い。常識を疑い、批判的な思考を進めることで、常識を壊し、長らく見過ごされてきた困りごとに対応するための思考を進めることができる。当然だと思って受け入れてきたトレードオフの関係がなくてもよいかもしれないと考えてみるのも、良い思考の出発点となる。

3.世界が変わった!?

最後に、社会が変化する際など新しく生じたニーズに対応するケースである。

先行き不透明な時代はこのようなニーズの宝庫である。日本は東京一極集中後の少子高齢化と、共働き家庭の急速な増加などという大きな社会構造の変化の真っただ中にある。この場合、もともと想定していた社会の体系が、消費者の生活の在り方に応えきれていないということが多発する。

例えば、いま日本には、専業主婦世帯と言われる世帯がどれくらいいるか、ご存じであろうか?

 

データを見ると、1980年に日本では1114万世帯が専業主婦世帯であった。一方の共働き世帯は614万世帯、世帯数で専業主婦世帯の半分強しかなかった。2020年をみると、専業主婦世帯は571万世帯しかない。共働き世帯はその倍以上の、1240万世帯ある(厚生労働省「令和3年版厚生労働白書-新型コロナウイルス感染症と社会保障-」図表1-1-3 共働き等世帯数の年次推移)。日本が長く前提としていた、夫が外で働き妻は家で家事や育児に携わるという役割分担は成立しておらず、すでに、少数派ですらあるのである。

賢い専業主婦を支えてきた食材の宅配型のサービスは、オートロックのマンションの増加と、共働き家庭の増加により平日の日中の受け取りができなくなった。これにより事業の根幹を担ってきた宅配のあり方を含め事業モデルの転換を迫られている。一方で、配送時間や提供商品に工夫を凝らしたサービスが共働き世帯に支持されている。

世界が変わっていることに気づくのは難しいが、これらの変化に立ち向かうことで、新規性のあるアイデアに近づくことができるようになる。

新規性があればあるほど不確実性が高まる

新規性のもう1つの側面は不確実性である。新しいが故に、巨大な事業機会とも、全くの空振りにもなりうる。

不確実性を取り払う打ち手の1つは後述するビジネスのロジックを注意深く組み立てることであるが、こちらは近日配信予定の次回記事で詳しくお伝えしたい。

ここでは、新規性を検証するためにパイロット活動で実際に小さく試してみることの重要性を指摘しておきたい。ビジネスではやってみないとわからないことが多くある。不確実性のない状態にしないと動くことができないと考えてしまえば、動くことができなくなる。

新規性を捉える場合にはスピードが重要で、一定のリスクを管理しながら進めるものだという前提を置くべきである。考えてもわからないもの、証拠のないものを証明しようと続けるよりはまず小さくパイロット活動をやってしまうのが良い。やってみると多くの発見があるものである。

最後に、ビジネスモデルの実現においても柔軟、臨機応変であることは重要である。少しやってみる、起こったことを見つめて一歩引いて修正点を考える、これを繰り返す。これを繰り返しているうちに、気づいたら新規の事業が立ち上がっているはずである。