「片頭痛治療」で実は画期的な変化が起きている

月に何日も頭がズキズキ痛んで仕事や家事が手に付かない――。そんな厄介な「片頭痛」の痛みに悩まされている人には朗報かもしれない。

2021年に入ってから、片頭痛の発作を予防する新しい薬が相次いで発売されている。4月に発売された日本イーライリリー・第一三共の「エムガルティ」に続き、8月にはアムジェンの「アイモビーグ」、大塚製薬の「アジョビ」といった薬が登場。まさに新薬発売ラッシュといった状況で、こうした片頭痛の薬が国内で新しく発売されるのは、およそ20年ぶりだ。

この状況について専門家は、「新しい薬はこれまでの薬とは作用するメカニズムも違い、科学的にも画期的。まさに片頭痛治療のパラダイムシフトが起きているまっただ中」(獨協医科大学副学長で日本頭痛学会代表理事の平田幸一氏)と解説する。

30~40代の女性に多い病気

片頭痛の患者は国内に840万人いるといわれる。特に多いのは30〜40代の女性で、有病率は男性の4倍と推計されている。頭の片側が心臓の鼓動に合わせたようにズキズキと痛み、症状が重くなると吐き気が出ることもある。

頭痛が起こるトリガーはさまざまだが、周りの音のうるささやまぶしい光が原因になるケースが多いようだ。特定の香りがきっかけになることも多く、患者には香水やたばこ、ヒノキの匂いが苦手な人が多いという。

頭痛持ちの日本人の中で最も多いのは片頭痛ではなく、「緊張型頭痛」と呼ばれるタイプだ。こちらは、一部がズキズキと痛む片頭痛とは違って頭の全体が締め付けられるように痛むのが特徴。体を動かしたり頭を温めたりすると症状は緩和するが、こうした対処法は片頭痛とは真逆で、慣れていないと患者個人では見極めが厄介でもある。

「『たかが頭痛』と思われがちだが、症状が重いと寝込んでしまったり、そうでなくても仕事や家事が手に付かなくなってしまったりと、生活の質は大きく低下してしまう」(平田氏)。日本頭痛学会では、生産性の低下による経済損失は年間2880億円にもなるという試算も出している。

現在の治療で広く使われている「トリプタン」という薬は、日本では2000年から処方されるようになっている。だが予防薬ではなく症状が出てから使う薬であるうえ、症状が重い人にとって効き目は弱く、新しい薬が待ち望まれていた。そこに登場したのが冒頭の新薬3つだ。

患者数の多い疾患であるにもかかわらず、片頭痛が起きるはっきりした原因はこれまでわかっていなかった。痛みが起きるメカニズムにはいくつかの説が提唱されてきたものの、2010年代になり、ようやく悪さをしていた”犯人”を捕えた。それは、顔の感覚を脳に伝える神経から放出される「CGRP」という物質だった。

新薬の開発が一斉にスタート

ズキンズキンと脈打つような拍動性の痛みは、脳の血管が拡張することによって、血管の周りを囲んでいる神経に触れて起こっている。CGRPは、片頭痛のトリガーになる特定のストレスや天気の変化などの要因によって神経が興奮すると放出される物質のこと。その働きによって脳の血管を拡張させてしまうのだ。

直接血管を拡張させるターゲットが明らかになったことで、2014年から2015年にかけて海外の製薬会社による新薬開発が一斉にスタートした。

これまでの治療薬は、痛みが起きる流れの“上流”に位置する神経の興奮を抑えてCGRPの放出を減らすことを狙ったもの。だが、今回の新しい予防薬は、その流れの”下流”で放出されたCGRPの働きそのものをブロックすることを狙った「抗CGRP抗体」と呼ばれる。アメリカでは2018年に承認を取得。国内での臨床試験を経て、今年に入り一斉に国内販売が始まった。

実際に医療現場での投与が始まってからおよそ半年、患者の反応はどうなのか。前出の平田氏は「これまで50人に投与して、45人で症状が改善している」と話す。臨床試験では半数の患者で症状・頻度が約50%改善したというものだったが、実際の手応えは同等かそれ以上のようだ。

新薬は従来の飲み薬と違い、いずれもバイオテクノロジーを駆使して製造される「抗体医薬」と呼ばれるもの。そのため注射が必要で、価格も保険適用後で月に1万円ほどと従来の薬に比べて割高だ。それでも、症状が重い人にとって寝込むほどの発作が減ることの意味は大きい。

ただし、新薬は作用メカニズムが新しいこともあり、症状が特に重く従来の治療で効果がなかった患者に対し、専門医しか処方ができない条件がついている。

4月発売のエムガルティの販売を担当する第一三共の奥田英邦プライマリ・マーケティング部長は、「発売直前に条件がついたことで、処方できる医療機関は当初想定の3分の1に減ってしまった」と話す。だが、「投与患者は逆に想定以上だった」という。新薬を待ち望んでいた患者は多かったわけだ。

マーケティングで珍しい取り組み

もっとも、第一三共は、ドラッグストアで買えるわけではない医薬品で珍しいマーケティングの取り組みを行っている。発売当初に、若い女性をターゲットに、ネットで片頭痛という疾患の理解を深めるための広告を展開したのだ。これは、ある程度の症状があっても、医療機関を受診しない患者が多いからだという。

8月に「アイモビーグ」を発売したアムジェン社も、疾患啓発の一環としてLINEアプリ上で新サービスを立ち上げた。オンライン医療を展開するLINEヘルスケア社との取り組みで、サービス上で専門医療機関を探せるほか、「頭痛ダイアリー」機能を搭載している。

ダイアリーでは症状の程度や服薬したかどうか、天候の変化や光・食事の内容など頭痛の誘因などが一覧になっており、その都度記録を残せる。痛みのトリガーは人それぞれのため、患者自身気がついていないような誘因を見つけるきっかけにもなる。

原因物質の特定とバイオテクノロジーによる新薬が生み出した片頭痛治療のパラダイムシフト。痛みで仕事や家事が手につかないという悩みを解消する人たちが増えそうだ。