わたしたちの惑星は、気候変動の「ティッピングポイント」に近づきつつある

社会正義について語る際に、ティッピングポイント(転換点)とは素晴らしいものである。例えば、ティッピングポイントとなる判例は世論を変える。

ところがティッピングポイントは、生物種には破滅をもたらしかねない。事実、環境の激変は生物の個体数を危機的状況に追いやっている。気候変動の場合、科学者が視野に入れるようになったティッピングポイント、すなわち地球の気候に不可逆的な変化を起こす臨界点は、ひとつだけではなく数多くあるのだ。

気候問題に関してかつて考えられていたよりも多い「9つのティッピングポイント」に、わたしたちは近づきつつある。さらにはそうしたティッピングポイントがもたらす影響に、わたしたちがすでに気づき始めている──。こうした内容の論説を、ある科学者のグループが『Nature』に11月末に寄稿した

「気候の不可逆的な変化を防ぐために残されている時間は、もはやゼロになったと言っても過言ではないに。それにもかかわらず、温室効果ガスの排出量実質ゼロを達成するまでの時間は「短くても30年はかかる」と研究者らは書いている。「わたしたちはそうした変化の発生を、もう止められないのかもしれない」というのだ。

それでもわたしたちは、まだ被害を減らすために行動できる。わたしたちがとらなければならない方策はかつてなく明確だが、時間が尽きかけている。

「半世紀後、わたしたちはいまの状況をどんなふうに振り返るのでしょうか。もっと持続可能性のある健やかな未来を何世代にもわたって築けたはずだったと悔やむのでしょうか」と、エクセター大学グローバルシステム研究所所長のティム・レントンは言う。「埋蔵量に限りがある化石燃料を使い続けることや、世界の終わりを受け入れるような行動はやめるべきです」

気候のティッピングポイントは、大きく3つカテゴリーに分類される。

 

 

 

 

1)氷

グリーンランドの氷床の融解が加速している現象を例にして、気候のティッピングポイントを1脚の椅子だと考えてみよう。通常の安定した状態なら、氷床はそのまま溶けずにある。椅子が直立している状態だ。

「バランスをとりながら椅子を後ろに傾けていくと、ティッピングポイントらしきところが見つかるはずです。それはあともう少しどちらかに傾けたら、椅子が倒れてしまうところです」と、レントンは言う。後ろ向きに倒れているのは、直立しているのとは別の状態であり、椅子はただそこに力なく存在している。グリーンランドの氷床でいえば、氷床が溶けて、気候システムが新たな平衡に達した状態である。

 

こうした変化はすでに東南極と西南極で進行していると、レントンと彼の同僚は主張する。南極では氷と海洋と岩盤は、いわゆる接地線で接する。その接地線が後退し続けており、「西南極の残りの氷床が不安定になり、ドミノ倒しのように海に溶け出す可能性がある」と、『Nature』の論説に研究者たちは書いている。「そうなると、数世紀から千年の間に海水面が約3m上昇する」

2)陸地

陸地でも状況は同様に厳しい。アマゾンにおける森林伐採は、生態学的影響の恐ろしい連鎖反応を起こしている。伐採によって分割された森の周縁部が乾燥すると、農園主が開拓のために意図的に森に火を放つ際に、十分な燃料を供給することになる。このようにしてアマゾンから二酸化炭素の貯蔵庫としての役割が失われるとともに、火災の煙から二酸化炭素がますます大気中に排出される。

研究者によると、熱暴走のティッピングポイントは、森林被覆の20~40パーセントが失われるときに一度訪れるかもしれないという。気候変動によって、熱帯雨林のアマゾンの湿潤な気候が、熱帯乾林のサヴァンナの気候のように乾燥するからだ。

北極圏では、地球のほかの場所の2倍の速さで温暖化が進んでおり、山火事がかつてないほどの猛威を振るっている。北方林は枯死しつつあり、二酸化炭素吸収源から二酸化炭素排出源へと変化しかねない状況だ。

泥炭地は、元来その地中に大量の二酸化炭素を貯蔵している。ところが乾燥と燃焼が進み、貯蔵している量よりもはるかに多くの二酸化炭素を排出するようになった。

 

永久凍土の融解も同様の事態を引き起こしており、メタンだけでも温室効果ガスをかなり排出する可能性がある。温室効果ガスが排出されればされるほど、地球温暖化は進み、世界中で気候の不可逆的な変化が始まる。

3)海

海洋では、気候変動によってサンゴ礁が死滅の危機にさらされている。サンゴの体内に生息する藻は、光合成によってサンゴにエネルギーを供給する役割を果たす。ところが海水温が上昇すると、サンゴはこの共生藻を放出するため、白化する。海洋の酸性化や汚染に加えて、地球の平均気温が2℃上昇すると、熱帯のサンゴの99パーセントが死滅しかねない。

沖合いでは、大西洋の循環の速度が20世紀の半ば以降15パーセント遅くなっている。グリーンランドにおける氷床の融解によって、大西洋の循環の速度はさらに遅くなる恐れがある。

 

大西洋の循環が遅くなると、西アフリカモンスーンの不安定化につながり、干ばつが引き起こされる可能性が生じる。その結果、アマゾンがさらに乾燥し、南極海が暖水化し、南極でさらに氷が融解する事態になりかねない。もともとティッピングポイントには、多くの連鎖反応を発生させる性質があるのだ。

個別の要素が相互に影響し、深刻さを増す

このような複数のティッピングポイントは、別個に存在するわけではない。その多くは、互いに影響し、深刻さの度合いを増していく。

その相互に関連する特徴から考えると、ティッピングポイントのモデル化は必然的に憶測を立てることになる。というのも気候変動の極めて複雑なシステムを完璧に捉えるのはとても無理だからだ。このためティッピングポイントのモデル化は、予測に不確実性を持ち込むことになる。

従って、すべての研究者がティッピングポイントという考え方をとっているわけではない。ティッピングポイントという表現は、ふたつの世界を分けるある特定の数値すなわち閾値を示唆している。しかし実際には、閾値の前後がいつになるのか、必ずしも常に明確ではない。

「そこが論争の出発点なのです」と、カーネギー気候ガヴァナンス・イニシアチヴのエグゼクティヴディレクター、ヤーノシュ・パーストルは指摘する。パーストルは前述の『Nature』の論説の調査にはかかわっていない。

「閾値の前後が明確で、ティッピングポイントが必ず到来する、または到来しないと白黒はっきりしているなら、話はとても簡単です。けれどもティッピングポイントをすでに過ぎてしまったようだと言うのは、難しい話になります。そしてその事実を公に広く伝えるのは大変難しいのです」

最も重大なティッピングポイント

だがパーストルによると、ティッピングポイントはすでに過ぎたという研究者は、隙がない理論を構築している。ティッピングポイントは遠い先の大惨事ではなく、わたしたちはすでにティッピングポイントを迎えているというのだ。

「ティッピングポイントが生じつつあるらしい、ティッピングポイントは本当にあるらしいといった説の根拠はかなり信憑性が高いものです。このため正直な話、この説はなぜわたしたちがともに行動しなければならないのか、気候変動の解決のためにできることをしなければならないのかについての、もうひとつの極めて重大な理由になります」とパーストルは語る。

「この『Nature』の記事には、なぜ本当の危機が、本当の緊急事態がいまここで発生しているのかについて、非常に多くのもっともな理由がまとめられています」

とはいえ、まだ望みはある。早急に二酸化炭素排出の大幅な削減ができれば、海水面の上昇は遅くなる。世界中で、特にアマゾンで、森林伐採をやめなければならない。こうしたことが、文明社会を長期的に健全に保つ鍵となる。

またティッピングポイントは必ずしも災難の兆候とは限らない。「社会領域では、ティッピングポイントが社会の発達につながっている場合も多いのです」とレントンは説明する。「例えば、再生可能エネルギー技術や電気自動車を採用する動きが加速しているのを、いまわたしたちは現実に目にしていると言えます」

 

人々は目覚めつつあり、グレタ・トゥーンベリは日ごとに勢いを増す環境運動の先頭に立っている。政治家や資本家が気候変動という大惨事を加速させても、わたしたちのなかでより思慮深い人々は、気候変動の問題は変えられると考えている。その考えが、恐らく最も重大なティッピングポイントなのだろう。