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デキる人がこっそり使う「心に響く話し方」3技術

データでは「説得」できても「動かす」ことはできない

データやロジックの大切さが盛んに語られます。確かに、それらは人を「説得」するためにはとても有効です。しかし、仮に説得できたとして、それで人の行動を変えられるとはかぎりません。人の行動を変えるには「腹落ち」が必要なのです。

東京オリンピックを開催するべきか否かは、国民的な議論になりました。反対する人が多数でした。

この時、もしもどこかの頭のいい官僚が出てきて、完璧なデータとロジックで開催することの必然性を説き、誰もそれに反論できない、という状態になっていたらどうでしょう。国民は「説得」されたわけですが、それでみんながオリンピックをサポートし始めるかというと、決してそうはならなかったでしょう。説得はされても、腹落ちしていないからです。

そもそも「説得されたい」「説き伏せられたい」という人はいるでしょうか。家電量販店で、「あの人はお客さんを説得する達人だ」という店員さんがいたら、それが事前にわかっていたとしたら、だれもその人には話しかけないでしょう。ショッピングをするとき、誰かに説得されたい、という人はいません。自分で選びたいのです。だからこそショッピングは楽しいのです。

これは企画提案の場面でも同じです。企画提案を通すのがあまりうまくない人は、とかく「説得アプローチ」をとりがちです。どんな指摘が来ても即反論できるように、データとロジックであらかじめ「理論武装」しておきます。どこから見ても隙のない提案を用意し、原稿を用意してプレゼンテーションの構成を固めておきます。

それのどこが悪いんだ、と思った方もいるでしょう。もちろん、こうした準備は、なにもない無策に比べれば圧倒的にベターです。

しかし、承認者の立場に立ってみると、このような提案者は、家電量販店にいる「説得の達人」のような存在です。いきおいプレゼンテーションは長くなり、質疑応答の時間がほとんどとれない、ということになりがちです。そうなると、なおさら説得ムードが漂います。

心を動かすプレゼンテーション「3つの鉄則」

企画提案を通すのが上手な人は、まったく違うアプローチをとります。準備は大切なのですが、別の準備をするのです。

1.「対話の空間」をデザインする

その場が「聴講」や「陳情」、「討議」などではなく、「対話」の空間になっていることは、頭ではなく心に働きかける「腹落ちアプローチ」の最重要ポイントです。対話は心をオープンにしてくれるからです。

テレビ番組などのMC(マスター・オブ・セレモニー)は、舞台の雰囲気・空気づくりに責任を負っています。単に進行することだけが仕事なら、「マスター」などとは呼ばれないでしょう。プレゼンやスピーチにおいて、MCの役割を担うのは話し手です。話し手は、単に話をすることだけが仕事なのではなく、MCとして「対話の空気」をつくる責任を負っている。提案の巧者はそう考えます。

オーケストラでいうと指揮者の役割です。指揮者が指揮をはじめる前に腕を振り上げる動作を「アウフタクト」と言います。アウフタクトは短い動作ですが、その中にはこれから始まる曲に対する、指揮者の考えが詰まっています。その動作がゆっくりであれば曲全体のテンポもゆっくり、といった具合に、演奏者はそこからたくさんの情報を読み取るのです。

プレゼンにおけるこのアウフタクトは、話し手による「会議の始め方」です。「先日の経営会議で方針が決定した○○につきまして」と話しはじめるのと、「そういえば○○さん、ワクチンもう打ちましたか?」とでは、その後の場の空気・雰囲気は大きく異なります。指揮者が勢いよく指揮棒を振り上げたら、一拍目をゆっくりと振り下ろすことはできません。それと同じく、会議の始め方は、失敗したら取り返しがつかない重大事です。

提案巧者は、この導入のプロセスを入念に設計し、「対話の空間」をデザインします。

2.聞き手を「企画側」に巻き込む

そのうえで、「提案というよりは議論のたたき台です」「経験豊富な○○さんのアドバイスでブラッシュアップしていただきたいです」などと前置きし、承認者の意見を歓迎する旨を伝えます。聞き手の能動的な参加を促し、企画を押しつけるのではなく、自ら企画者として「こちら側」に参加してもらうような演出をします。

また、具体的な提案に際しては複数のオプションを用意します。推奨案として自分の立ち位置を明確にする必要はありますが、これしかない、という提案は相手が「自ら選ぶ」機会を奪ってしまうので控えます。ショッピングが楽しいのは、自ら選ぶ体験だからでした。「押し売り」や「お使い」はむしろ苦痛なのです。

提案に意図的に「あら」を残しておき、承認者に指摘をもらって会議中にそこを上書きする、というのもテクニックです。1ミリも隙のない提案をただ機械的に承認したい、などと思っている承認者はまずいません。承認者たちは自分の仕事をして、チームに貢献したがっているのです。うまく巻き込んで、自分の企画だと思ってもらえれば、その場の承認のみならず、その後のサポートも期待できます。

 

3.「ストーリー」を語る

そして、提案に対する自分やチームの「思い」を語ります。思い入れがあります、と直接言うより、どれだけ思い入れがあるかを伝える、ちょっとしたエピソードがあれば効果的です。「彼女は悲しい顔をした」と直接言うより、「彼女はポットに沈殿し澱になった、紅茶の葉をじっと見つめた」と言ったほうが説得力があるのです。

例えば、車のディーラーで、営業パーソンがこんなことを語ってくれたとします。「この○○は、私が小学生の頃の親父の愛車だったんです。その頃は嫌いでして。でも、私も子供ができて、車を選ぶとなるとやっぱり○○を選んでしまうんですよね。子どもを座らせる後席の安全性が抜群なんです」。このようなエピソードは、どんな言葉より雄弁に思い入れを語ってくれます。

営業パーソンが語るそんな話を、ビジネスに私的な話は不要、と一刀両断する人はいるでしょうか。私事で恐縮ですが、と前置きされ、私事を語るなど失礼だ、と憤慨したことはあるでしょうか。

「私事」に引け目を感じるのは話し手だけです。企画の提案時にエピソードを話し、そんな私的な話をするな、と気分を害する承認者はまずいません。

近年話題を集めるブランドの「パーパス」も、それを裏付ける誕生秘話やヒストリーも、言ってみればみな「私事」です。人々はむしろ、商品やサービス、企画提案の裏にある「私事」を求めているのです。冒頭のスピーチで私の心を打ったのも、副社長の「私事」でした。

腹落ちアプローチは「データの威力」を高める

企画を通すのがあまりうまくない人のアプローチは、データとロジックを駆使し、頭に働きかける「説得アプローチ」です。それに対して提案巧者のアプローチは、対話と巻き込みとストーリーで心に働きかける「腹落ちアプローチ」です。

腹落ちアプローチは、説得アプローチの上位互換とも言えます。つまり、心を動かす土台を整えつつ、データとロジックで要所を締めるハイブリッド型も展開できるのです。

「腹落ちアプローチ」を心得た人は、企画を通し、それを実現するのが上手です。それゆえ評価も高くなり昇進も早い。昇進すると、今後は企画提案を受ける機会が多くなりますが、そうするとさらに「説得アプローチ」の限界に気づきます。自らが「説得される」経験をすることで、その難点を日々実感するからです。

このようにして、優れたビジネスパーソンほど、「腹落ちアプローチ」を巧みに駆使するようになるのです。「副社長」のような上位者ではなくても、むしろ逆の立場であればこそ、この「腹落ちアプローチ」は力を発揮します。そうして上位に上り詰めた人ほど、「説得される」のが嫌いなものだからです。

そして、腹落ちアプローチには、人の行動を変えるばかりでなく、ときに人の人生や生き方までも変える力があります。冒頭の副社長の話は、その時、私を奮起させたばかりでなく、話し方や伝え方に対する考え方を180°変えてくれました。

 

そのことが、こうして原稿を書く機会を与えてくれ、本記事冒頭で紹介している書籍まで出版させてくれました。いやはや、最後の最後まで「私事」で大変失礼いたしました。