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コロナ禍で生き残りを図るアパレル業界

「Z世代」のアメリカ人にはポピュラーな「SHEIN」

・ 世界56カ国のiOSアプリのショッピングカテゴリー部門において、ダウンロード数No1を獲得
・ ファッションECのトラフィック数において、ナイキやZARAを上回り、世界No1を獲得
・ WEBでの平均顧客滞在時間8分36秒は、全米のアパレルECの中でNo1
・業績もコロナ禍を追い風に、2020年の売り上げは前年から3倍近く伸び約7425億円にまで成長

これらを聞いた読者は、どんなファッションブランドを想像するだろうか。驚くかもしれないが、これが本記事で取り上げる「SHEIN(シーイン)」が昨年成し遂げたことである。

SHEINは、2008年に許仰天(クリス・シュー)氏により創業された「南京希音电子商务」という会社が母体となっている。

当初はウェディング事業など、現在とは異なる事業を手掛けていたがあまりうまくいかず、事業転換を重ねてSNS経由の「D2Cアパレル事業」にシフト。2015年にSheInsideから現在のSHEINにリブランディングされ、現在の事業が本格的に立ち上がった。

SHEINは、「Z世代」のアメリカ人にはポピュラーなブランド(アプリ)である。2021年第1四半期の実績では、アメリカのショッピングアプリにおいて3番目のダウンロード数となった。

同年2月から4月にかけては一時的にダウンロードランキングでAmazonを抜いたとも話題となったが、多くの若者は「SHEINが中国企業」だとは知らずにダウンロードし利用している

SHEINは、なぜ多くのZ世代の若者を引きつけるのだろうか

【特徴】Z世代にフォーカスし、ファストファッションモデルをアプリ上で確立

SHEINの特徴は、「デジタルネイティブ」のZ世代にフォーカスしたファストファッションモデルを、アプリ上で確立したことにある。

2020年の売り上げは前年比279%増の68億1200万ドル(約7425億円)にまで成長し、売り上げの約半分をアメリカで稼いでいる。アメリカだけでなく、欧州、中東、アジアと広くグローバル展開する一方、母国である中国ではほとんど知られていない

「アイテム数」や「SNS」を駆使したアプローチで大反響

SHEINが多くのZ世代の若者を引きつける理由は、大きく分けて2つある。

【理由①】「UX(ユーザーエクスペリエンス)」の高さ

第1に、毎日3000~5000点発表される新作アイテムの圧倒的な量をベースとした「UX(ユーザーエクスペリエンス)の高さ」にある。

「ウルトラファストファッション」として有名なイギリスのboohooでさえ数百種類であり、それを超える圧倒的な量を低価格で展開。アプリの完成度も非常に高く購買体験もスムーズだ。

10~20代前半が中心のユーザー満足度は高く、毎日開いてしまうアプリとなっている。まさに「デジタル上でのファストファッションの王様」である。

【理由②】圧倒的な「デジタルマーケティング」

第2に、「SNS上での圧倒的なデジタルマーケティング」である。

2019年では、年間Instagramで3240回、Facebookで2456回、Twitterでは1936回投稿。Instagram上の公式サイトのフォロワー数は、2021年8月現在2142万フォロワーまで成長した。また、TikTokでは、2020年最も話題となったファッションブランドとして認知されている。

これらのSNS上で自ら発信するだけでなく、Addison Rae、Katy Perry, Lil Nas X,など強力なインフルエンサーと契約し、さらにKOC(Key Opinion Customer)を活用。メガインフルエンサーからナノインフルエンサーまでフル活用することで、デジタル上での「バズり」を作り、新規客を獲得しつづけている。

 

このように、デジタルネイティブであるZ世代にフォーカスしたアプローチにより支持されているSHEINだが、裏で支えている「独自のサプライチェーン」はさらに示唆深い

まず、SNSやグーグルトレンドを活用した「トレンド分析」と、企画・デザインにおける「AIの活用」により、毎日3000点以上の新商品をローンチする。これらの商品は、すべて「ミニマムロット(約100着)」で生産される。

生産は、「世界のアパレル工場」といわれる中国の広州において、約300の協力工場で生産されており、すべての工場にはSHEINオリジナルの「SCMシステム」がインストールされている。

ローンチした商品の売れ行きがよければ、システム上で在庫調整や生産指示が自動的に入る仕組みとなっており、デジタル上でつながった協力工場が、すぐさま増産に着手する。まさに「C2M(Consumer to Manufacturer)モデル」を実現している。

なお、上記の企画から生産・販売までに要するリードタイムは最短で3日となっており、最短2週間のZARA、1週間のboohooを上回る最短モデルとなっている。このような特徴を持つSHEINのモデルは、昨今「リアルタイムファッション」と呼ばれている。

これは、商品の企画からリードタイムまでの長さでファストファッションを分類する見方で、2000年代に成長したZARAやH&Mの「ファストファッション」が第1世代、2010年代に登場したboohooやASOSといったECベースの「ウルトラファストファッション」を第2世代、SHEINの「リアルタイムファッション」が第3世代となる。それぞれ第1世代が最短2週間、第2世代が1週間、第3世代はわずか3日でまさにリアルタイムだ。

いずれにせよ、受発注と生産がデジタルでリアルタイムにつながっていないと不可能なモデルだ。まさに生産から販売までデジタル化で先行する中国から登場した画期的なモデルといえよう。

「上場の報道」がある一方で、大きな「課題」も

さて、一部では「SHEINが近々上場する」とも報道があり、上場時の時価総額はアリババの2014年ニューヨーク証券取引所上場時を超えるとの期待さえある。

しかしながら、筆者の視点では、SHEINが上場、そしてサステナブルな成長を遂げるためには、「3つの課題」も垣間見える

筆者の視点で見える「課題」とは、次の3つである。

上場に立ちふさがる「3つの壁」

【課題①】「新疆綿の使用」に関するウイグル問題

第1に、「『新疆綿の使用』に関するウイグル問題」だ。ユニクロがアメリカ向けの商品を税関で差し止められたように、ウイグル問題は欧米では深刻な人権侵害と捉えられ、対応が強化されている。

中国企業であるSHEINは多くの新疆綿を使用していると思われるが、アメリカ人の多くはSHIENがアメリカで数千億円規模のビジネスを展開していることに気づいていない。おそらく当局もまだ動いていないだろう。店舗があるわけでもなく、Z世代にデジタル上で静かに浸透している通販なので目立たないのだ。

ところが、上場するとなると話は変わる。さまざまな観点で透明性が求められるし、新疆綿の使用についても言及がなされるだろう。

したがって、ウイグル問題や米中摩擦がもう少し落ち着かないと、少なくともSHEINのアメリカでの上場は難しいのではないかと思われる。

【課題②】「意匠権」の問題

第2に、「『意匠権』の問題」だ。SHEINは企画・デザインにおいてAIやデジタルをフル活用し、毎日数千点の商品をローンチしていることはすでに述べた。

しかしながら、結果として、他社のデザインと類似した「グレーゾーンの商品」が見受けられる。ファストファッションの世界では、過去ZARAが意匠権の侵害で訴訟され、日本やイタリアで敗訴してきた歴史がある。

 

SHEINはアイテム数も多いので、上場に向けては対策の強化が必要ではないだろうか。

第3に、より中長期の視点になるが、SHEINのようなファストファッションモデルが、「そもそもサステナブルなのか」という疑問が残る。

【課題③】「そもそもサステナブルなのか」という問題

アパレル業界は、産業別にみると、温室効果ガス排出における世界の全産業の8%を占めるともいわれる。そして、その多くが素材および製品の生産段階で生まれる。

例えば、Tシャツを1枚生産するのに消費する資源は水が約2500L、CO2は約4kg排出される。反芻動物からうまれるウール、アルパカ、カシミヤなどの素材となると、より多くの温室効果ガスが生産過程で出てしまう。

すなわち、アパレル業界において環境負荷を下げるためには、リペアして長く使ったり、二次流通やリサイクルを増やしたりして、新品の生産・販売は可能な限り減らしていくしかない。大量生産・大量消費を止め、適量生産・適量消費に切り替えていくことが必要なのだ。

その点SHEINのようなファストファッションは、大量生産・大量消費と相性がよく、安価で耐久性の低い商品も多いことから、「サステナビリティ」の観点で疑問が残る

EUでは、欧州グリーンニューディール政策の中で繊維分野での循環型経済モデルが現在検討されているが、ファストファッション的なアプローチには早晩規制が入っていく可能性もある。このような「カーボンニュートラル、グリーン化」の流れに対し、SHEINが今後どのような対応をとっていくのか注視したい。

今後も、「さまざまな観点」からの見極めが重要

さて、中国のファストファッション、D2Cブランドといえば、2019年にナスダックに上場した「如涵(ルーハン)」が思い浮かぶ。同社は、KOLファシリテーターとしてインフルエンサーを活用したD2Cブランドを次々ローンチし売り上げを拡大、大きな話題となった。

しかしながら、ビジネスが焼き畑的でサステナブルではなく収益が悪化。2021年4月20日に非公開化に踏み切り上場廃止となった。上場廃止時の時価総額は2億8100万ドル(約304億円)と、上場時に比べ7割以上減少。投資家は痛手を被ったのが記憶に新しい

 

SHEINのような「デジタル系のデカコーン」は一見派手さもあり、上場した場合、市場の熱狂が予想される。ただ、「本当に『持続的な成長』が可能なのか」「サステナブルなビジネスなのか」など、さまざまな観点からの見極めが、今後にさらに必要になるだろう。