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日本人は低い食料自給率のヤバさをわかってない

岸田政権は、経済安全保障政策として今年5月に閣議決定された「中間取りまとめ」であげられたエネルギー、情報通信、交通・海上物流、金融、医療の5分野を重点分野として取り上げている。

しかし、実は日本には古くから高いリスクとして懸念されている安全保障分野がある。それは「食料自給率」の低さだ。食料自給率とは、自国の食料供給に対する国内生産の割合を示す指標。日本は先進国でかなり低いレベルにある。

食料の自給は、国民の命を直接左右するものであり、ある意味では防衛やエネルギー資源以上に意識しなければならない。ただ、今回の総選挙では大きなテーマにもなっていない。日本の食料自給率は、本当に大丈夫なのか……。農林水産省の資料などをもとに、いま一度考え直してみたい。

日本の食料自給率、過去最低の37%!

農林水産省が最近になって発表した、2020年度のカロリーベースの日本の食料自給率は、前年度から0.38ポイント減少して37.17%になった。統計データが存在している1965年度以降、小数点レベルで見れば過去最低の数字だ。新型コロナウイルスによる影響で、畜産品の家庭用需要が拡大し、牛肉や豚肉などの国内生産量が増えたにもかかわらず、昨年度は輸入が増えた影響だとされている。

農水省は、現在2030年度までにはカロリーベースの食料自給率を45%に高める目標を掲げている。ところが、日本の食料自給率は年々ズルズルと減少しているのが現実だ。

食料自給率の考え方には、熱量で換算する「カロリーベース」と金額で換算する「生産額ベース」の2種類がある。カロリーベースでは1965年には73%あったが、前述したように今や37%まで下がっている。生産額ベースの自給率も1965年には86%あったが、2020年には67.42%にまで減少している。

日本人の食料の6割以上を海外からの輸入に頼っているというのが現実だ。いわゆる「食料安全保障」と呼ばれる分野である。長い間、そのリスクが指摘されているものの、効果的な政策は出てきていない。

最近になって、新型コロナウイルスによる混乱などに伴って、牛肉や小麦、チーズなどが値上げされた。さらには天候不順などが原因で、10月1日以降輸入小麦の政府売渡価格が前期比19%引上げられ、家庭用レギュラーコーヒーが20%程度、そしてマーガリンも12%程度値上げしている。食料品の価格上昇は、日本に限ったことではないものの、世界的に需要と供給のバランスが崩れてきていることは間違いないだろう。

主食の穀物などの値上がりは、原油価格の値上がりと同様のインパクトを持っている。日本では大きくクローズアップされることがないが、食品の7割近くを輸入に頼る危機感を、日本人はもっと意識しなければならない。

実際に、日本の食料自給率の実態を見てみよう。たとえば品目別のカロリーベースの食料自給率は次のようになる(2020年度、農林水産省「カロリーベースと生産額ベースの食料自給率」より)。

●コメ…… 98%(生産額ベースでは100%)
●野菜…… 76%(生産額ベースでは90%)
●魚介類…… 51%(生産額ベースでは49%)
●果実…… 31%(生産額ベースでは65%)
●大豆…… 21%(生産額ベースでは47%)
●小麦…… 15%(生産額ベースでは19%)
●畜産物…… 16%(生産額ベースでは58%)
●油脂類…… 3%(生産額ベース47%)

日本で100%自給できている食料といえばコメぐらいしかない。食料自給率を国際比較で見ても、日本の低さが際立つ(農林水産省、2018年、日本のみ2020年度、カロリーベース)。

●カナダ…… 266%(生産額ベースでは123%)
●オーストラリア…… 200% (生産額ベースでは128%)
●アメリカ…… 132% (生産額ベースでは93%)
●フランス…… 125% (生産額ベースでは83%)
●ドイツ…… 86% (生産額ベースでは62%)
●イギリス…… 65% (生産額ベースでは64%)
●イタリア…… 60% (生産額ベースでは87%)
●スイス…… 51% (生産額ベースでは50%)
●日本…… 37% (生産額ベースでは67%)

ちなみに、農水省食料安全保障室の「食料需給表(令和2年度)」によると、日本の穀物自給率は28%(2018年度)、2018年のデータでは172の国・地域中128番目、OECD加盟38カ国中、32番目となっている。

日本の食料自給率が低いのは農地面積が少ないから?

日本の食料自給率は、なぜこんなにも低いのだろうか。人口の少子高齢化によって、農業人口が大きく減少していることなどがその原因といわれるが、もっと根源的な部分にも理由があるのかもしれない。

たとえば、ちょっと古いデータだが、日本と先進国の農地面積を比較してみよう(2017年、農林水産省「知ってる?日本の食料事情 2020年12月」より)。

●アメリカ……4億555万ヘクタール
●オーストラリア……3億9380万ヘクタール
●カナダ……5769万ヘクタール
●フランス……2870万ヘクタール
●ドイツ…… 1810万ヘクタール
●イギリス……1780万ヘクタール
●イタリア……1283万ヘクタール
●日本……444万ヘクタール

日本の農地面積は、ほかの国に比べて桁違いに少ない。1人当たりの農地面積で見ても、日本はわずか3.5ヘクタール(資料出所:同、以下同)しかない。オーストラリアの約400分の1、アメリカの約40分の1、イギリスの約8分の1の農地面積しかない。これでは、国民の食料を賄っていけないと考えるのが自然だ。

「農家一戸当たり」の農地面積を見ても、EUは日本の7倍(農林水産省、2009年、以下同)、アメリカは104倍、オーストラリアは1591倍というデータもある。

なぜこうなってしまったのか……。日本の場合、国土面積のうち約7割が森林を占めており、農地面積が限られている、という説明ができる。確かに、森林を農地に転換するのは大変な労力だが、これまでの農業政策でよかったのかという疑問は残る。森林を守ることも大切だが、場所に応じて適切な使われ方をしていくことも大切だ。

日本はこれまで広大な森林面積を使って、ゴルフ場をつくり、住宅地を開拓してきた。それに対して、農業は農業組合などの既得権益を持つ団体の保護に追われて、抜本的な改革ができなかったとも考えられる。また、農林水産省自身が、戦後の木材不足を見越してスギやヒノキの植林を推奨したために、森林がそのまま放置された面もある。

日本の森林面積率は国土の約66%(2017年現在、以下同)。それに対してオーストラリアは16%、イギリスは13%だ。アメリカ、ドイツはそろって32%。食料自給率の向上を考えたときに、この66%の森林面積をどう生かしていくかが大きな問題といえるかもしれない。

また、日本の場合は、近年の人口減少で専業農家が減少してきたことも大きな影響を及ぼしている。こうした時代の変化に対して、行政が農業の法人化といった農業政策の転換に遅れたのも1つの原因といっていい。

食料自給率向上のためにとった政策とは?

こんな状況の中で、農水省がとった食糧自給率向上のための農業政策もあまり効果的ではなかった。食品ロスをなくす、日本人の食生活を転換させるといったさまざまなプログラムはあったのだが、結果的にはその政策が効果的に働いているようには見えない。

例えば、政府は2015年3月に「食料・農業・農村基本計画」を閣議決定して、2023年までにカロリーベースの食料自給率を39%(2013年当時)から45%に、生産額ベースでも65%(同)から73%に上昇させる、という目標を掲げた。

具体的には、食料の安定供給の確保、農村の振興、農業の持続的な発展、農業団体の再編整備といった政策を明示し、食料自給率の目標値を初めて設定した。たとえば、力強く持続可能な農業構造の実現に向けた担い手の育成・確保・経営所得安定対策の着実な推進、女性農業者が能力を最大限発揮できる環境の整備、農協改革や農業委員会改革の実施、農村への移住・定住の促進といった項目が並ぶ。

さらには、民間企業・団体・行政等が一体となって国産の農産物の消費拡大を推進するプロジェクトを立ち上げて、食料自給率アップのために「今が旬の食べ物を選ぶ」「地元でとれる食材を使う」「ご飯を中心に野菜を使ったバランスのいい食事」「朝食の推奨」「食べ残しを減らす」といった「食育」の概念まで導入。国民の食生活にも注文を出している。

 

こうした「国民にお願いする」形の政策で、食料自給率の上昇は望みにくい。抜本的な発想の転換がないまま現在に至っている。一方、食料自給率の低迷が国の安全保障に最も大きく関わっていることを、国民ももっと知ったほうがいい。

太平洋戦争においても、約230万人が戦死したがそのうち餓死した兵士が半分以上だったと言われている。本当の意味のリスクに直面したときにどうすればいいのか……。そうした現実に目を背けたままでは、本当の日本の安全保障にはつながらないのではないか。

今や、海外では国防も戦車やミサイルの数だけではなく、サイバーセキュリティーや食料の確保といったことに重きが置かれていると言われる。食品ロスなどを抑えるという発想よりも、本気で安全保障を考えるのであれば、森林面積を多少削ってでも農地を増やす。あるいは使わなくなったゴルフ場等を簡単に農地に転換するシステムづくり、あるいは都会の空き家を一定の期間を置いた後で農地に転換できるようにする、などなど……。新しい時代に沿った画期的な発想が必要なのかもしれない。

もし、食糧不足が起きたらどうなる?

実際に、日本で食料危機に陥った場合、われわれ国民はどうなるのだろうか……。農水省のシミュレーションによると食料品の輸入がストップしたときには、カロリーの高い焼き芋や粉吹き芋などの「イモ類」を主食にして、毎食のようにイモを食べる「イモ類中心」の食生活を提案している。

小麦やコメは1日1杯程度に抑えてイモを代替にすることで主食を賄い、さらに牛乳は5日に1杯、焼肉は19日に1皿、卵は3カ月に1個……。そんな食生活に切り替えていくことになるとしている(農林水産省「食料自給率及び食料自給力の検証、2019年11月」より)。

当然ながら、農地をカロリーの高い「イモ作」に切り替えることも必要になってくる。日本の場合、食糧の7割近くを輸入品に頼っているわけだから、たとえば戦争や災害などによって、長期にわたって食料品が海外から入ってこなくなれば、当然ながら食料品が不足する。

農水省は、いざというときに備えて農産物備蓄を行っているが、次の3品目しか備蓄がない状態だ(2019年度現在)。それもまた、民間にお願いベースでの“備蓄”が含まれている。

●コメ……政府備蓄米の適正備蓄水準は100万トン程度
●食糧用小麦……国全体として外国産食糧用小麦の需要量の2.3カ月分
●飼料穀物……国全体としてトウモロコシ等の飼料穀物100万トン程度を民間備蓄

要するに、政府が単独で食糧を備蓄しているのはコメのみ、というわけだ。万一、海外からの食糧品が入ってこないことが明らかになった場合、可及的速やかに全国の農地でイモの栽培など、高カロリーな作物をつくり始めなければならない。

その場合、9割近くを輸入に頼っている「エネルギー」も絶たれると考えられる。言い換えれば、農作業も人力や家畜の労力に頼ることになる。まさに、半世紀以上前の世界に戻ることになりかねない。

ちなみに、日本のエネルギー自給率は、11.8%(資源エネルギー庁「総合エネルギー統計、2018年度確定値」より)。東日本大震災の影響で低かった2014年の6.4%よりは回復したものの、世界的にみてもOECD35カ国中の34位と最低レベルの数字だ。

つまり、日本はエネルギーと食糧という国民生活に最も重要なライフラインを海外に頼っていることになる。

石油備蓄日数も、187日(2019年現在)しかないため、食料不足が深刻になって、イモ類を作らなければならないことがわかった段階で、農機具を動かすためのエネルギーが不足している可能性もあるということだ。

一方で、食料輸入先の国の事情も考えなくてはいけないだろう。例えば農水省の資料によると、一般的な「天ぷらそば」を例に考えてみると、ソバは中国やアメリカ、天ぷらの中身であるエビはタイ、ベトナム、インドネシアなど、天ぷらの衣となる小麦はアメリカやカナダ、そしてその天ぷらを揚げる油は、カナダから主に輸入している。

天ぷらそばの食料自給率は22%にしかならない(2014年の数値)そうだ。単純に考えて、天ぷらそば1杯にしても日本は世界中の国から、さまざまな食料を輸入して日常生活を送っているということになる。

仮に、中国とアメリカが戦争状態に陥るような地政学リスクが高まったら、日本は真っ先に食料不足とエネルギー不足に陥る可能性がある。

食料争奪戦争はすでに始まっている?

とはいえ、近年の世界では食糧争奪戦がすでに始まっている、と考えてもいいだろう。その先陣を切っているのが、食糧大量消費国の「中国」だ。13億人の国民を養うために、中国政府はなりふり構わない食糧争奪戦を繰り広げている。

食料も含めた安全保障問題の答えは簡単には出てこない。日本は、新型コロナによって日常的なリスク管理の重要性を学んだはずだ。食料やエネルギーに対するリスクも、日常的な危機管理が不可欠だ。

農水省は、ホームページで「食糧自給率向上に向けた取組」としてさまざまな政策を打ち出している。生産面、消費面両方からアプローチしているものの、人口減少、高齢化が進行する中ではなかなか効果を上げられそうもない。

かつて、イギリスは食糧自給率を40%程度から70%にまで引き上げることに成功している。ただ、イギリスの農家1戸当たりの経営規模は日本の70倍もある。海外のケースをそのまま生かせないのも事実だ。

日本は、日本独自の方法で食料自給率を上昇させていくしかない。