· 

「体型に合わせたスーツ」がお洒落に見えない理由

ファッションには2種類ある

経営者専門スーツ仕立屋を起こす前、アパレル業界で商品企画をしていた当時、商品開発するときにつねに考えていたことは、「いかにお客様をオシャレにするか」「今年のトレンドを感じさせるか」、そういったことばかりでした。ですが、長年の経験の中で、その考え方は大きく変わりました。実はファッションには次の2種類があるのです。

1)オシャレファッション
2)ビジネスファッション

1)オシャレファッションは、自分のためにするもの。ファッション雑誌に載っているのは、ほぼこちら。ファッションをとにかく楽しみ、着たことのないような色やカタチにチャレンジし、新しい自分に出会う喜びを感じたりしつつ、自分の満足をとことん追求するのが目的です。

2)ビジネスファッションは、相手のためにするもの。TPO(時と場所と場合)をわきまえて、周囲を不快な気持ちにさせることがないようルールを守る身だしなみや、自分が何者であるのかを、相手にわかりやすく伝えるのが目的です。

私も以前はそうでしたが、この2つがゴチャゴチャになっている方が多い。ビジネスファッションがよくて、オシャレファッションが悪いとかではありません。ファッションには2つの種類があり、そのどちらが優先される場面なのかを見極めることが大切なのです。

 

例えば葬式にTシャツで行く人は、まずいないですよね。それは葬式という場面のTPOがわかりやすいからです。しかしビジネスにおいては、どのようなTPOなのかがわかりにくい場面も多いため、TPOをないがしろにしがちです。

また、以前であればビジネス=スーツを着るのが常識とされていましたが、今ではその常識も大きく変化をしてきて、スーツでなくても問題がない場面も増えてきました。「何を着るかは自分で決めてね」と言われた瞬間、何を着たらいいのかがわからなくなるのです。結果として、ビジネスファッションが優先される場面にオシャレファッションを気づかないうちに取り込んでしまい、失敗している人も散見されます。

黒いタートルネックにデニムがトレードマークだったスティーブ・ジョブズ氏は、おそらく「オシャレですね!」と言われたことはほとんどないでしょう。ただ、ビジネスファッションでは、オシャレである必要はないのです。

オシャレファッションをビジネスファッションに持ち込む弊害は、ほかにもあります。オシャレはあくまでその日の気分で着ることも多いのですが、ビジネスファッションでの正解は、自分が何者であるのかを正確に伝えることにあります。服が変わると、相手に伝えるメッセージが変わるわけですから、相手には何も伝わらなくなってしまうこともあるのです。

さらに追い打ちをかけることを申し上げますと、言っていることがコロコロ変わる人って、信頼できませんし、仕事こそ一緒にしたくないですよね? 服装を変えることで伝えていることも変わるわけですから、信頼を失うことにつながる可能性もありうるわけです。

“一張羅のスーツ”は作ってはならない

かといって、気合を入れて奮発して仕立てた立派な「一張羅のスーツ」をここぞというときに着ればいいかといえばそうではありません。服に愛着を持つのはいいことですが、勝負服や一張羅として身構えてしまうと、望まない結果に終わることが多々あります。

実は私にも、そんな経験があるのです……。当時25歳だった私は、東京・西麻布にある高級店で、生まれて初めてオーダーでスーツを仕立てました。重厚な作りで、冷やかしや一見さんお断り的な雰囲気漂う店です。VIP待遇されたような接客を受け、ジャズが流れる店内でエスプレッソをいただきながら生地を選び、いろいろな仕様にこだわってスーツを仕立てました。スーツの価格は25万円近くしたのですが、急に大人の階段を上がったような感覚になり、スーツ自体の出来栄えもすばらしく、そのときに私はこう思ったのです。

「よし、このスーツは一張羅にして、ここぞという場面で着る勝負服にしよう!」

そう決めて「ここぞという場面」が来るタイミングを待ち構えていました。でも「もっと大事な場面はある!」「雨が降りそうだから、汚れるしやめとこうかな」と、そんなことをしているうちに年月だけが過ぎていき、15年間で着たのはたった3回でした。

15年も経つと、さすがにスーツのシルエット自体が古くさいものになってしまい、また私の体型も大きく変わってしまって、着ることができなくなり、服としての賞味期限が切れ、最後は捨てるしかなくなってしまいました。3回着て25万円ですから、1回着て8万円近くも払ってしまった計算になるのです……。

この出来事を振り返って気づいたことがあります。それは、どうでもいい日なんて1日もなく、毎日を「ここぞ!」という場面だと意識してつねに全力を出し切るのが大事だということ。明日はもしかしたら死ぬかもしれないのです。着る服で気分が上がって、仕事のパフォーマンスが上がり充実した1日を過ごせ、成果も出せるのだったら、いっそのこと毎日一張羅を着たほうがいいですよね。

いざというときの一張羅より、“毎日着れる一張羅”を用意することをオススメします。

見栄えの最重要要素は「サイズ感」

そして、スーツ選びの際に大切なのは、「サイズ感」です。

見栄えとは、ひと言で言うと「シルエット×コーディネート×コンディション」の3つの掛け算。そのうち、最も重要なのがシルエット。中でも「サイズ感」というのは、ものすごく大切です。何しろ世の中のほとんどの方は、このサイズがとにかく合っていないのですから。ジャストサイズよりも大きめの服を着てしまっています。

これにはさまざまな原因があるのですが、最も比重を占めるのが習慣。

小さい頃の服選びって、どんな感じでしたか? ご両親が子どもの服を選ぶときに最初に考えることは、長い間着られること。子どもはどんどん成長し体も大きくなっていきますので、その時点でジャストサイズだとすぐに着られなくなります。そこで長い間着ようと思うと、大きめのサイズを選ぶほかありません。

そうやって幼少時代から大きめの服を着せられていたことが、いつの間にか自分の習慣になり、少し大きめのサイズが自分にとってのジャストサイズだと思い込んでしまっているのです。でも少し大きめの服って、服に着られているように見えて不格好となります。

2番目の目立つ原因が、「着た感じ」と「見た感じ」には差があるのを知らないこと。

私がユナイテッドアローズで働き始めた頃の話です。スーツの知識がまるでない私に、当時の店長から「これがジャストサイズだからな」と渡されたスーツを着たときの窮屈さは25年以上経った今でも忘れることができません。

「きついな、肩がすごく当たってる……。随分サイズが小さいんじゃないか?」というのが私の第一印象でした。しかし鏡で見たらサイズが合っているような気もするけど、正直よくわからなかったのです。しかしスーツについては素人だった私は、そのアドバイスをそのまま受け入れて着続けました。

すると、どんどんそのサイズ感に慣れてきて、最初は動きにくかったのが慣れて動きやすくなり、そのサイズのスーツを着たときだけはなぜか人からホメられるのです。そのときにようやく、「着た感じ」と「見た感じ」には差があることを知りました。

自分が着ていてラクなサイズは、他人からは大きく見えるのです、それが服というもの。着ていてラクなのはサイズが合っていない証拠。ビジネスファッションを考えるうえでは、着ていてラクかどうかは考えなくていいのです。逆にいえば、サイズ感が合っているだけで、その他大勢から大きくリードできるのです。

体型に合わせたスーツほど、格好悪いものはない

最後に服の概念を変えるお話をします。それは体に服を合わせている限り、見栄えは一向によくならないという事実。帯やひもを巻いて引っ張って縛って体にフィットさせていくのが、和装の着方ですが、洋装の場合はそもそもの構造が、服に体を合わせていくようにできているのです。

スーツのはじまりといえばイギリスですが、このイギリススーツの特徴といえば「きつめに仕立てられている肩幅」「小さめの襟幅」「タイトに絞られたウエスト」などの特徴が挙げられます。タイトめに仕立てられている理由は、男性の体の力強さを際立たせるシルエットを作り出すのが目的であること。イギリス紳士たちは、こういったタイトめのスーツを美しく着こなすために体を鍛えたのです。

体に服を合わせるという和装の考え方を持っている限り、いつまで経ってもスーツを着こなすことはできません。体に服を合わせるのでなく、服に体を合わせることが大切です。

「スーツ選び」と「体型維持」はセットで

オーダーで服を仕立てれば、体に合った服が出来上がるもの。確かに体に合っている服は、着ていてラクなうえに疲れにくいのは間違いありません。でもそれが同時に見栄えもすばらしいのかというと、そうとも限らないのです。

もし仮に西島秀俊さんや白洲次郎さんみたいな引き締まった体をしていて、その体に合わせて服を仕立てると、とんでもなく見栄えがいい服ができ上がります。

一方で、ズングリムックリの人に合わせて服を仕立てるとどうでしょう。その人は着ていてラクでしょうが、見栄えのよさという点では微妙です。体型に忠実に服を仕立てていくと、お腹の出た人はお腹が出る。猫背の人は、猫背の姿勢でもシワがないようなシルエットに仕上がってしまうのです。もっといえば、国会議員の先生が着ているスーツって高そうに見えますし、体にも合っている感じはしますよね。でも見栄えという視点ではどうでしょう。

見栄えのよさと着心地のよさは関係があるようでいて、実は相関関係はまったくありません。着ていてラクだけを追求していくと、見栄えがすごく悪くなる可能性があります。ぜひ、スーツ選びとともに、ご自身の体型維持に関しても意識されてみてはいかがでしょう。