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今の日本に「バラマキ政策」適さないシンプルな訳

今回の記事のまとめは、以下のとおりです。

(1) バラマキ的な量的景気刺激策は特にデフレ不況時に効果的である
(2) しかし、第二次安倍政権以降は、デフレでもないし不況でもない
(3) 世界的にも、デフレ不況は滅多に起きない
(4) 180年、17カ国のデータ分析では、73回の不況のうち、デフレ不況はたった8回
(5) 財政出動の効果は、失業率が高いほど大きくなる
(6) 失業率が高ければ、乗数効果は1.5を超えることもある
(7) しかし、日本は史上最高の労働参加率を維持している
(8) 不況ではないときは、乗数効果は0.5程度
(9) 乗数が1以下の場合、財政出動するほどGDPは成長しないので、財政はさらに悪化する
(10) よって、リフレ派などが主張するほどには乗数効果は期待できないし、危険である
(11) 財政出動の議論は乗数効果に終始するべき
(12) 日本政府は乗数が1以上の投資に専念するべき
(13) よって、政府は三大基礎投資に集中的に財政を使うべき

日本にはびこる「需要至上主義」の弊害

菅政権が終了するタイミングに合わせて、Twitterを始めました。発信を始めたところ、国会議員なども含めて、仰天するようなコメントを多数いただき驚きました。

特に、「日本は20年間、デフレ不況だ」「需要が足りないから、経済は成長しない」「需要が足りないから、インフレ率が2%になるまで、毎年100兆円を超える財政出動が不可欠だ」といった趣旨のコメントが多く、びっくりしました。

先の総選挙のときには、このような理由で消費税減税やバラマキが唱えられ、1つの争点になっていました。

この考え方に従うと、「構造改革は必要ない」という結論が導き出されます。それは、需要がないので、構造改革は逆効果だという主張です。

生産性を向上させても、最低賃金を引き上げても、需要が足りない以上は効果が上がらない。一部の企業は生産性を向上させられるとしても、その分、他の企業の業績が悪化するだけだ、と展開されます。

企業が設備投資をしないのも、「目先の需要がないから設備投資をしていないだけ」と言われます。逆に、需要が先に戻れば、自動的に生産性が上がり、企業は設備投資を始めるとも論じられています。

消費税に関しては、需要を冷やしている点に特に注目し、消費税の引き上げは日本経済が成長しない原因になっているという理屈が展開されます。消費税を引き上げたから、デフレになった。そのため消費が低迷しているから、企業は投資をしないのだ。そんな極端な論理を展開する意見も見られます。

消費税の引き上げによって個人消費が冷やされてしまっているので、とりあえず消費税を減税するか廃止し、個人消費を刺激する。つまり、巨額の財政出動によって市場にお金を流し、経済を成長させるというのが、この理論を展開する方の多くが提案している処方箋です。

この論は一応、首尾一貫はしていますが、ひとことで言うと「需要至上主義」です。今回はこの論にどこまで示唆があるかを検証したいと思います。

「いまはデフレ不況だ」という洗脳

先の総選挙の際も、野党各党により消費税の減税または廃止が提案されました。理屈は先ほど紹介した主張と同じです。GDPが伸びないのは需要が足りていないからで、減税によって需要を刺激すれば経済が回復するとされていました。

たしかにケインズ経済理論では、金利が低迷しているときは金融政策の有効性が低下するので、金融政策だけでは経済は回復しないとされています。そんなときほど積極的に財政出動をするべきであると示唆されています。

今日の日本でも、仮に需要が足りていないことが原因となってデフレ不況になっているのであれば、話は簡単です。ケインズ経済学に基づいてインフレが2%に達するまで大胆な財政出動を行えば、経済は回復するでしょう。

しかし、ケインズ経済学で論じられているデフレ不況対策を正当化するには、当然ですが日本がデフレ不況に陥っていなくてはいけません。今までGDPが伸びていない原因は需要不足であり、人口減少などの他の要因は主要因ではないということにしないと、理屈が合わなくなります。

だからこそ、インフレ派の人は「20年間の不況だ!」「デフレだ!」「需要が不足している!」「財政だ!」という洗脳戦略を講じるのに熱心なのです。

しかし、この理論は本当に事実を正確に捉えているのでしょうか。この20年間の経済低迷は需要不足によるデフレ不況だったのでしょうか。

私が「デフレ不況だったのか否か」にこだわるのは、その答えによって、財政出動の「乗数効果」がまったく異なるからです。

ケインズ経済学では、不況のときに財政出動を行えば、需要が増え、それに伴い失業者が減り、需給の均衡がもとに戻ると論じられています。ここで、「財政出動の何倍の需要が増えるのか」を表すのが「乗数効果」です。たとえば乗数が3なら、1億円の財政支出で需要が3億円分増えることになります。

経済学の教科書には、「乗数=1/(1-限界消費性向)」と計算できるとあります。限界消費性向が90%ならば、財政出動による経済効果は1/(1-0.9)=10です。つまり100兆円の財政出動を行えば、1000兆円の経済効果が得られるとされます。

しかし、言うまでもなく、これは特殊なケースでしかありません。実際にはこのように教科書どおりにはなりません。海外ではこの乗数が実際はどれくらいなのか、データ分析によって確認されています。

乗数を変化させるさまざな要因

まず、誰を対象とした財政出動を行うかによって乗数効果は変わります。富裕層を対象とした場合は乗数効果が小さくなり、貧困層を対象とした場合は大きくなる傾向が確認されています。

また、使途によって需要の持続性も異なってきます。一般的に、公共投資は最も持続性が高いとされています。

さらに、需要を創出した後に、どこまで供給側が反応するかという供給制限も乗数に影響を与えます。輸入の影響も受けますし、財政出動によって、そもそもの限界消費性向が変わることも確認されています。

民間需要のクラウディングアウトがどれほど起きるかによっても、乗数は異なってきます。クラウディングアウトとは、政府支出が民間の需要を「相殺」してしまうことです。

例えば、今年100兆円の公共投資を行おうとしても、建設事業者は他にも民間の事業を行っているので、公共工事の金額が大きくなればなるほど、両者をこなすのは現実的に不可能になります。仮に雇用を増やしたとしても、単年度の供給制限は残るので、利益率が高ければ、公共工事を請け負った分、一部の民間事業の依頼を断ることになります。

つまり、100兆円の公共工事を行ったからといって、需要が100兆円まるまる増えるとは限らないのです。

もう1つ見逃してはいけない大事なポイントがあります。IMFが出している「Fiscal Multipliers: Size, Determinants, and Use in Macroeconomic Projections」という論文によると、ケインズ的な財政出動の乗数は、不況のときのほうが不況ではないときよりも大きいとあります。

この違いは、供給側がどこまで供給を増やせるかによって生じます。

先ほど「ケインズ経済学では、不況のときに財政出動を行えば、需要が増え、それに伴い失業者が減り、需給の均衡がもとに戻る」と説明しました。不況のときは失業者があふれているので、彼らを雇用することで供給を増やせる反面、不況でないときは新規雇用が難しいためそこまで供給を増やせません。この違いが、財政出動の乗数の違いに関わってくると考えられているのです。

一方、金利が低ければ低いほど、乗数効果が高まるとされています。この件に関してはたくさんの論文で報告されています。

海外のデータ分析によると、金利がゼロで非常に景気が悪いときには、1.5くらいの乗数効果が得られると分析されています。しかし、不況ではないときは、よくても0.7、悪い場合は0.3に留まるとされています。このような違いが生じるのは、先ほど説明したとおり主に失業者の数が違うからです。

 

だから「日本はデフレ不況であるか否か」が重要なのです。デフレ不況なのであれば1.5倍の乗数効果が期待できるかもしれませんが、そうではなければそこまでの効果は期待できません。

海外の議会での財政出動の議論を見ると、乗数効果の説明と予想が当たり前のように最初に来ます。提案する有識者や官僚がそのデータを出すのです。

しかし、日本では、財政出動の議論で、乗数効果の話をあまり聞いたことがありません。リフレ派の提案にある「消費税減税」や「消費税廃止」に関しても、その乗数効果の提示はありません。ただ単に「経済は回復するでしょう」と言われるだけです。

デフレ対策は失業対策

このように、経済の状況によって、財政出動に期待できる効果はまったく異なってきます。この点を真剣に考える必要があります。

今後の財政出動を慎重にするべきか、積極的にすべきかは、第二次安倍政権以降、日本経済がデフレ不況だったのか否かによって判断するべきです。

私は、この「日本=デフレ不況」説は安倍政権以降、完全に崩壊していると考えています。時代遅れなのです。

まず、ケインズ経済学の財政出動論は、失業率が大きく上がっている経済情勢にどう対応するかを基本としています。労働者は働きたいのに、仕事がないという状況を大前提にしているのです。

というのも、ケインズ経済学はそもそも、1930年代の大不況を解決するために作られた理屈だからです。金融政策だけではデフレ不況を解決することができないなら、政府支出によって需要を創出し、経済の均衡を高めて、雇用を増やそうという政策提案でした。

ケインズ経済学だけではなく、MMT支持派の人たちの本にも、Wikipediaの「Modern Monetary Theory」という項目にも「Main strategy uses fiscal policy; running a budget deficit large enough to achieve full employment through a job guarantee.」と書いてあります。完全雇用になるまで、財政出動を行うということです。

MMTは、GDPに対する国の借金を気にしすぎて完全雇用を達成できないのは、大きな機会損失であると論じているのです。MMTでは、借金のGDP比率は本来気にする必要はないので、すべての資源が最大限活用されるまで財政出動をするべきだと指摘しています。

なお、資源が最大限まで活用されるようになれば、GDPは大きく増えて、結果として財政は健全化するとされていますが、これはもっともな話です。

問題1:失業率は高くない

しかし、現在の日本の労働参加率は史上最高、かつ世界最高水準になっています。

OECDのデータによると、2020年では日本の労働参加率(15~64歳)は79.6%で、OECD38カ国中の7位、主要先進国としては最も高い水準でした。ちなみにOECDの平均は71.5%です。しかも、65歳以上の労働参加率は25.5%で世界4位でした。

デフレ不況やデフレスパイラルというのは、需要が減るのに呼応して企業が雇用を減らし、それがさらなる需要の減少につながるという悪循環が始まるものです。この場合、経済の均衡が低下して、低いレベルで安定することが問題視されます。

そのため、不況になったときに失業率が上がらないように、大胆な景気刺激策として財政出動をするという理論が政策のバックボーンになります。デフレ対策は労働生産性向上などを狙ったものではなく、なくなった需要を補填するものなのです。

しかし、日本は完全雇用に非常に近い状態ですし、これからも継続的に生産年齢人口が減ります。ですから「完全雇用を実現するために、大胆な需要対策が必要である」という理屈は、前提からして成立していないのです。

そもそも、需要が足りないことが日本経済の最大の問題点なのであれば、なぜここまで労働参加率が高いまま維持されているのでしょうか。

需要が足りなくて失業率が上昇しているのであれば、景気刺激策を打つという理屈もわかります。しかし失業率が極めて低い現状、景気刺激策は必要ないし、効果も薄いと考えられます。

日本は本当にデフレなのか?

問題2:デフレではない

「インフレ率2%目標を達成するまでは、財政出動を積極的にするべきだ」という主張の大前提は、日本がいまデフレ不況であるという理解です。実はこの大前提がそもそも間違いです。安倍政権になってから、日本経済はデフレではなくなっているのです。

デフレは、物価が全般的かつ継続的に下落することと定義されています。一部の物価が大きく下落して物価指数が下がっても、それは定義上デフレではありません。その定義に照らし合わせると、安倍政権以降はデフレではありません。

確かに、特に1998年から2002年あたりまでは議論の余地があると思います。しかし、2012年以降、デフレであるという指摘に根拠はありません。

 

日本だけでなく、インフレ率は多くの先進国で低下しています。そんななかで、1980年代から主要先進国のインフレ率を下回っている日本のインフレ率がデフレに近い水準まで下がっているのは日本国内の需要が足りないからだというのは、極めて視野の狭い見方だと思います。

しかし、この事実を無視して、「2%のインフレ目標を達していないから、デフレだろう」という反論も受けます。

2%のインフレ目標に達していないのは事実ですが、「インフレ率が2%に達していないからデフレ」というのは暴論でしかありません。

依然デフレに陥りやすい水準にあることは事実ですが、デフレを脱却できていないというのは言いすぎです。さまざまな政治的な事情で「脱却宣言」はできていませんが、それをもって「脱却できていない」とするのは、科学的な態度ではありません。

そもそも、前回の記事(もともと失言「インフレ率2%目標」に固執する暗愚)でも説明したように、2%のインフレ目標は日本には適していないと思います。1%以下が妥当でしょう。

さらには、「賃金が上がっていないからデフレだ」と主張する人までいますが、言うまでもなく、デフレは物価指数で見るので、賃金水準でデフレを定義することはできません。

また冷静に分析すると、「デフレは100%悪いこと」と断定することもできません。高インフレ同様に、激しいデフレもよくないですが、低インフレと低デフレは別にそこまで敵視する必要はありません。特に、高齢者のように年金や貯金で生活をしている人にとって、低デフレのほうがありがたいのは言うまでもないでしょう。

「Deflation and Depression: Is there an empirical link?」(NBER、2004年)という論文では、2000年までの180年にわたる先進国17カ国のデータを分析しています。

結果、デフレになったのは73回でしたが、そのうち65回は不況ではありませんでした。デフレを伴う不況は8回しかありませんでした。

要するに、デフレだから不況という説は180年間、17カ国のデータによって否定されているのです。デフレと不況には直接的な関係はありません。問題はデフレかどうかではなく、不況かどうかです。

日本は好況でもないが不況でもない

問題3:不況でもない

短期的な視点で、コロナ禍では大きな景気刺激策が必要だという人がいますが、アメリカのコロナ不況はたった2カ月で終わりました。不況の期間としては史上最短です。

アメリカ連銀の分析によると、コロナ不況は主に供給ショック型の不況でした。例えば、お金がないから外食しなかったのではなく、外食の規制がかかっていたので、需要することができなかっただけです。

ですので供給制限が解除されれば、財政出動をしなくても、総需要の大半は自動的に戻るとされています。今のアメリカのインフレも、主に供給の制限(コストプッシュ)から発生しています。

 

このアメリカの例でもわかるように、今の需給ギャップの全額を財政出動で埋めようとするのは誤りです。

もう少し長期的に考えると、安倍政権になってからは、定義上、不況ではありません。

不況は、かつては「2四半期連続のGDPマイナス成長」と定義されていました。今は、GDP成長率、実質賃金の動向、失業率の動向、生産量の動向、卸・小売の動向などを総合的に判断して決めます。経済成長の低迷が特定の業種に限定されているのか、また経済全体に悪影響が及んでいるかどうかも重要なポイントです。

この指標をベースにして安倍政権以降の経済の実績を見ると、主に賃金を見れば好景気とは言えませんが、生産量、GDP、雇用、消費総額の動向を見れば、不況ではないと断言できます。不況ではなく「低景気」と言うべきでしょうか。

どの経済学の論文を見ても、不況のときは財政出動の効果が大きくなると確認されていますが、不況ではないときはその効果が薄れるとされています。

このように不況でない以上は、量的景気刺激のための財政出動は慎重に考えるべきなのです。

個人消費は増えている

問題4:デフレギャップも理屈にならない

デフレギャップが大きいので、デフレだと言われることもあります。しかし、デフレとデフレギャップは別々の概念なので、デフレギャップが大きくてもデフレにならなかった例は数多くあります。

理屈上、デフレギャップは、輸出の減少や設備投資の減少、個人消費の需要の減少によって拡大するとともに、それまでの成長率を下回ることによっても拡大します。

 

日本は1994年から2019年まで、個人消費は増えていますが、輸出と設備投資は減っています。これだけを見ても、個人消費が問題で、個人消費を刺激するべきだという主張は不適切です。

さらに言うと、デフレギャップのもう1つの原因は日本経済の成長が過去のトレンドを下回っていることですが、それは人口の増加トレンドが過去のトレンドを下回っているからです。

世界的に、戦後の経済成長にしめる人口増加要因は約50%と言われているので、当然、人口が増加しなくなった1995年以降の日本では、潜在成長率が下がっていると考えられます。

問題5:需要が足りないというエビデンスもない

バラマキ的な財政出動を主張する人は決まって、日本経済が成長しない原因は日本の消費者にお金がないことだと言います。そして、需要がないから物が売れない、だからデフレなのだと主張します。

その延長で、お金がない原因を消費税に求める人も多くいます。こういう人たちは、消費税減税や廃止を提案します。あわせて、財政出動をすれば需要が戻って、経済は成長すると強調します。しかし、なぜお金がないと言えるのか、そのエビデンスを示してもらいたいと頼んでも、出てきたことがありません。

日本は消費性向が低いですし、個人金融資産は2021年6月末時点で1992兆円と過去最高を更新しました。

企業にも内部留保が溜まりまくっているので、設備投資を増やせないはずはありません。

需要がないのではなく、日本企業が需要を発掘できていないのです。自分たちでできていないのに、政府に「その需要を作ってくれ」というのは、かなり無茶苦茶な要求です。

魅力的な商品をどんどん作っていければ、どんどん売れるに決まっています。それができていないから需要が増えていないのではないでしょうか。

需要が増えても、設備投資が増える保証はない

問題6:そもそも需要主導型の景気回復は弱い

人間は、生きていくためには消費をしないといけませんので、そもそも個人消費が不況の原因になることは少なく、不況時には個人消費のGDPに占める比率が上がるほうが一般的です。また政府支出の対GDP比率も、不況時には経済を下支えするために高くなることが多いです。

つまり、需要が足りない主な要因は企業部門にあるのです。設備投資などの要素は個人消費に比べて、変動率が激しいとされています。当然、好景気の場合、企業の需要が増えていることが多いのです。

しかし、特に最近、個人消費の増加が経済成長のドライバーとなることが増えています。ただ、国際決済銀行が調べたところ、その持続性も回復幅も、設備投資主導の景気回復に比べて弱いと分析されています。

経済は需要と供給で成り立っています。当然、供給を増やすためには需要が増えないといけないのですが、需要が増えたからといって、供給側が必ず設備投資を増やすという保証はありません。

先ほどの図表にありましたように、事実として、今の日本でも、個人需要は増えているにもかかわらず、企業はむしろ設備投資を減らして、内部留保を増やしているのが実態です。

しかも、企業は目の前にある今の需要が増えた場合、雇用を増やすかもしれませんが、設備投資を増やすとはかぎりません。

 

企業は今の個人消費の持続性と、将来の需要の見込みを見て設備投資を判断をするので、政府がお金を出して需要を創出したからといって、企業がそれに応えて設備投資を増やすとは限らないからです。特に、財政が悪化すればするほど、企業は設備投資を控える傾向が確認されています。

どんな経済政策でも、最大の目的は以下の2つです。

(1)雇用の量の確保
(2)雇用の質の向上

働きたい人全員に提供できる「雇用の量」と、十分な生活ができる賃金をもらえる「雇用の質」です。

ケインズ経済学は1930年代の大失業時代に生まれました。不況時に財政出動をして、完全雇用を維持することが目的だという意味において、主に雇用の量を確保するための政策です。

MMTをベースとした政策も、主に完全雇用をどう達成して維持するかをメインにしている点で同様です。

仕事の量には、財政出動などの政策で大きな影響を与えることができます。事実、アベノミクスでも、仕事の量を確保することはできました。

単なる量的景気刺激策は、失業者を減らして、経済の均衡を引き上げる効果がありますが、それを今の日本でやっても、一時的な押し上げ効果しか期待できません。人口が増加しない中で完全雇用を達成すれば、その効果は薄れます。

リフレ派は需要を増やすことによって持続的な経済成長ができると主張していますが、根本的に誤っています。量的景気刺激策は、一時的な影響しかないのです。

日本に必要なのは「雇用の質」を高める財政支出

かぎりなく完全雇用に近づいている日本の今後の課題は、雇用の量ではなく雇用の質です。賃金をいかに上げるかです。

賃金は労働生産性と労働分配率で決まります。政府は最低賃金政策などによって、ある程度労働分配率に影響を与えることが可能です。しかし、労働生産性はそう簡単に動かすことはできません。

1995年から2015年までの間に、日本の労働生産性は大きく低迷し、G7の中で最低になってしまいました。

GDPは3つの要素から構成されています。人的資本、物的資本、全要素生産性です。簡単に言うと、それぞれ「①何人が何時間働いたか」「②機械などをどれだけ使ったか」「③どれだけ賢く働いたか」を表します。

データを見れば、日本では人的資本や物的資本の伸び率は先進諸国とあまり変わらないことがわかります。

問題は全要素生産性、つまり「③どれだけ賢く働いたか」です。実は、この全要素生産性がGDPを成長させる一番の原動力です。

同じ数の人間が同じ設備で働いても、企業によって生産性が違う場合、全要素生産性が違うと考えられます。経営戦略の適切さ、雇った人をどのように使うか、技術の違いや技術革新、規模の経済の違いなども全要素生産性で把握されます。

日本の場合、全要素生産性が伸びていないので、賃金が上がらないのです。

言うまでもなく、この問題は政府がただ単に景気対策のためのバラマキを行っても解決できません。需要が増えたからといって、絶対に労働生産性の向上が起こるという保証はないのです。

そもそも、需要と労働生産性の向上は相関していませんし、因果関係もありません。MMTの議論もベーシックインカムの問題も一切関係ありません。

よって、政府は、技術革新、革新的技術の普及、労働人口の再教育、産業構造の変革などを推進するべきなのです。

「乗数効果」「雇用の質」を基準に財政支出を増やせ

日本政府はしばらくの間、総合的な産業政策を実施してきませんでした。

そろそろ、どの先進国でも行っているきちんとした産業政策を構築していただきたいと切に願います。

財政出動は、インフレ2%目標や消費税減税ではなく、研究開発費、設備投資、人材投資を中心に、日本人労働者の賃上げにつながる支出に集中させるべきです。また、財政出動するかどうかの判断基準は、インフレ率2%の目標などではなく、乗数効果に置くべきです。

ここまで数回にわたり、日本の財政政策について連載してきました。本連載で何度も主張したとおり、私は緊縮財政を唱えているのではないということは、改めて強調しておきます。

乗数効果が1以上で、「雇用の質」を高めるという条件を満たす支出先を賢く探し、いまよりも財政支出を増やすのが、日本がとるべき道です。バラマキではなく、賢く使うべきなのです。