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GAFAの戦略バイブルに書かれていた「すごい予言」

 

GAFA創業以来の戦略バイブル

グーグルが検索エンジンで、そしてフェイスブックがSNSで、それぞれ定番になりつつあった頃、多くの人はこう考えた。

「確かに使いやすい。周りも使っている。でも赤字だよね。どうやって儲けるの?」

グーグルがGメールを始めたときも、多くの人はこう思った。

「確かに使いやすいけど、なんで検索専業のグーグルがメールやるの?」

アマゾンが儲けのほとんどを自社サービスの向上に注ぎ込み赤字を続けていたときも、多くの人はこう思った。

「確かにどんどん使いやすくなるけど、アマゾンは儲けるつもりあるの?」

2000年からの10年間、インターネットの急速な普及を横目に「やはり日本はものづくり」と考えていた多くの日本企業には、彼らの戦略は理解できなかった。

いまから振り返ると、彼らはライバルを圧倒する高品質なサービスを作り上げることで、莫大なユーザー数を獲得して市場を寡占化し、ユーザー1人当たりのコストを極限まで下げ、さらにユーザーを囲い込み圧倒的な高収益の実現を狙っていたことがわかる。

インターネットが世界を変え始めた20年以上前に、彼らは情報経済の本質を的確に見抜いたうえで、周到な戦略を描いていたのだ。そんな彼らが教科書としていた、情報経済の本質をまとめた本がある。それは、「情報経済を読み解く不朽の名著」といわれる"Information Rules"(邦訳版『情報経済の鉄則』、日経BPクラシックス)。シリコンバレーのベテラン経営者たちも、本書を強く推している。

アマゾン創業者のジェフ・ベゾスは、「情報経済という新たな世界に飛び込みたい人は、本書の鉄則に従えば成功の確率が格段に高まる」。

グーグル元会長のエリック・シュミットは、「ネットワーク経済学を説明した初めての本。シリコンバレーをはじめ全世界で日常的に起こるクレイジーな出来事を解説する本書は、21世紀の全ビジネスパーソン必読書だ」。

またインテル創業メンバーのアンディ・グローブも「実にすばらしい本。ネット時代に経済原理をどう応用すればいいのか、生きた実例を挙げて平易な言葉で教えてくれる」。

刊行は1998年。変化が激しいネットビジネスではもはや古典とも言えるが、膨大な経済学の原理原則にもとづき、情報経済で戦略的に意思決定する方法を解説している。だから時代を超えても役立つ。著者カール・シャピロとハル・ヴァリアンは、理論と実務の両面に精通する経済学の研究者だ。

情報経済の鉄則は意外なほどシンプル。当たり前のことも多い。これを体系的に理解し実践するか否かで、雲泥の差が付く。しかしながらいまだに大多数の日本のビジネスパーソンが、本書の内容を十分に咀嚼していないのも現実だ。本記事ではポイントを紹介していこう。

情報経済の2つの特性と、5つの戦略的視点

最近の私は、映画をネット配信で観ている。制作費数百億円の映画作品でも、視聴料金は数百円だ。私はアマゾンプライム会員なので、追加料金すら払わず映画を観ることもある。この映画・書籍・音楽・ソフトウェアのように情報主体の商品や財が、情報財だ。これら無形の情報財は、有形財であるモノ商品とはまったく異なる特性がある。

クルマのような有形財は、1台つくるたびに生産コストがそれなりにかかる。しかし映画のような情報財は、制作費は大きいが、ネット配信すれば作品を顧客1人ひとりに届けるコストはほぼゼロ。情報財はモノ(有形財)とは異なり、生産コスト(固定費)が高く、追加でもうひとつ生産する費用、つまり再生産コスト(変動費、または限界費用ともいう)がほぼゼロという特性がある。

また完成した映画を公開中止すると、制作費用はすべてムダになり回収できない。このように情報財は生産コストが埋没費用(サンクコスト)になってしまう特性もある。

情報財はこのように「再生産コストはほぼゼロ」「生産コストは埋没費用」という2つの特性がある。そこで情報財では、次の5つの戦略的な視点が必要になる。

視点❶ 価格設定……価格は生産コストでなく、顧客の価値に応じて決める必要がある。
視点❷ 知財管理……情報財はすぐコピーできるので知的財産の保護が難しい。むしろ保護せずに価値を高める方法に、発想を転換する必要がある。
視点❸ スイッチング・コスト……情報財は囲い込み(ロックイン)が起こりやすい。
視点❹ 正のフィードバック……強者はさらに強く、弱者はさらに弱くなる。勝者総取りだ。
視点❺ 規格化と標準化……規格化と標準化を早く確立できれば情報財は広がっていく。このためには早い段階で味方と競合の見極めが必要だ。協業や協力体制が勝敗を握る。

いずれも重要なポイントだが、本記事ではこの中から❸スイッチング・コストと❹正のフィードバックの概要を紹介しよう。

スイッチング・コストをデザインせよ

私がかつてPCをウィンドウズからマックに乗り換えたとき、データ移行や操作方法の習得などで数カ月間かかった。このような乗り換え時のコストが、スイッチング・コストだ。

また私は20年近くGメールを使用している。メールアドレスの引っ越しは実に大きな手間がかかるし、Gメールはセキュリティーレベルも高いので、Gメールからの乗り換えなんて考えたこともない。これもスイッチング・コストの一種だ。

情報財は、スキル、データ移行、契約の縛り、移行先を検討する手間など、スイッチング・コストが増大する構造になっている。スイッチング・コストが増えると顧客はそのサービスにロックイン(囲い込み)される。ロックインされた顧客はサービスを使い続けざるをえない。こうして顧客をつかんで離さない力があるロックインは、莫大な利益の源泉になる。

 

インターネットで成功したサービスは、いずれもスイッチング・コストをうまくデザインして顧客をロックインしている。楽天もそうだ。ショッピング・証券・銀行・カード・旅行・通信といった「楽天経済圏」の中で楽天ポイントを貯めて安く買い物できるのも、利便性によって顧客の乗り換えコストを高めて顧客を囲い込むためなのだ。

商品を使うユーザーが多いほど商品価値が高まるのが、正のフィードバックだ。コロナ禍で広がった在宅ワークのおかげで、Zoomユーザーが一気に増えた。他社も同等サービスを出しているが、Zoomに慣れた人はスイッチング・コストがあるため、他社サービスを使いこなすのに戸惑ってしまう。こうしてますますZoomが使われる。

正のフィードバックを起こせ

情報経済では正のフィードバックにより、強者はさらに強く、弱者はさらに弱くなっていく。顧客が「主流になりそう」と思う商品が選ばれ、さらに売れる好循環が起こる一方で、「将来性がない」と思われた商品は売れなくなる。

アップルはiTunesで「音楽ダウンロード販売」を始めて一時はデジタル音楽販売市場を独占していた。しかしSpotifyが2006年に「定額聴き放題サービス」を始めると、わずか10年で主役は交替した。情報経済では新興企業が市場を独占したり、既存技術が新登場の最新技術であっという間に葬り去られるのもこの仕組みのためだ。

有形財主体のモノ経済ではこうならない。大手はある程度まで市場シェアを上げられるが、独占まではできないのだ。これは「規模の不経済」があるからだ。生産工場で生産量が一定規模を超えると、生産管理や調整が急に複雑になり、逆に生産コストが上がってしまうという「規模の不経済」が起こるのだ。

情報経済では再生産コストがほぼゼロ。だから「規模の不経済」は起こらない。むしろユーザー数が増えれば増えるほど、ユーザー1人当たりのコストが劇的に下がり続ける。この結果、競争上も圧倒的に有利になり市場を独占できるのだ。グーグル検索やフェイスブックのユーザー数は、いまや全世界で数十億人。彼らは世界で最も低コストなサービスでもある。

正のフィードバックには、もうひとつ要因がある。情報経済では同じ商品を使う人が多いほどユーザーにとって魅力的になる。たとえば電話。電話を使う人が世界で数人なら、電話の価値はほぼゼロ。電話は多くの人が使い、世界中の人とつながるからこそ価値がある。つながるユーザー数が多いほど価値が上がることを「ネットワークの外部性」という。メトカーフの法則により、ユーザー数が10倍だとネットワークの価値はなんと約100倍になる。市場シェア90%のサービスの価値は、市場シェア9%のサービスの100倍なのだ。

かくして強者はますます強く、弱者はますます弱くなり、正のフィードバックの上昇気流に乗った企業が最大の勝者になる。検索エンジン(グーグル)やSNS(フェイスブック)のように、「勝者総取り」の市場になる。こうして見ると、GAFAは情報経済の鉄則に忠実に沿って戦略を展開してきたことがわかるだろう。

GAFAと比較すると、いまだ「ものづくり」にこだわっている日本企業は、情報経済の鉄則を十分に理解しているとは言いがたい状況に見えてしまう。しかし依然として「やはり日本はものづくりしかない」と言っている日本企業は少なくない。

危機感を持って先手を打つ日本企業も

一方で情報経済の鉄則を熟知するGAFAをはじめとするライバルたちは、その強みを生かして、さらに新しいビジネス領域に触手を伸ばしている。

たとえばアマゾンはリアル小売り店舗や配送業への挑戦を、グーグルやアップルも自動運転への挑戦を、長年しぶとく続けている。彼らがリアルビジネスに挑戦するときも、徹底したIT利活用により情報経済の鉄則を忠実に守り、スケーラブルなビジネス実現を目指している。情報経済の鉄則を理解しないまま彼らと同じ土俵で戦うことは、大相撲の横綱にちびっ子力士が挑むようなもの。まず勝ち目はない。

そんな中、大きな危機感を持って先手を打つ日本企業もある。

空調機器で最大手のダイキン工業・十河政則社長兼CEOは、グーグルやアップルが住宅全体を制御・コントロールし始めたら、「空調」がデバイスの1つになる可能性もある、という危機感を持っている。このために、たとえば顧客の空調データを収集して顧客価値を高めるソリューション事業に注力することで、ビルの世界でプラットホームを確立すべく変革に取り組んでいる。

情報経済の比重が大きくなった現代において、情報経済の鉄則の重要性はますます高まっている。デジタル化が急速に進むこの世界でビジネス判断を下す際に、何に注目すべきなのかを考えるうえでも、本書の内容はぜひ理解したい。