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「学び直しに失敗した父親」にその後何が起きたか

2030年までに1600万人が職を失う

経営コンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニーは、2030年までに日本だけでも1600万人が職を失う一方、技術進歩など環境の変化に対応できる1000万~1100万人は新しく生まれる職に就くニーズがあると予測しています。

つまり、あなたが現在就いている職業がもし消える運命だとしても、必要な知識、スキルさえあれば、新たな職業に就ける可能性も十分あるということです。これまで頭を使うとされてきた業務でも、繰り返し的(ルーティン)な性格の強い業務は消え去る側に分類されます。

事業・雇用環境の変化に対応するには、必要な知識やスキルのアップデートが不可欠です。映画『ラスト サムライ』ならぬ、「ラスト サラリーマン」になりたくなければ、学び直しが必要です。そうした学び直しを「リカレント教育」と言います。

ちなみに、英語のrecurrent には「習慣性」という意味もあります。特に、人生100年時代になると、公的年金額は減り、就労年数はさらに延びます。常に学び直す習慣を身につけないと、サバイバルできない世界になるのです。

筆者の2人、ロバート・フェルドマンと加藤晃は、東京理科大学大学院経営学研究科の技術経営専攻(以下「MOT」、Management of Technology の略)において、社会人学生を対象に教鞭をとっています。まさに、「学び直し」の最前線で教えていると言っていいでしょう。東京理科大学のMOTは、将来のCEO・COO・CTOなどのCXO(経営幹部)およびアントレプレナー(起業家)の育成をミッションとしているビジネススクールです。

筆者(フェルドマン)の父親は、かなり優秀な化学者だったようですが、「学び直し」に失敗した1人ではないかと思っています。父は化学分野で修士号を取っていたため、第二次世界大戦中に徴兵されたものの、配属された部隊とともに欧州戦域には行かず、国立研究所に配属されました。彼は素晴らしい研究成果を上げ、研究所長に好かれ、高く評価されたようです。

所長は、「お前は博士の器だ。研究所が費用を出すから、働きながら隣の州立大学に博士号を取りに行ってはどうか」と勧めてくれました。しかし父は、「いや、いい研究は博士号がなくてもできます。しかも、子どもがすでに4人もいます。行かない方がいい」と断ったそうです。

次第にやる気を失ってしまった

その後、父の身に何が起きたでしょうか。20年後の直属の上司は、父をあまり評価せず、降格してしまったのです。降格されたものの、博士号がないため、ほかの研究所あるいは大学へ移ることができませんでした。研究所の仕事は続けられたのですが、次第にやる気を失い、体調を崩して退職。1990年に70歳で他界してしまいました。

葬儀が終わった後、元研究所長と話す機会がありました。とにかく科学を進歩させたいと考えていた元所長は、暗然とした顔で言ったのです。

「君のお父さんは、潜在能力を発揮することができませんでしたね」

胸が痛みましたが、その通りだと認めざるをえませんでした。もし父があの時、研究所長の勧めに従って学び直しをしていれば、人生はよりハッピーになり、科学の進歩にもさらに貢献できたはずです。

筆者にとっては、これが大きな人生の教訓です。「学び直し」をすれば、人生の選択肢が増えるだけではなく、状況が悪い方向に転換する時でも「脱出」ができます。これからは、万物流転の時代になると予想されます。学び直しは万物流転の「盾」でもあり「矛」でもある、ということです。

大きな転換は寿命の延長であり、学び直しを続けるものにとってはピンチではなく、むしろチャンスにもなりうると考えます。

本書のタイトルは、『盾と矛』です。中国の『三国志』に登場する、関羽や張飛が使っていた武具を思い出していただくとよいでしょう。「盾」は、剣・槍による打撃、弓矢による射撃から身を守る防具です。「矛」は、剣に長柄をつけた武器です。

武力も暴力も、もちろんビジネスでは使いませんが、「盾」と「矛」を比喩としてビジネスパーソンのキャリア形成について考えてみましょう。

敵が鈍器を使って攻撃してくる場合、「盾」には鉄や銅など強度のある素材が求められました。しかし、こうした素材でできた堅牢な盾は重く、俊敏な動きができません。そこで研究開発によって、盾の素材も変化し続けています。例えば、現代の警察はジュラルミンやポリカーボネート製の盾を装備しています。また米軍はすでに次世代の盾を、鉄より軽くて強い素材(人工クモ糸)で作ろうとしています。  

次に「矛」、つまり実戦における武器は、技術が進歩することで鈍器が刀・槍になり、弓は鉄砲になり、近年ではドローンも使われるようになりました。砲弾がレーザー光線に取って代わる日もそう遠くはないでしょう。

ビジネスにおける「守り」と「攻め」

すなわち、技術進歩が戦い方に影響を与え、盾・矛とも相互に進化してきたのです。ビジネスにおける、守りと攻めも同じです。「盾」は、つまり「守りに不可欠な知識・スキル」です。盾がなければ、弱点を晒すことでビジネス上の競争に敗れ、降格・左遷、悪くすれば失職してしまうかもしれません。すなわち、ライバルなどからの攻撃に耐える十分な強度を持ち、弱みを克服する必要があります。

「矛」は、「勝ち残りに必要な知識・スキル」です。技術革新は自分のビジネスを守る盾であり、競争相手の市場シェアを奪う矛にもなります。小売業が良い例です。ITは、在庫管理を効率化する盾であり、電子取引によって市場シェアを拡大する矛にもなります。

しかし、こうした技術の進歩だけに頼っていてはいけません。最新技術の影響力を最大化できるように、組織も再編成する必要があります。織田信長が長篠の戦で勝利した理由、プロイセンがケーニヒグレーツの戦で勝利した理由は、より性能の良い鉄砲を持っただけではなく、保有する鉄砲をうまく運用できる組織形態・作戦を開発したからです。

ビジネスにおいても、技術進歩に合う組織形態、戦略を展開できれば、有利に競争を運べるようになります。つまり、進歩した技術をうまく活用するための社員の訓練、「学び直し」が重要な経営課題なのです。

今後やってくる大失業時代、「万物流転」の時代をいかに生き抜くのか。そのためには「学び直し」が必須であると断言できます。