年収300万彼女が追徴課税3000万受けた深刻理由

暗号資産投資の税務上の悲劇

日本居住者のビットコインなど暗号資産投資については、税務申告をめぐる悲劇が存在する。2017年12月の価格急騰局面で、保有する暗号資産を別の暗号資産に等価で乗り換えたあと、その後の暴落に巻き込まれたケースがそれだ。暗号資産の税務に詳しい税理士が解説する。

「暗号資産の売買益に対する課税に関して、投資家の大半は『法定通貨と交換して換金した場合に課税される』と認識していました。

ところが価格急騰中の2017年12月1日、国税庁個人課税課が同庁のホームページ上で唐突に公表した『仮想通貨に関する所得の計算方法等について(情報)』(FAQ=よくある質問)の中で、『保有する仮想通貨を他の仮想通貨を購入する際の決済に使用した場合、その使用時点での他の仮想通貨の時価(購入価額)と保有する仮想通貨の取得価額との差額が、所得金額となります』とされました。

つまり保有する暗号資産をほかの暗号資産に乗り換えた場合、保有する暗号資産に生じている含み益が課税対象所得となるわけですが、この場合、投資家の手元に利益は入っていません。しかも、このFAQの存在に気づいた暗号資産投資家はほとんどいませんでした」

このFAQが意味するものを、具体例を挙げてさらに詳しく説明しよう。

投資家が50万円で購入したビットコイン1枚が100万円に値上がりした。この時点で投資家はビットコインを売却(換金)して利益を確定させることなく、1枚5万円のイーサリアムに乗り換える。ビットコイン1枚と等価値のイーサリアムは20枚なので、投資家はこのレートで交換(乗り換え)を実行。程なくイーサリアムが10万円に値上がりしたので、投資家は手持ちのイーサリアム20枚をすべて換金して200万円を手にしたとする。

一連の流れの取得原価はビットコイン1枚を購入した際の50万円。これが最終的に200万円になったのだから、差額の150万円を課税所得とするのかと言うと、事はそれほど単純ではない。

取得原価50万円でビットコイン1枚を購入し、値上がりしたビットコインを等価値のイーサリアムにそのまま乗り換えたとは考えず、ビットコインをいったん売却して利益を確定させ、その利益とビットコインの取得原価を合わせた合計100万円を、イーサリアムの取得原価と見なすのである。

つまりビットコイン1枚が50万円から100万円に値上がりした時点で、保有するビットコイン1枚を売却し、そこで得た値上がり益(売却益)50万円が「課税所得その1」。さらにイーサリアム1枚が5万円から10万円に値上がりした時点で、手持ちのイーサリアム20枚を法定通貨に換金して利益を実現させたので、5万円(10万円-5万円)×イーサリアム20枚=100万円が「課税所得その2」となる。

ただ、ビットコインからイーサリアムに乗り換えた際の値上がり益=課税所得その1は法定通貨に換金して手にした現金ではなく、砂上の楼閣の「含み益」にすぎない。値上がりしたイーサリアムを売却して課税所得その2を実現させない限り、課税所得その1に課せられる所得税は納付できない。

ところが、実際の暗号資産価格は2017年12月半ばまで暴騰したあと、2018年1月初旬から大暴落が続いた。このため2017年中に暗号資産同士を乗り換えた投資家には「課税所得その1」が発生する一方、手持ちの暗号資産は巨額の損失(含み損)を抱えていた。これでは暗号資産を法定通貨に交換しても、損失を実現させるだけになってしまう。2018年2~3月の確定申告で、課税所得その1に課せられる所得税を納めることは到底不可能だった。

そこで“瞬間億り人”と化した暗号資産投資家の大半が、2017年分の確定申告を見送らざるをえなくなった。前出の税理士が説明する。

「彼らの2017年分の納税額は数千万円から数億円に上りましたが、2018年2~3月の確定申告の時点では、暗号資産価格の暴落が続いており、納税資金が手元に存在していませんでした。暗号資産の億り人たちは、含み益が生じている暗号資産をICO(Initial Coin Offering=暗号資産を新規発行して行われる資金調達)など別の暗号資産に再投資して、納税資金となる法定通貨に換金しないケースが多かった。

ICOには詐欺的性格のものが珍しくなく、手持ちの暗号資産をうっかり乗り換えると、巨額の含み損を抱えてしまう危険性が高い。何とか法定通貨に換金できた場合でも、投資元本すら回収できないことが多いのです」

ICOは株式市場のIPO(Initial Public Offering=新規株式公開)に当たるもので、例えばあるプロジェクトのために、資金調達側が新たに「トークン」(応募者に付与される証券のような性格の暗号資産)を発行。これを投資家に販売して、その対価として受け取るビットコインやイーサリアムなどの主要な暗号資産を法定通貨に換金し、プロジェクトに必要となる資金を調達する。トークンはIPOのように証券会社を通じて購入するのではなく、発行者から直接購入するが、プロジェクトが成功すればその価値も上昇し、投資家の利益も大きくなる。

課税面で株式やFXと同等扱いされず

暗号資産の億り人の納税を難しくしている要因は、実はこれだけではない。暗号資産の利益(課税所得)は申告の際にさまざまな制約を受ける「雑所得」に区分されるうえ、株取引やFX取引のような税率20.315%(所得税15%+住民税5%+復興特別所得税0.315%)の申告分離課税の対象とはならず、ほかの所得と合わせた総合課税扱いされている。

雑所得の元となる雑収入は、著述業や作家以外の人が受け取る原稿料や印税、さらには自身のブログなどに掲載した商品の宣伝が販売につながった場合に報酬を得られるアフィリエイト広告収入や、インターネット・オークションでの売上金などが該当する。早い話が副業収入だ。

だが、そこから必要経費を差し引いた雑所得が赤字になった場合でも、①翌年以降3年間の所得額からの繰越控除が認められない、②他の所得と損益通算できない──といったデメリットがある。国税OB税理士が語る。

 

「暗号資産の課税所得が事業所得扱いになれば、ほかの所得との損益通算も可能で、しかも青色申告者なら損失を3年先まで繰越計上できます。しかし雑所得ではそうした扱いは認められず、ましてや株式やFXのような例外扱いの対象にもならない。事業用資金で暗号資産を保有していれば事業所得扱いにできますが、これは一般投資家には無縁の話です」

さて、ここからは私が取材した暗号資産投資家の悲劇を具体的に紹介する。国税庁が2017年12月にホームページ上で公表した、暗号資産の所得計算に関するFAQの存在に気づかないまま、含み益のある暗号資産でICOのトークンを購入。ところがその後、そのトークンがほぼ無価値となり、高額の所得税を納められなくなったケースだ。

「国税局から指摘された2018年分の所得の申告漏れ額は約5300万円、追徴税額は加算税や住民税も合わせて約3000万円。今の約300万円の年収では、一生かかってもとても納め切れません。国税庁が公表した課税ルールに気づいていれば、こんなつらい思いをしなくて済んだのに……」

中部地方で暮らす40代前半のシングルマザー、樋口沙織さん(仮名)が顔を曇らせる。20代で結婚・離婚を経験した彼女は、個人事業主として実家の家業を手伝いながら、一人息子を育ててきた。その息子も2020年4月に大学に進学し、彼女自身も一人暮らしを始めた。

暗号資産に投資するようになったのは2015年前半のこと。付き合い始めた男性が暗号資産投資にはまっていた影響で、東京などで開催されるセミナーに参加するようになった。当時のビットコインはまだ1枚2万円台。この男性の知人のルートで、マイナーな暗号資産に13万円を投資したのを皮切りに、メジャーなビットコインや、世界に先駆けて日本でプレセール(予約販売)されたカルダノ・エイダコインなど複数の暗号資産に投資した。

「エイダコインは彼氏の知人のルートで紹介された暗号資産業者から『(暗号資産の世界では神のような存在の)チャールズ・ホスキンソン氏が新たに開発した、将来有望な暗号資産』と勧められ、2015年10月の第1回プレセールの際に1枚0.24円で60万円分購入しました。購入資金は預金の3分の1を取り崩し、生命保険も解約して捻出。大した金額ではありませんが、自営業のシングルマザーにとってはこれが精一杯でした」(樋口さん)

含み益はなんと2億8000万円

ビットコインなど暗号資産の価格は2017年初めから同年12月半ばにかけて約20倍に急騰した。樋口さんもこのとき、ビットコインなどメジャーな暗号資産に何度か少額ずつ投資して、短期間で約70万円の利益を上げた。エイダコインも2017年10月に海外の取引所に上場されたあと、2018年1月初旬に133円の最高値を記録。この時点の彼女の含み益は約2億8000万円と、投資額の実に約470倍に膨らんだという。

ただ、この利益はあくまでも「含み益」にすぎず、法定通貨に換金しない限り、樋口さんの手元には一銭も入らない“絵に描いた餅”だ。

「私はのんびりした性格で、エイダコインの価格動向をいちいちチェックしてなどいませんでした。本来なら含み益は4億円近かったはずですが、購入時の仲介に関与した男性に中抜きされたようです。かなり後になって『億り人だったのに……』と聞かされたのですが、実際に換金して億単位のおカネを手にしたわけではないので、当時もその実感はありませんでした。

それに周りの人たちと同様、『巨額の含み益を抱える暗号資産を換金すると、その半分を税金に持っていかれる』と認識していたので、手持ちのエイダコインは換金せずに持ち続けました」(樋口さん)

価格急騰の最中の2017年12月1日に国税庁が公表した、暗号資産の所得の計算方法についても、樋口さんはほかの多くの投資家と同様、これに気づくことはなかった。含み益のある暗号資産をほかの暗号資産の購入に使った場合、含み益に課税されるルールをまったく認識していなかったのだ。

エイダコインが最高値をつけた翌月の2018年2月上旬、千葉市幕張で開かれたビジネスセミナーに参加した樋口さんに転機が訪れる。セミナー終了後、隣接するホテルの一室に参加者を20人ずつ集めて行われた個別ミーティングで、「PumaPay(プーマペイ)」というICO案件を紹介されたのだ。樋口さんが振り返る。

「暗号資産価格は当時暴落していましたが、複数の暗号資産に分散しておけば取りあえず大丈夫と聞かされていました。プーマペイはイーサリアムでしか購入できなかったのですが、私はイーサリアムを保有しておらず、割り当てられたプーマペイの枚数に見合うイーサリアムを購入する資金も持ち合わせていませんでした。

業者から1週間以内にイーサリアムを送るようせかされたこともあり、2年以上換金せずに持ち続けたエイダコインほぼすべてをイーサリアムに乗り換え、さらにそれをプーマペイのトークンに乗り換えました」

暗号資産価格は暴落が続いていたが、樋口さんが保有するエイダコインにはまだ5000万円を大幅に上回る含み益が存在した。エイダコインをイーサリアムに乗り換えた時点でかなりの課税所得が発生していたにもかかわらず、樋口さんは「課税されるのは法定通貨に換金した場合だけ」と信じて疑わなかった。

プーマペイのトークンは2018年8月10日にイギリスの大手暗号資産取引所「Hitビットコイン」に上場されたものの(円建ての初値は1枚0.16円)、実はこの取引所自体、プーマペイ上場2カ月前の同年6月、日本の金融庁から日本居住者向けのサービスを差し止められていた。プーマペイも上場直後は0.19円まで値上がりしたが、その後は下落基調をたどり、出来高もほぼゼロの状態。2021年6月半ば現在の価格は0.02円台と無価値同然だ。

税務署から受けた指摘で現状に気づく

前述したとおり、樋口さんにはそもそも、2018年2月に5000万円を超える課税所得が発生した認識がない。個人事業主の立場で家業を手伝う彼女は毎年確定申告しているが、2018年分の申告では暗号資産乗り換えで生じた雑所得をまったく記載しなかった。それから7カ月後の2019年9月下旬、所轄の税務署からお尋ねの連絡が入る。それは彼女にとって青天の霹靂(へきれき)だった。

「2018年2月のセミナーで手に入れた暗号資産関係のソフトの購入費を、家業の手伝いで得た事業収入の経費に計上したことで、2018年分の所得が約170万円の赤字になりました。そんな状況は過去の申告で前例がなかったので、所轄の税務署に疑念を持たれたようです。ただ、自宅を訪ねてきた調査官は当初、私が暗号資産に投資している事実にまったく気づいていませんでした」(樋口さん)

ところが質問が通信システム費に及び、樋口さんが「暗号資産の裁定取引のシステムです」と正直に答えたところ、調査官は「えっ、暗号資産に投資しているんですか!?」と驚いて目の色を変えた。樋口さんが回想する。

「そこからはすべての預金口座の入出金や、暗号資産の取引状況について書類を提出するよう要求されました。私は暗号資産の課税ルールをまったく承知しておらず、暗号資産同士を交換した際に生じた含み益を実現益と見なすことや、暗号資産絡みの経費を事業収入の経費にはできないことなど、何一つわかっていなかった。取引状況を精査していた調査官から『これ、儲かってますよ』と指摘されたときには、目の前が真っ暗になりました」

その結果が約5300万円の申告漏れと、加算税や住民税まで含めた約3000万円の追徴課税である。年収300万円のシングルマザーにとっては、気の遠くなるような金額だ。

「わずかに残したエイダコインも息子の学費や自分の引っ越し費用の支払いに充てるために換金し、ほとんど残っていません。税務署には『気の毒だけど、ルールはルール。1万円でも2万円でもいいから、毎月末までに納めてください』と言われ、2020年の3月、4月と数万円ずつ納めました。新型コロナウイルス禍で収入が激減し、現在は所得税と住民税の納付について、1年間の猶予措置の適用を受けています。くじけずに何とか納め続けるしかありません」