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日本がずっと「停滞」から抜けられない4つの要因

日本の首相の中には、政策のレトリックと現実との間の大きなギャップを切り抜ける点で、ほかより腕前が落ちる首相がいる。安倍晋三元首相は名人であったが、その魔法さえ今では色褪せた。最近の共同通信の世論調査では、有権者の68%はアベノミクスをなくすべきだしている。

岸田文雄首相は、けっして安倍元首相ではない。首相に指名されるや否や、富裕層優遇税制を是正する公約を引っ込め、株式市場からの圧力に明らかに屈した。日本では現在、年1億円以上を稼ぐ層の総収入(投資と雇用による)に対する税率は低い。同首相は、収入の平等より成長を優先しなければならないと主張し、さらに立場を変えた。

日本の成長を妨げているもの

「再分配なしでは成長なし」と「成長なしで再分配なし」。岸田首相もこのことを当初は理解していた。実際、OECDの2015年レポートによれば、日本が1990年から2010年の間に不平等が拡大していなければ、1人当たりのGDPはほぼ25%速く成長したであろう。

日本は過去に何度も平等、安全、またはその両方の名目で、ゾンビ企業の支援や食品輸入への高い関税など、成長を妨げる措置を行ってきたことを認めざるを得ない。

もっとも、平等と成長を相互に強化できる措置は多数ある。本稿ではその例をあげたい。これらは、岸田首相、あるいは10月31日衆議院選の候補者の掲げる公約が「本気のもの」なのかの判断基準として使える。

最低賃金の引き上げ:賃金の平等を推し進める

岸田首相は、最優先課題が賃上げだと述べた。しかしながら、10年近くのアベノミクスでは、日本企業が「首相の威圧」という理由では賃上げをしないことは明らかになった。逆に、労働者あたりの実質(物価調整後)賃金は、2012年の安倍元首相の就任直前から5%以上低下、1997年のピークからは14%もダウンしている。これは政府が役立たず、という意味ではなく、日本がこのことについてまだ真剣になっていない、ということを意味する。

賃上げは、生活水準を改善するだけではなく、消費者購買力を上げて経済成長を促進する。日本の個人消費は明らかに勢いがない。これは消費者が消費を拒否しているのではなく、使える金が少ししかないからである。では、次の衆議院選を経て新政権がやるべきことは何なのか。

1つ目のステップは、最低賃金の上昇を加速することだ。全国平均の962円は、国際標準(イギリス、ドイツ、フランスの11ドルに対して日本は8.40ドル)よりはるかに低い。最低賃金が730円だった2010年、当時の民主党政権は目標1000円に設定した。2015年、安倍元首相は1000円の目標を採用し、2020年までに年率3%ペースで達成すると公約した。

目標に達成し、それを超えてヨーロッパレベルに近づけば、数千万の人々を助けただろう。最低賃金が最低より低い人だけでなく、それより10~20%以上稼ぐ人の賃金を押し上げるのがその理由だ。日本のパートタイム労働者の平均時給が約1100円で、彼らが日本の労働者のほぼ1/3を占めることを考えると、最低賃金の底上げによる生活水準と消費者需要へのインパクトは目覚ましいものになるだろう。

賃上げは失業にはつながらない

ある諮問委員会は今年度、最低賃金を3%引き上げて930円にする提言を行った。日本の経営者団体のような反対論者は、新型コロナウイルスを理由に今が最適な時期ではないと言うが、多くの経営者にとって適切な時はほとんどないようだ。彼らはまた、賃上げは失業につながるとも主張している。

ところが実際には、カリフォルニア大学バークレー校のデヴィッド・カード教授が、この主張が誤りであることを証明してノーベル賞を受賞したばかりである。最低賃金が妥当なペースで上昇すると、雇用への影響は、よくも悪くも、最小であると同教授は実証した。

日本ではまた、最低賃金が引き上げられると、雇用主がより多くの人を正規社員として雇用する方向に動くと考えられる。正規社員は非正規社員に比べて3分の1以上時給が高い。また、正規社員のトレーニングに多額を投資しているため、労働生産性、そして経済成長につながるだろう。

2つ目のステップは、労働法の強制力を強めることだ。同法はすでに、同一労働に対しては男女や正規・非正規関係なく同一賃金を求めている。また、昇進機会での男女間差別を禁止し、マタニティハラスメントを禁止する法律も強制すべきだろう。

日本には目下、雇用主を均等賃金法違反の疑いで捜査することを強制する省庁が存在しない。代わりに、”被害者”は自費で弁護士を雇わなければならないうえ、訴訟は極めて高額になる。

さらに、ある企業弁護士によると、企業の中には「同一の労働にならないよう」仕事を少しだけ調整する方法を弁護士に相談するところもあるという。政府は厚生労働省、あるいは新たな官庁に強制して訴訟内容を調べさせたり、救済策に対して行政命令を出し、不平等を抑止できるレベルの罰金を科す必要があるだろう。

日本の食品価格は高い

JAの在り方を見直す

日本の世帯では、食品だけに家計の15.5%を充てなければならない。これは先進7カ国におけるほかの6カ国平均の10%よりはるかに高く、韓国の11.5%以上である。一部は輸入米、牛肉、乳製品などに原因があるが、巨大な農業協同組合である農協(JA)による共同購入や共同販売が独占禁止法の適応除外であることが少なくとも同じぐらいの原因ではないだろうか。

JAは、日本最大に匹敵する銀行、保険会社、貿易会社を含む多数の部門がある「巨大なタコ」である。JAは農業機械や種子を農家に高い価格で販売しており、これが食品価格に転嫁されている。これは他国からの輸入を妨げるだけではなく、例えば北海道の農場から本州へ乳製品を持ち込むことも制限している。すでに、不公正な取引を行っている場合などは独禁法が適用されているが、一段の見直しを行えば、食品価格は下がり、消費者は浮いたお金をほかのモノに使えるようになるのではないか。

農地の農場目的以外での売却を実質上不可能にしている土地利用法の見直しへの道を開く可能性もある。現在、日本では12%以上の農地が放棄されており、こうした土地は浸食や洪水に対してさらに脆弱になる。農地を農場目的以外で売却できれば、工業、商業、住宅目的の土地を増やすことができ、経済成長を後押しできる可能性がある。

財政刺激策:気候変動と教育に投資を

気候変動がもたらす激しい洪水が避けられない国のリストでは、日本はトップに近い位置にいる。こうした中、政府の需要刺激策としての公的支出は、河床の舗装や海岸線のコンクリート堤防建築といった福島第一原発の壁並みに役に立たない、建設業界向けの無駄な公共工事に向けられるべきではない。

代わりに、気候が誘発する洪水が引き起こす災害の軽減など、真のニーズに資金を費やすべきだ。新型コロナウイルスで生じたサプライチェーンの混乱は将来待ち構えているものと比べたら非常に穏やかなものに見える。同時に3500万の人々が洪水の危険性がある地区に現在住んでおり、その多くが貧困な高齢者で避難できないが、保険で保護されていない。

にもかかわらず、日本はそれに備えていない。再保険会社のスイス・リーは、世界で最も脆弱な大都市圏として東京横浜地域を挙げている。最近建設された地下水貯蔵場は、1時間当たり50mmの豪雨しか想定していないが、2018年、日本の多くの都市ではその4倍の雨が降っている。

こうした取り組みが、建築会社への新たな「贈り物」にならないよう、環境省は災害に備える計画を立てる必要がある。

また、GDPにおける教育に対する政府支出では、日本は富裕国中で最下位位となっている。日本の親は子どもを高校に行かせるのに多額の出費をしている。さらに、日本の最も悲しい統計の1つは、成績優秀だが裕福ではない学生の3分の1近くが大学修了を期待していないというものだ。同様の成績で裕福な家庭に育った学生では、この数字は10%にとどまっている。これは日本の最も貴重な資源である人的資源の浪費である。政府は公立の高等学校の全授業料を負担すべきである。

企業が金を貯めこみすぎている

税:害を是正する

新人の医者は、医療を通じて「害を及ぼさない」ことを宣誓する。東京都はその税制を通じて多くの害を及ぼしてきた。法人税を下げ消費税を上げることに意味がある国もあるかもしれないが、日本はそういう国ではない。

日本は個人所得全体の20%近くを占める最も豊かな世帯1%が不平等の原因になっているアメリカのような国ではない。日本の問題は、国民所得が企業と世帯で平等に分配されていないことにある。これこそが生活水準を下げ、経済成長を阻む原因となっている。

毎年、企業は巨額の金を得るが、それを賃金、投資、利子、配当、または税金という形で経済に戻そうとしない。放棄農地のように、銀行の電子的金庫室などの中で画面上のドットの形で眠っているのだ。2010年以来、企業の保有現金は平均で1年あたりのGDPの約5%になった。

この遊休資金は、日本の緩やかな成長の主な要因である。みんなの収入は、誰かの支出から生まれている。企業が金を保有すれば、全体の個人所得、従って需要は減退する。

これが、慢性的巨額赤字を出し、日本の政府が「最後の買い手」にならざるを得なくなった理由だ。日本の赤字はその問題の原因ではなく、症状である。今必要なのは、使われていないこうした金を経済に再投資することだ。

法人所得税カットの弁明者は、減税で企業投資をさらに促すというが、これは単純に事実ではない。政府が企業にもっと投資させたければ、投資税控除を上げ、それにはソフトウェア、R&D、脱炭素化措置などの「無形資産」に対する投資を確実に含めるべきだ。そのほうがはるかに効率的で費用がかからない。

税収を犠牲にせず、経済成長を促すには

政府が企業に高い賃金を支払わせたければ、一定以上賃上げした企業を大減税すべきである。日本政府が過去の高い法人所得税率を復活させ、有益な措置には惜しみなく減税をすれば、税収への犠牲が少なく、経済成長を促すだろう。

消費税減税はありえないが、食品すべてを税から除外すれば、貧困層と中流の負担は軽くなるだろう。

本当に中立的な諮問会議は、アクティビストや解説者により提案されている選択肢「法外なレベルの内部留保(配当支払い後の利益)への課税」を研究すべきである。アメリカは内部留保に20%課税するが、この税率は、株主が配当収入に払うのと同じだ。

アメリカはこれを上場企業ではなく非上場企業の株主による税回避を防止するために行っている。そのような措置は、眠っている金を高賃金、投資、配当に使うために、日本の上場・非上場企業に圧力をかけるために使うこともできる。

これらは、平等と成長をお互いに強化することを確実にするほんのわずかな方法だ。衆議院選挙の候補者はどんな措置を実行するのだろうか。