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日本人が知らない「リモートワーク」不都合な真実

「緊急事態宣言解除」で私たちの働き方は変わるか!?

感染者数も急減、緊急事態宣言も解除され、街がにぎわいを取り戻しています。「第6波」が到来し、再び感染が拡大するリスクも高いわけですが、ワクチンの普及や治療薬の開発で、長い長いトンネルの先に、薄日は差し始めているかのように見えます

そこで気になるのが、この先の「私たちの働き方」です。はじめはどうなるかと思った「リモートワーク」ですが、通勤もなく、楽で、快適。仕事もしやすい。そう感じている人も少なくないようです。

実際に「生産性」という観点では、「リモートは出勤と同じ、もしくはそれを上回る生産性が維持できる」という結果が数々の調査から明らかになっています。

すっかりリモートに慣れ、このままでいいという人も多い一方で、「業務への支障」「孤独感」など問題点も浮き彫りになっています。

「リモートワークの未来」はどうなっていくのか。その生産性や問題点などについて、海外の最先端の研究や調査をもとに紐解いていきましょう。

では、まず、「以前のように出勤し、リアルで顔を合わせながらの勤務」と「リモートでの勤務」、果たしてどちらのほうが「生産性が高い」のでしょうか

私の友人であるAIG損保の執行役員の林原麻里子さんは、コロナで会社がフルリモートになったのをきっかけに、昨年7月佐賀県唐津市に移住し、広報の責任者としての仕事を遠隔で問題なくこなしています。

通勤時間がない分、仕事に集中でき、労働時間も増え、「生産性は上がった」と実感しているそうです。

エクゼクティブに話し方を教えている私もコロナ禍当初、対面機会が減ってどうなるかと思っていましたが、オンラインでも問題なくコーチングできることがわかり、「対面とリモートのハイブリッド」が最も効果が高いことを発見しました。

スタンフォード大学のニコラス・ブルーム教授が、ある中国の旅行会社を対象に行った調査では、「リモートでは生産性が13%上がった」という結論でした。

同教授とシカゴ大学の教授らが3万人以上のアメリカ人を対象に行った今年4月の調査では、「リモートワークによって生産性が5%向上し、パンデミック後は全労働時間の2割はリモートで行われるだろう」と予測しています。

まだまだ課題が多い「リモートワーク」

「従業員は通勤のストレスから解放され、生産性も上がるとなれば、いいことずくめではないか」となりそうですが、リモートワークにはまだまだ「解決すべき多くの課題」が残されています。

急速に広がったリモートワークですが、「それが向いている業種」と「そうでない業種」にくっきりと分かれます

「IT系」「金融系」などはリモートとの親和性が高い一方で、「サービス産業系」は難しく、社内でも、現場の工場は全員出社だけれど事務系はリモートというケースも多くあります。

また、「大企業ほどリモート比率は高い」など、「高収入のエリートホワイトカラーほどリモートが許される」という現実があるわけです。結果として、「リモートが許される業種に人気が集中する」「社内での不公平感が生まれる」などの問題が生まれやすくなっています。

世界のリモートワーカーを対象にしたある白書によれば、リモートの問題点として「①(会議が多く)気が抜けない(27%)」「②コミュニケーションとコラボレーション(16%)」「③孤独感(16%)」という悩みがトップ3として挙がりました。

リモートの最も大きな課題は、「時空を超えた協力・連携関係を育むコミュニケーション」。これは多くの人が実感する共通認識のようですが、ここがボトルネックになって、イノベーションを阻害することが明らかになっています。

マイクロソフトが6万1000人の社員に行った調査では、リモートにより、労働時間は増えたものの、「リアルタイムの会話が格段に減った」ことがわかりました。グループ外の人とつながる時間も平均で25%短くなり、「コラボレーションの機会が失われた」というのです。

グループ内のコミュニケーションはできても、グループや部署外のメンバーとの関係性は希薄化し、まさに、「たこつぼ状態」に置かれてしまう。だから、会社に知り合いの少ない新入社員や、新しい部署に配属されたメンバーなどが孤独感を覚えるといった事態も生まれやすくなります。

「社内のネットワークが固定化」することで、新しいアイディアが生まれない、イノベーションが起きにくいというわけです。

アメリカでも、リモートの利便性やコスト削減効果を評価して、多くのIT企業が、リモートワークを今後も継続することを表明する一方で、こうした負の側面を懸念して、オフィスに戻るように呼びかける動きもあります。

ゴールドマン・サックスなどの金融機関はオフィスへの出勤を促す方向で、ネットフリックスのCEOは「社員はオフィスに戻るべきだ」と発言しています。一方で、「永久的にリモートを認めるIT企業」なども多く、対応はバラバラ。どの企業も、「ベストな働き方」の見極めに苦慮しているようです。

「出世競争」では「出社派」が有利になる現実

これからの働き方としては、リモートだけでも出社だけでもなく、両方を組み合わせた「ハイブリッド型」が一般的になると考えられています。

そこで将来的に問題になりそうなのが、「リモート派に比べて出社派のほうが『出世』しやすくなってしまう」こと。

日ごろ接している人との距離が縮まり理解が進む「近接性バイアス」の影響で、「出社する人ほど、経営幹部や上司の目に留まり、重用されやすい」という研究結果が出ています。

出社して、目に留まりやすい人のほうが、プロジェクトへの参画に声をかけられやすいといったことも起こってくるでしょう。全員が同じ条件であれば、問題ないのですが、一部の人はフルリモートとなった場合に、このバイアスをどう克服するのかも課題になると考えらえています。

日本では、企業によってもリモート対応のスピードや充実には随分と差があり、私の周りでも、「外資系企業」「大企業」「スタートアップ」などでは、リモートの導入が進む一方で、「中小企業」などでは、まだまだのところも多い印象です。

特に、トップがリモートワークに理解がなく、出社を強制されるなど、「リモートワークへの偏見」も根強く残り、インフラ整備がまったく進まない企業も少なくありません。

アドビが日本、アメリカ、英国、ドイツ、フランス、オーストラリア、ニュージーランドの7カ国で行った働き方に関する調査では、日本人が「テレワークはオフィスより仕事がはかどる」と答えた人の割合が断トツに低いという結果でした。

グローバル平均が69.1%に対し、日本は42.8%。アメリカ75%、オーストラリア75.4%に比べると、その低さが際立ちます。

「日本特有の問題」を解決することが必要

こうした結果を鑑みると、海外に比べると、リモートを機動的に活用しながら、生産性もイノベーションも上げていくハイブリッドの労働環境を整備できる企業はそれほど、多くはないのかもしれません。

その遅れの大きな原因は「ハンコ」「印刷」といった商慣行によるものというよりは、そもそも、きっちりと言語化して、「ほめる」「叱る」「フィードバックをする」「説明する」「説得する」という職場のコミュニケーションの基礎ルールをほとんどの日本人が知らないがための「コミュニケーション不全」に起因しているように感じます。

ウィズコロナ、ポストコロナの企業の生産性向上のためには、リモートワークの物理的環境を整えるにとどまらず、「社員間の意思疎通」「コラボレーションを促進するベーシックなコミュニケーションのルール」を浸透させる必要があるのです。