脱・環境後進国?COP26で問われる岸田首相の力量

新型コロナウイルス感染症のために1年延期されていた気候変動に関する国連会議COP26が、10月31日から11月12日まで2週間にわたり、イギリス・グラスゴーで開催される。

地球温暖化対策の国際協定である「パリ協定」はすでに2020年から実施段階に入っており、COP26では脱炭素社会に向けて世界の取り組みを加速させるための具体策が話し合われる予定だ。

COP26で最も注目されているのは、2030年をターゲットとした世界各国の温室効果ガス削減目標(Nationally Determined Contribution:自国決定貢献、以下、NDC)をどれだけ引き上げられるかである。

というのもパリ協定の長期目標は「地球の平均気温上昇を産業革命以前と比べて2度以内、可能であれば1.5度に抑えること」だが、これまでにパリ協定を所管する国連気候変動枠組条約事務局に提出された各国の削減目標を積み上げても、1.5度はおろか、2度未満に抑えることすらかなわないからだ。そのため、グテーレス国連事務総長やCOP26ホスト国イギリスなどは、各国に削減目標の引き上げを強く促していた。

削減目標の引き上げが最大の焦点

その声に応えて日本は今年4月、「2030年度に26%削減」(2013年度比)という非常に低かった従来の目標を見直し、一気に46%削減へと引き上げるとともに、さらに50%の高みを目指すという方針を打ち出した。

これまで二酸化炭素(CO2)を大量に排出する「石炭火力発電に固執する環境後進国」と見られがちだった日本だが、これで一気に名誉挽回となるだろうか。結論を先に述べると、少なくともパリ協定へ至る国連交渉の中で長らく後ろ向きと評価されてきた立場を離れ、COP26では環境リーダー国側に並ぶことになるだろう。

早々と55%削減(1990年比)を打ち出したヨーロッパ連合(EU)や、バイデン政権の誕生によりパリ協定に復帰して50~52%削減(2005年比)を約束したアメリカ、そしてCOP26ホスト国として2030年に68%削減(1990年比)、2035年に78%削減(同)という野心的な目標を打ち出しているイギリスなどと並んで、いまだに2030年目標を十分には引き上げていない中国などの新興工業国に削減を迫る正当性を得ることになる。

しかし懸念もある。条約事務局へ提出する国別削減目標NDCは、削減数値だけが問われるのではなく、いかに削減するかが記された具体的な政策・施策を提出することが義務付けられているためだ。その点では日本の政策には危うさがつきまとう。

日本では、温室効果ガス排出量の8割以上が石炭や石油といったエネルギー起源のCO2で占められている。つまり日本にとっては、温暖化対策とはイコール、エネルギー分野での削減策だ。

46%削減を実現するには、エネルギー分野における排出削減の実現可能性がカギとなるが、日本の2030年度に向けて策定された新たなエネルギー基本計画(第6次エネルギー基本計画)では疑問符がつく内容が散見される。

その筆頭が、最もCO2排出量の多い石炭火力発電の扱いだ。2030年度時点でも石炭火力発電は発電電力量のうち19%を占める。また、燃焼時にCO2を排出しないアンモニア燃料などを石炭と混ぜて燃焼させることにより、2050年にかけて石炭火力を使い続ける意思が示されている。しかも、福島原発事故を機に落ち込んだ原発については、現在のわずか6%程度から2030年度に20~22%まで復元することを想定している。

このために必要になる原発の稼働基数は30基程度ともなる。現在の安全審査や再稼働に向けての状況からみても、その実現はほぼ不可能だろう。結果的に再び火力発電頼みになることも容易に想像できる。

石炭火力発電への風当たりは強い

欧米各国が見直しを進める中でも、日本は国内のみならず発展途上国でも石炭火力発電所の建設を進めてきた。グテーレス国連事務総長は名指しこそしなかったものの、「石炭中毒の国」という言葉で日本の姿勢を強く批判してきた。今年になって日本はようやく石炭火力発電設備の新規輸出を停止することを決めたため、この面では日本は批判を免れられるだろう。その一方で、国内の石炭火力発電を継続する方針に変わりはない。そのため、国際社会の非難の矛先が再び日本に向かうことも予想される。

COP26ホスト国イギリスのジョンソン首相は、COP26に先立って、各国に4つの具体策として(1)石炭火力発電の廃止、(2)ガソリン車の禁止、(3)発展途上国への資金約束を果たすこと、そして(4)植林の推進を呼びかけた。中でも石炭火力発電について、「先進国は2030年まで、途上国は2040年までに廃止すること」を迫っている。この呼びかけは特に日本に向けられていると言っても過言ではない。

国連会議では通常、各国の国内政策については内政干渉となるため触れることはない。しかし、パリ協定のNDCは削減の具体策を提出することが求められるために、ジョンソン首相はあえて踏み込んだとみられる。かくも石炭火力発電に国際社会の批判が向けられていることを肝に銘じて、日本はCOP26に臨まなくてはならない。

COP26を前に各国のNDCの提出状況を取りまとめた国連の報告書によると、7月30日までに削減目標を引き上げたり、新たに提出した国は113カ国。これらの国々は世界の温室効果ガス排出総量の約50%を占めており、2030年までに2010年比で12%の削減が公約されている。これは排出削減に向けての貴重な第一歩ではあるが、実は削減目標を引き上げていない国々も多い。それらの国を含めたすべての国のNDCを合算すると、2030年までに排出量が16%も増えてしまうという。

「1.5度目標」の達成には、2030年までに2010年比で45%程度の削減が必要であることから、現在のままでは目標から遠く離れている。このままでは2050年には平均気温が産業革命以前と比べて2.7度も上昇してしまうと、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は指摘している。

なぜ削減目標を足し合わせても、パリ協定が目指す姿とはかけ離れているのか。

もともと途上国のNDCは、開発が進んで大きく排出が増えるところを、努力してなるべく排出増を小さくする“排出低増加目標”の形が多い。しかもこれらは、先進国からの「資金と技術支援」を条件にしているところが多い。すなわちパリ協定で定められている資金援助と技術支援の実効性を伴うことが、排出量削減の成否を左右する。

しかし、これまでに2020年には途上国支援に関して先進国が年間1000億ドルの資金を振り向けることが決まっているにもかかわらず、OECD(経済協力開発機構)の報告では直近時点で796億ドルにとどまっている。

さらに2025年まで、先進国が年間1000億ドルの資金を振り向けることも取り決められているため、先進国がきちんと約束を果たすこともCOP26に課せられたアジェンダである。日本には資金面でも大きな貢献が求められている。

残された課題「パリ協定6条」問題

これまでの会合で積み残されてきた課題の解決も迫られている。パリ協定にもとづくルールの詳細はそのほとんどが決定しているが、「市場メカニズム」(協定第6条)や、削減を実施する期間の長さ、温室効果ガス排出量を算定・報告・検証するための詳細なルール作りなど、いくつかの課題が残されている。中でも重要なのが、過去の数次にわたる会合で決着できないままになっているパリ協定第6条に関するルールの取り決めだ。

パリ協定第6条とは、CO2の排出枠を「クレジット」として市場で取引する仕組みが主で、2国間で取引するもの(6条2項)と、国連主導型で取引するもの(6条4項)の2つがある。日本が途上国との間で進めている2国間クレジット制度(日本と対象国の2国間で削減プロジェクトを実施し、CO2削減量を2国間で分け合う制度)もこの中に含まれることになるため、日本としてもぜひ合意にこぎ着けたいところである。

しかし課題は多い。日本国内では、排出量を全国規模で取引する制度が存在しない。そのため、「炭素の価格」(炭素排出に伴うコストの相場)がいまだに存在しない。

パリ協定のルールがすべて定められたあかつきには、国際的にも共通の排出枠の取引市場が整うことになる。その際、日本国内に排出枠を取引できる仕組みがなければ、新たに生まれる世界的な排出枠取引において後れを取ることは必定だ。

菅義偉前首相は、2050年のカーボンニュートラル(脱炭素化)、そして2030年の温室効果ガス46%削減、さらに50%の高みを目指すというこれまでになく踏み込んだ目標を打ち出し、環境後進国のレッテルを貼られた日本を排出削減競争のスタートラインに立たせた。一方でどのように削減目標を達成するかについては、今ひとつ踏み込めないままであった。

岸田新政権には、日本が真に2050年に脱炭素化、その途上として2030年に少なくとも46%削減を確実にする具体的な国内政策の実施を期待したい。まずはCOP26に首相が参加して、世界のリーダーたちの脱炭素化へ向ける熱意を肌身で感じてもらい、産業界の国際競争力の源泉となる国内の温暖化対策の実施に向けて尽力してほしい。

脱炭素化へ向けて実効性のあるエネルギー計画、そして長年の懸案である排出量取引制度や炭素税などカーボンプライシング導入・強化をはかることが急務だ。そのことこそ、パリ協定が実行に移される時代において、日本の産業界が世界の投資家から評価を受けることにつながり、日本企業の成長の後押しになる。日本の新首相のリーダーシップが問われている