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「安いモノ天国」日本のこの幸せな生活が終わる日

岸田内閣がぶち上げた「新しい資本主義」。コンセプトは「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」だそうだが、具体的に何がどうなるのかはわからない。

国民が願っているのは、とにかく所得が上がることだろう。日本が長らくデフレに苦しんできたのはご存じのとおり。そのため、すっかりわれわれは激安価格に慣れてきた。給料が上がらないのだから、買う人の懐に合わせてモノの値段も上げられないのは当然だ。逆に言うなら、モノが安いからこそ安い給料でも何とか生きてこられたともいえる。

しかし、コロナ禍のせいで、その安いニッポンが終わるのではないかと心配している。給料が上がるならいいが、「成長と分配の好循環」はまだ始まっていないので、それもおぼつかない。家計費を直撃しそうな今後の値上げと、それに対処するすべはあるのか。新しい資本主義ならぬ、「新しい節約主義」はありうるのか考えてみたい。

「食」が値上がり、安い外食にもダメージ

長引く巣ごもり自粛によって、毎月の食費や日用品代が増えているのは誰もが感じるところだ。そんな状況の中、続々と食品値上げのニュースが報道されている。

輸入小麦については、農林水産省が製粉会社などに売り渡す小麦の価格が10月から引き上げられ、その値上げ幅は令和3年4月期と比べ19%にも上る。それを受けて、日清フーズが来年1~2月からの商品価格改定を発表、小麦粉製品は約3~6%、パスタ、パスタソース製品約3~9%、冷凍食品約4~7%の値上げとなる。しかも、小麦粉製品は7月に、そばやパスタ・パスタソース製品は9月にも上がったばかりだ。

毎日食卓に上るパンの値上げ報道も相次いでいる。山崎製パンは2021年1月から「ロイヤルブレッド」「超芳醇」などの食パンを平均9%、わが家でもよく買う「ナイススティック」などの菓子パンを平均6.8%ほど値上げすると発表した。同じく、敷島製パンも1月から一部商品を約4~14%上げるという。

食用油も、2021年だけで4回もの値上げになった。日清オイリオは11月から家庭用の食用油を、1キログラム当たり30円以上引き上げる。粉や油の値上げの影響もあり、冷凍食品まで上がる。ニチレイは家庭用冷凍食品の価格を11月から約4~8%アップするが、理由として「油」「畜肉原料」「小麦粉」の急激な価格高騰を上げている。困ったときのお助け食品まで、値上げの波にさらされているのだ。

 

無論、これは家庭用だけではなく、業務用も同様だ。東京での1人暮らしでは、自炊より外食のほうが安くなることもあった。実際に、ワンコイン以下でランチが食べられる夢のような国だったが、この先もそうとは限らない。粉や油が上がると、麺類や揚げ物などのコストが上がる。また輸入食肉価格の高騰も続いており、牛丼チェーン松屋は「牛めし」を値上げした。食品全体がじわじわ上がっているのだ。

大きな要因は、やはりコロナだ。生産地や工場での働き手不足による生産停滞、コンテナ不足による運賃の高騰、経済活動が急激に回復しつつある各国との取引価格競争など、供給が需要に追い付かないため、値段が下がる要因がない。幸い、日本は米だけは安定しているので、弁当も丼も、ごはんの量だけは増えていく……なんてこともあるかもしれない。

また、10月からは働く人の最低賃金も引き上げになった。歓迎すべきいいことではあるが、その人件費もコストに乗ってくる。人件費を削って利益を上げる――なんてやり方は、難しくなる一方だろう。

デフレの申し子・100均も絶滅の危機?

コロナ遠因のコスト高騰は、別の身近な価格にも影響を及ぼしそうだ。アジアで工場の稼働が止まる、輸送費がより上がる、さらには後でも触れるがエネルギー価格がとんでもなく上がりつつある現状では、これまで海外で安く製造してきた100円グッズ業界が苦しくなるのではと危惧している。

先の食品とは違い、「原材料費が上がったので来月から値上げします」と言えないのが、価格を固定している100均グッズだ。先日も、業界大手のキャンドゥがイオンの子会社になる道を選んだが、このままでは収益確保が厳しいという台所事情もあったのだと想像する。

過去連載でも取り上げてきたように、多くの100円ショップは、すでに300円・500円といった多価格帯戦略をとっているとはいえ、それでも主力は100円商品のはず。いつまでワンコインにこだわり続けることができるか、心配だ。

100円ショップも、牛丼チェーンも、いわばデフレの申し子だ。しかし、“安さ至上主義のビジネス”は、そろそろ金属疲労を起こしているのではないか。

 

コロナで物流が止まったことで、低価格のために安い労働力を海外に求めることの限界が見えた。世界的な供給不足で、商品確保のためには相応の金を積まないと他国に競り負けてしまうこともわかってきた。

さらに、エネルギー価格の高騰も先が見えない。脱炭素の動きが加速し、産油国は増産に後ろ向きだ。原油価格は上昇し、ガソリンや灯油高を招く。企業にも重くのしかかってくるだろう。かかったコストを製品価格に転嫁しなくては利益は上がらない。

欧州で問題になっている天然ガスの高騰は、これから冬を迎える日本にとって問題だ。発電燃料に使われるLNG(液化天然ガス)の価格上昇は電気代に跳ね返り、コロナで在宅時間が増えた家計を直撃する。ガソリン代の上昇も、車が欠かせない暮らしには大ダメージだろう。

この先、新興国が経済成長していくにつれて、人件費もどんどん上がっていくだろう。さらに世界的に消費が活発になれば、ますますモノの価格は上がる。日本を覆ってきた奇跡的な安さは、いよいよ幻になるかもしれない。

価格の安さより、トータル支出額で節約を

給料が上がらなくても、「安さ」のおかげで耐えてこられた日本の家計は、厳しい時代を迎えるかもしれない。

物価が上がるリスクを想定して、今こそ、家計費の配分から見直しをしたい。増えるものの予算を増やし、減らさせるものは削る。食費や日用品、光熱費は増加、逆に外出にかかる支出(例えば被服費や交際費)は削るか、あるいは毎月の家計費からではなくボーナスから半年分の予算を組む方法もある。

また、口座引き落としになっている支払いを改めて見直す。契約したこと自体忘れている月額課金サービスはないか、ひと月目は無料と聞いて会員になり、そのままなんとなく利用料を払い続けている会員サービスはないか。棚卸しをして、少しでも不要な支出を減らそう。

食費についても、これまでは安い店で安くモノを買って予算内に収めるのが王道だったが、かかる時間とコストとのトータルで考えることも必要だろう。ガソリン代が上がるなら、なるべくまとめ買いをするか、ネットスーパーや宅配を利用したほうが安く済む場合もある。

コロナ自粛で、買い物に行く回数が減った人も多いだろう。食品は大容量パックで買うことで、時間と手間の節約にもなる。大容量の食材を買うとそのあとの使い切り調理が面倒で、そこが逆効果となることもあったが、いっそ家事代行サービスで、第三者に料理の作り置きを依頼するのも一案だ。

週予算を決めたうえで、それに応じた品数をまとめて作ってもらうのだ。保存できる数日分を一度に作れば光熱費の節約にもなるし、なんといっても料理にかける時間が減るので、それを仕事時間に充てることもできる。家事にかける時間は減らし、お金を稼ぐ時間を増やすというのも立派なやりくり法だ。

買って所有ではなく、利用料を払う

安いモノを購入することで支出を減らすというのが従来型の節約法だが、安いモノがこの先減っていくなら、やや高めでも価値の落ちないものをあえて買う選択もある。

メルカリなどフリマアプリ利用者の声によれば、「買う前に、まずいくらで売れるかを調べる」という人が半数以上とか。特に若者層では、リセールバリューから逆引きで購入を決めるのは珍しくないようだ。

購入した価格と、その後に売れた価格の差が、いわゆる「自分が使った期間の使用料」と考える。「所有のために買った」のではなく「使用料を払った」感覚だ。

筆者のような昭和脳では最初はピンとこなかったが、捨てることをよしとしないSDGs的思考とも思えてくる。

「使用料」は収入が少ない、増えない世代だからこそ生まれた発想かもしれない。しかし、どうせこの先あらゆるモノの値段が上がるのであれば、あえて「売れる」ものから選ぶのも立派な節約法となる。

ただ安いモノを買っていればよかったデフレ時代は、そろそろ終わる気がしてならない。激安好きの筆者だが、安さの裏側には苛烈なコストカット競争があり、それがわれわれの収入をも安くしてきたのだとすると、覚悟を決めて物価上昇を受け入れるべきなのか。

対抗策としてできることは、時間の効率を上げ、稼ぐ時間を増やすこととも思う。同時に、政府が「成長と分配の好循環」を速やかに実現してくれるよう願う。