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破壊的イノベーションと「共感力」の意外な関係

デザイン思考とは何か

「デザイン思考」という言葉を検索すると、Wikipediaには「デザイナーがデザインを行う過程で用いる特有の認知的活動を指す言葉」と書かれている。これだけを読んで、何を言っているのか、イメージが湧く方は少ないのではないだろうか。

むしろ「デザイナーの考え方をビジネスに応用した思考法」と言ったほうがわかりやすいかもしれない。

デザイナーは、どんな世界観を表現したいのか、その「目的」を明確にせずにいきなり創作活動を始めるわけではない。「目的」がまずあり、それをうまく世の中に伝えるための「手段」として、さまざまな作品を創っていく、いわゆる「目的からの逆算思考」の考え方である。

この逆算思考をビジネス、とりわけビジネスアイデア創出に転用していこうというのがデザイン思考の考え方だ。

ビジネスにおける「目的」とは「社会やユーザーのニーズを満たすこと」であり、「手段」とは「ニーズを満たす新たなソリューションを提供すること」である。

「ニーズからソリューションを考える」など、一見あたりまえのように思われるかもしれない。しかし、実際のビジネス開発の現場に目をやると、まずは技術(シーズ)に関する研究開発やソリューションありきで、顧客ニーズ不在のままプロジェクトが進んでいることが多々ある。

デザイン思考は、ニーズとソリューションの両方の探索を行うことから、「創造的問題解決のための思考法」と言われることがある。

「創造的」と付いているのは、「ニーズや課題の抽出」から始めるからだ。「問題解決のための思考法」だけであれば、「ニーズや課題が与えられた中での最適なソリューションの創出」となり、旧来コンサルティングファームが請け負っていた分野となる。多くの場合、課題ありきでプロジェクトが始まるからだ(ただし、その過程で問題の再定義を行うことはある)。

また、デザイン思考は、「0→1のビジネスを生み出すための思考法」とも言われることがある。これは従来型の(創造的でない)課題解決プロセスが、課題という「負」を解決するという意味で「-1→0」と表されることがあり、その対比としての表現である。

デザイン思考は多種多様

ちなみに、「デザイン思考はビジネスの改善プロセスには使えるが、0→1には使えない」と主張する人がたまにいる。これは「観察をベースとした従来型のデザイン思考のプロセス」に限った話であり、ほかのアプローチを使えば、0→1も十分に可能である。

デザイン思考とは「思考法」であり、1つの「プロセス」だけを指すものではない。いろいろなデザインファームがさまざまなアプローチでデザイン思考を展開しており、ここを勘違いすると「デザイン思考をやってみたけどダメだ。あれは使えない」ということになりかねないので注意が必要だ。

本書で展開していくアプローチも、数ある中の1つだと思ってほしい。ただ、ほかのデザイン思考のアプローチに比べ特に注力しているのは、「より論理的なアプローチを採用し、誰もが再現しやすくしている点」であり、その点を意識していただければ幸いである。

デザイン思考は0→1のビジネスを創ると述べたが、それはすなわち「新しい市場を創る」ということにほかならない。

なぜデザイン思考によって新しい市場を創れるのか、そのロジックについて説明しよう。すでに市場が存在する場合、市場における自社のポジションや他社に対する競争優位性など、市場分析を通じて競争戦略の立案が可能となる。

だが、新しい市場を創る際には、まだ市場が存在しておらず、分析できない。クリステンセン教授の『イノベーションのジレンマ』の中でも指摘されている点である。

特に、まだ存在しない市場の規模は正確に算定できないため、市場規模算定の結果を基に市場参入を検討する(ある意味まともな)大企業ほど、新規市場への参入が遅れる。

結果的に自社で破壊的イノベーションを起こせないばかりか、逆にスタートアップにそれを起こされ、自社の収益源である既存事業すらも毀損されてしまう、というのは破壊的イノベーションの特徴をよく表している。

新しい市場が生まれるプロセス

では、いま存在しない市場をどうやって創るのか。まず「市場が存在する」とはどういうことかを考えよう。市場が存在するのは、「人々がサービスを利用するから」である。

では、人々がサービスを利用するのはなぜか。それは「そのサービスを使うことで、人々の心が動くから」である。では、人々の心が動くのはなぜか。それは「そのサービスの創る世界や提供する体験(利便性など)に対して共感・感動するから」である。

ならば、人々が共感する世界観や感動する体験を創れば、人々の心が動き、利用され、新しい市場が生まれる。

ということは、他者への共感により、サービスの作り手が、ユーザーの共感・感動体験を解像度高く、自分ごととしてイメージできれば、ユーザーの心をつかむサービスをデザインできるようになる。

デザイン思考で新しい市場(0→1)を生み出せるのは、このようなロジックによる。新しい市場を生み出すためには、徹底的に「共感」にこだわることが重要であると覚えておいてほしい。

顧客の声を聞くことは本当に大事か?

一般的なデザイン思考のステップとして、共感、問題定義、創造、プロトタイプ、テストの5つがある。この流れの中で意識していただきたいポイントが2点ある。デザイン思考が「共感から始まる」ことと、「テストの前にプロトタイプを作る」という点である。

ここまで述べてきたように、デザイン思考は「創造的問題解決のための思考法」であり、最初から解くべき問題が用意されているわけではない。そのため、自分で問題を定義しなければならない。ではどのようにして問題を定義するのか。

ここで重要となるのが「共感力」である。本書で詳しく示した5W1Hのフレームワークをうまく活用して、ペルソナとシーンを解像度高くイメージし、ペルソナの気持ちになりきる。そして、深く共感することで初めて、潜在ニーズに気づくことができる。

次に、「テストの前にプロトタイプを作る」について、デザイン思考とは0→1のサービスを生み出す思考法だったことを思い出してほしい。

世の中にまだないサービスを創ろうとする際には、ユーザーヒアリング(テスト)のためにアイデアをユーザーに説明しても、ユーザーは作り手のイメージしているものと同じものをイメージできない。その結果、ユーザーは違ったイメージを勝手に持ってしまい、違った回答をしてしまう。

ヒアリング対象のユーザーから正しい回答をもらうためには、まずプロトタイプを作って、イメージを正しく伝えることが重要なのである。

「顧客の声をまず聞くことが大事」と信じてユーザーヒアリングから始める企業がイノベーションを起こせない理由がここにある。「顧客は正解を持っていない」ことを前提に、まずは 自分たちでアイデアとプロトタイプを作ることを心がけてほしい。