「鬼滅の刃」TV版が映画と同じ内容でも納得する訳

 

10月24日夜、テレビアニメ「鬼滅の刃 無限列車編」(フジテレビ系)の第3話が放送され、三たびツイッターのトレンドワードランキングを賑わせることが予想されています。

ここまで第1話では新作のオリジナルストーリーが描かれたものの、第2話では劇場版とほぼ同じ内容でした。しかし、ファンを喜ばせるための努力を惜しまない「鬼滅の刃」制作サイドらしく、再編集しただけではありません。第1話の新作だけでなく、第2~7話には約70カットの新作追加映像、新規追加BGM、新作予告編、新主題歌映像という楽しみを用意していました。

これらに熱心なファンが歓喜している一方、ライトなファンから「あれ?これは映画の再放送だったの?」「この前放送したばかりなのに何で?」という戸惑いの声がネット上に上がっていたのも事実。では、なぜこのような形での放送に至ったのか。

「これほどの国民的アニメだから繰り返し放送するのは当然」という見方もありますが、決してそれだけではないでしょう。テレビアニメ「鬼滅の刃 無限列車編」はコンテンツの可能性を探るポジティブな試みであり、ひいては、テレビ局の意識変化や新たなマネタイズを感じさせるものなのです。

短尺派への対応と新作への助走

まず前提として挙げておかなければいけないのは、今回の「無限列車編」は“映画の再放送”ではなく、“テレビアニメ版”という位置づけであること。「第1期の『竈門炭治郎 立志編』と、今年12月5日スタートの『遊郭編』を(劇場版ではなく)テレビアニメという形でつなぐ」という意図のもとに放送されているものです。

そのうえでメリットと言えるのは、劇場版の117分を全7話のテレビアニメにすることで、1話あたり20数分のコンテンツにできること。短尺のネット動画に慣れた人々が多い今、1話20数分にすることで、未視聴の人も見やすくなるほか、視聴済みの人も気軽にリピートできます。さらに、「放送時間、オープニングとエンディング、次回予告など、テレビアニメシリーズ全体の構成」もコレクションしている人にとってはメリットの1つでしょう。

また、制作・放送サイドにとってのメリットとして挙げられるのが、12月5日スタートの新作「遊郭編」への視聴習慣をつけられること。これまでは「日曜23時台にテレビアニメを見る」という習慣がある人は、かなりのアニメ好きでない限り少なかっただけに、今回の「無限列車編」は慣れてもらうための助走期間のようなものなのです。

もう1つ忘れてはいけないのはCM収入。フジテレビの放送では、バンダイ、アニプレックス、au、ENEOSが番組スポンサーに名を連ねています。さらに、「鬼滅の刃」には大企業を含む膨大な数のコラボ商品がありますし、放送さえすれば、まだまだスポンサーを集められるでしょう。「再放送のような形であるにもかかわらず、視聴者だけでなく、スポンサーも満足させられる」という事実は、テレビ局にとって大きな意義があるものです。

そして、もう少し掘り下げて考えたときに浮上するのが、「映画の人気コンテンツをテレビシリーズとして有効活用する」ことの可能性。今回のケースで言えば、アニメ「鬼滅の刃」を製作するアニプレックス、集英社、ufotableの3社にとっても、それを放送するフジテレビにとっても、格好のビジネスチャンスにほかなりません。

「鬼滅の刃」ほどの効果はなかなか得られないかもしれませんが、今回が成功体験となって、今後もヒット映画には似たケースが生まれそうなムードが漂っています。

「独占放送」に対する意識の変化

今回のテレビアニメ「無限列車編」の実現から感じさせられるのは、テレビ局の意識変化。「『鬼滅の刃』が人気コンテンツだから、とにかく放送することで勝ち馬に乗れ」という単純な発想によるものではなさそうなのです。

その筆頭として挙げられるのは、“独占放送”に対する意識の変化。これまでテレビ局は「自局で独占放送すること」にこだわり、他局との差別化を図ってきました。たとえば映画やスポーツの放映権を得るために巨額投資をするのが当たり前でしたが、昨年からのコロナ禍も含めた広告収入減もあって、それが難しくなっています。

実際、サッカー日本代表のワールドカップカタール大会アジア最終予選はDAZNが全試合を配信する一方、テレビ局の放送はテレビ朝日のホーム戦のみ。「アウェー戦は配信でしか見られなくなった」ことを嘆く声が今なお飛び交っています。CM収入に頼るテレビのビジネスモデルが過渡期を迎え、「資金面では動画配信サービスに勝てない」という事態が起きはじめているのです。

しかし、資金力の面でかげりを見せながらも、いまだ「最も多くの人々に見てもらいやすいのはテレビ」であることは変わっていません。さらに、「そもそもテレビ放送とネット配信ではユーザーの生活習慣や使用ツールなどが異なるため共存できる」という見方も広がりつつあります。そんな背景があって、「独占放送にはこだわりすぎず、動画配信サービスなどと共存する形で視聴者に届けていこう」という意識に変わりはじめているのでしょう。

その点、今回の「無限列車編」もフジテレビ系の放送から45分遅れの日曜24時にABEMA、Amazonプライム・ビデオなど26の動画配信サービスで配信スタート。また、6日遅れの土曜23時30分にも、TOKYO MX、BS11、群馬テレビ、とちぎテレビなどの独立局でも放送するなど、独占放送とは真逆の形であり、さまざまなメディアで見られるようになっています。

かつてのフジテレビなら、このような形での放送は受け入れなかったのではないでしょうか。「ユーザビリティ重視」「コンテンツファースト」を求める時代の流れに沿った意識変化を感じてしまうのです。

もちろんテレビは、「鬼滅の刃」のような優れたコンテンツを放送するだけのプラットフォームというわけではありません。その制作力は現在もネットコンテンツとの比較優位性があるだけに、自ら「鬼滅の刃」のような作品を生み出そうという動きも活発化していますし、今後はコンテンツメーカーとしての強みを全面に押し出すことで生き残りを図っていくでしょう。

再放送・再利用でのマネタイズ

前述したように、CM収入に頼るテレビのビジネスモデルが過渡期を迎え、時代に合うマネタイズが求められています。だからこそ魅力的なコンテンツを生み出すとともに、ムードが高まっているのが、人気コンテンツの再放送・再利用。実際に「過去の番組はテレビ局にとっての財産であり、これをどう生かして収入につなげていくか」が模索されています。

9月26日、フジテレビは日曜ゴールデンタイムの3時間特番で「ドリフ大挑戦スペシャル」を放送しました。この番組は「ドリフターズの名コントを再放送するだけでなく、ドリフを愛する芸能人たちが同じコントに挑む」という新たな試み。ファンからの反発というリスクがある中、おおむね好評だったのは再放送・再利用がうまくいったことの証しでしょう。

同様に「劇場版 鬼滅の刃」のテレビ放送15日後からテレビアニメ版が放送されているのも、制作サイドの意向だけでなく、フジテレビに「ほぼ再放送でも問題なし」と判断したことは間違いありません。ドリフとは多少意味合いが異なるものの「無限列車編」からも、「優れたコンテンツなら再放送・再利用していこう」という意識を感じてしまうのです。

みんなでつぶやきながら盛り上がる

ネットの普及によって生まれた「内容を知っているものを、みんなでつぶやきながら盛り上がる」という楽しみ方が定着したことも、再放送・再利用にとっては追い風の1つ。今後も自局番組に限らず、映画、アニメ、スポーツ、ドキュメンタリーなど、さまざまなジャンルの再放送・再利用が行われていくのではないでしょうか。

もしテレビアニメ版「無限列車編」の視聴率が下がったとしても配信や録画での視聴が多いため、ほとんど大勢に影響はないでしょう。どう考えても、盛り上がりを保ったまま12月の新シリーズを迎えることは間違いなさそうです。

最後にあらためて、放送されたばかりの劇場版をテレビアニメ版として放送している主な理由をまとめると……「テレビアニメとして全編のシリーズ化」「短尺化で見やすくする」「新作の前に視聴習慣をつける」「再放送・再利用による収益化」の4つ。新作追加映像や新主題歌など、制作サイドができる限りのファンサービスをしている以上、不満を漏らす人は「大人げないな」と感じてしまうのです。