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コロナ後の世界を理解するための「11の数字」

ネクスト・ノーマルのはじまり

パンデミックが発生して、18カ月が経とうとしている。現在、毎日世界で約50万件の新規感染者数が確認されている。また、未曽有のスピードでワクチン開発・普及が進み、全世界で合計56億回のワクチン接種が完了している。欧米では、新規感染者数は依然として多いものの、行動制限を大幅に緩和する動きが見られる

一方で、アフリカ諸国においては、2回目の接種を終えた人はわずか2.9%にすぎず、国連が発表した報告書では、こうしたワクチン接種の遅れにより2025年までに中国を除く新興国において、8兆ドルの機会損失が生まれ、新興国経済の回復は、2030年までかかるだろうと言われている。またワクチン接種が進んでいる国の中でも、ワクチン接種率に差異が生まれている。例えば米マサチューセッツ州では、人口の68%が2回の接種を終えているのに対して、ワイオミング州では41%が終えているのみである。

予期せぬ変異種のリスクもある。少なくとも、コロナ禍の終息に時間がかかっている要因の一つにはデルタ株の存在がある。現時点ではその影響はわからないが、その後も変異種は増え続け、現在ではミュー株の脅威が議論されている。

このようにコロナ禍の終息は、ワクチン接種のインフラや、ワクチンに対する人々の考え、変異株のスピードと毒性など、さまざまな要因が絡み合うため、見通しがつきにくくなっている。さらに言えば、私たちの日常が、いかなる形で戻っていくかについては、コロナの感染状況だけでなく、それによるリスクをどうとらえるかという国民感情が影響するため、国によってさまざまな形をとるだろう。

一つはっきりしていることは、芝居の幕が上がるように、一気にコロナ前の日常が戻ってくることはないということだ。これから何年もかけて、国・地域がそれぞれに、いわば、「パッチワーク型(継ぎはぎ)」に、患者が増えたり、減ったりを繰り返しながら、少しずつこの病をコントロールできるようになるだろうということである。同様に、私たちの日常も、それぞれの国、地域や自治体、従事している職業などによって、さまざまな形をとる。これが私たちの「ネクスト・ノーマル」なのだ。

では、「ネクスト・ノーマル」とは、どのような時代なのだろうか。4つのキーワードと11の数字で、浮き彫りにしたい。

「K字」

パンデミック以前より、見えつつあった国、業界、企業間の格差は、コロナを契機に一気に拡大した。K字を描くように、明確に差異が拡大していった。

① 10兆ドル パンデミック発生後に世界で発表された経済対策の総額

コロナ禍が発生して3カ月で全世界で合計10兆ドルの景気支援策が発表された。前述のワクチン接種も含めて、先進国の対応は早かった。こうした資金の多くは、「リカバー・ベター(より良い状態への回復)」の掛け声の下、サステナビリティや医療などの分野へ振り分けられた。一方で、新興国においては景気刺激策も、ワクチン接種も遅れており、国間の格差を拡大させることになった。またコロナ禍は、旅行や飲食業など一部の業界に大打撃を与えたが、半導体産業や耐久消費財、ヘルスケア業界などなど、成長した産業も多く、産業間の明暗が先鋭化した。

② 40%  コロナ発生後の1年間における世界の時価総額の増分のうちMEGA25の貢献分

 

こうしたK字回復の恩恵は、MEGA25と呼ばれるアメリカおよびアジアのテクノロジー、消費財(主にe-Commerce)、半導体、EV関連企業が独占した(MEGA25:中国旅遊集団中免[China Tourism Group Duty Free]、宜賓五糧液[Wuliangye Yibin]、貴州茅台酒[Kweichow moutai]、ASML、NVIDIA、TSMC、CATL、BYD、テスラ、JD.com、アリババ、シー[Sea]、サムスン、拼多多[Pinduoduo]、美団[Meituan]、テンセント、スクエア、ズーム、ショピファイ、フェイスブック、ペイパル、アルファベット、マイクロソフト、アマゾン、アップルの25社)。

MEGA25は、コロナ禍における消費者のデジタルへの移行、ステイホーム需要、サステナビリティへの社会的な関心の高まりの恩恵を巧みに利用して、過去数年間を大きく上回る成長を実現した。

「デジタル、アジャイル、ボラタイル」

企業を取り巻く環境は激変した。消費者のデジタル志向が一気に進み、消費者は、行動を機敏に変え、「移り気」になった(アジャイル)。さらに、需給の急変や、自然災害などにより、グローバル・サプライチェーンの危機が頻発するようになった(ボラタイル)。

③ 62% デジタルチャネルで自動車を買いたいと述べた中国の消費者

コロナを契機に消費者はこれまで試したことのなかったブランド、店舗、購入方法を試すようになった。これまで対面でないと売れないと考えられていた商品の販売チャネルのデジタル化が進み、例えば、デジタル販売に特化していたテスラは大幅にシェアを伸ばした。

④ 30日未満 旅行の準備に要する期間

状況が刻一刻と変化する中で、消費者はこれまで以上にアジャイルに、行動を変えるようになった。ロックダウンが緩和されたら一気に旅行をするなど、消費者は、その都度の状況を踏まえて機敏に行動するようになり、これに呼応して素早く対応できる(アジリティを持つ)企業が成功している。これまでのブランドロイヤルティー(ブランドへの忠誠度)も崩壊して、消費者は言わば「移り気」になった。

⑤ 3.7年に1回 サプライチェーンに1カ月以上の途絶を持たす危機の頻度

 

パンデミックを契機としたかつてないスピードでの需給状況の変化、温暖化の進展に伴う大規模自然災害の多発などにより、かつてない頻度で大規模なサプライチェーン断絶が発生している。

企業は、こうしたボラタイル(変動が激しい)事業環境を管理するため、迅速性と効率性を兼ね備えた新たなサプライチェーンの考え方を導入することが求められている。

「迫る社会の危機」

社会の分断、デジタル化の進展によるワークシフト(働き方や職業の変化)、サステナビリティ危機。ネクスト・ノーマルにおいて、私たちはこの3つの危機を機会に変えていかなければならない。

⑥ 60% 仕事時間の低減や役割変更を検討したワーキングマザーの割合

コロナ禍による経済損失は、低所得者層、非正規雇用者、社会におけるマイノリティ層(人種、ジェンダーなど)により大きなダメージを与えている。一方で、世界の株式市場は過去最高値を更新し続けており、実体経済との乖離、特に社会的に脆弱な層が直面している現実との乖離が広がっている。こうした社会的な緊張が、ポピュリズムの台頭を招いている。

⑦ 16人に1人 先進国で2030年までに、異なる職業に移行する必要がある人口

危機と呼ぶにはふさわしくないかもしれないが、デジタル化、自動化、AIの進展により、「未来の働き方」が目の前に迫ってきている。民族大移動さながらに、人々は職業を大きく変えなければならない。こうした変化はチャンスでもあり、ラッダイト運動(第一次産業革命期の英国で起きた機械や工場の破壊運動)のような緊張を招く可能性もある。

⑧ 7-12億人 気候変動リスクが顕在化した場合に7年に一度の確率で生命にかかわる熱波が発生する地域に居住する人数

 

コロナ禍において、自動車の交通量などは一時的に減ったが、温暖化はいまだ着実に進展している。米中欧、それぞれにおいて、サステナビリティ危機をチャンスに変えるべく、政府による支援と技術革新が進展している。

しかしながら、今のペースでは、気温上昇を2050年までに1.5度以内に抑えることはできない。民間セクターにおける目標の実行が鍵を握る。

「21世紀型の企業」

社会の分断と緊張が高まる中で、企業は短期的な企業業績だけでなく、個々人の能力向上、職場のウェルネス(健康)の向上、エンドユーザーへの貢献、環境への貢献などを通じて、社会と調和的な発展を目指すことが求められている。さまざまな研究により、こうした方向は企業の競争力を中長期的に向上させることが明らかになっている。前述のMEGA25の多くは、こうした側面においても、先進的な取り組みを行っている企業が多い。

⑨ 1万ドル デジタル/AI人材を1名新規雇用する代わりに、1名リスキリングすることで削減できる費用

ネクスト・ノーマル(新常態)における成長を、デジタル/AIなどの技術が牽引することに疑いの余地はない。デジタル化を進める最も経済効率の良い方法は、大規模なリスキリングを成功させることである。企業にとって、コスト効率が良く、前述のワークシフトによるショックを和らげる社会的な効果も期待できる。

⑩ 63% 経営陣の女性の割合が30%を超える企業が、業界の平均利益率を超える業績を出す可能性

ダイバーシティー(多様性)の推進が、企業業績にポジティブな影響を及ぼすことが、明らかになってきている。しかしながら、前述のとおり、コロナ禍でリモートワークが進む中で、ワーキングマザーの負担が増えており、ダイバーシティーへの取り組みは正念場を迎えている。

⑪ 59兆円 国家として健康への投資を正しく行うことで得られる日本GDP効果

 

ウェルネス(健康)管理の経済的な効用の研究が進んでいる。コロナ禍を契機に企業は従業員の健康に関心を持ち、健康を向上させるためのさまざまな措置をとるようになった。企業は、簡単な行動変容を促したり、職場環境の改善に配慮することで、病欠者を減らし、個々人の生産性を向上させることができる。

「ネクスト・ノーマル(新常態)」はすでに訪れている。国・産業・企業間に「K字」型の格差が生まれている。事業活動のデジタル化が進み、消費者行動がアジャイルに変化し、そして需給関係やサプライチェーンのボラティリティ(変動幅)が増しており、ビジネス環境が激しく変動する時代が訪れている。パンデミックの克服に私たちが尽力している中で、社会の分断、ワークシフトによる混乱、さらにはサステナビリティ危機といった困難が、目の前に迫っている。社会的な危機と緊張が高まる中で、企業は大きく変革しなければならない。デジタル、AI等の技術をリスキリングを通じて自社に取り入れ、ダイバーシティーやウェルネスなどへの取り組みを拡大して、社会と調和的な発展する「21世紀型の企業」を目指さなければならない。11の数字は、「ネクスト・ノーマル」を生きる企業に課せられた使命を浮き彫りにしている。